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益軒家訓 / 幼児須教

一凡小兒を敎へ育つるに、始て飯を食ひ、初てものいひ、扨人の面を見て悅び怒る色を知る程より、常に絕間なく敎ふれば、やゝおとなしくなりて、誡むる事なくやすし。故に小兒は早く敎ふべし。敎へ誡むる事遲くして、惡癖に成ては、改むる事なり難し。惡事多く聞馴れぬれば、後には善事を敎へても移らず、僞れる事、驕り肆なる事を早くいましめて、必ゆるすべからず。幼より人を欺きいつはる事を、つよく咎むべし。又幼子をあざむきて、僞を敎ふべからず。大やう小兒の惡しくなりぬるは、父母乳母傅き馴るゝ人の、敎の道知らで、其子の本性をそこなへる故なり。暫啼聲を止めんとて、此を得さすべし、彼を與ふべしなどと賺して、誠なき事なれば、卽是僞を敎ふるなり。

新字:一凡小児を教へ育つるに、始て飯を食ひ、初てものいひ、扨人の面を見て悦び怒る色を知る程より、常に絶間なく教ふれば、やゝおとなしくなりて、誡むる事なくやすし。故に小児は早く教ふべし。教へ誡むる事遅くして、悪癖に成ては、改むる事なり難し。悪事多く聞馴れぬれば、後には善事を教へても移らず、偽れる事、驕り肆なる事を早くいましめて、必ゆるすべからず。幼より人を欺きいつはる事を、つよく咎むべし。又幼子をあざむきて、偽を教ふべからず。大やう小児の悪しくなりぬるは、父母乳母傅き馴るゝ人の、教の道知らで、其子の本性をそこなへる故なり。暫啼声を止めんとて、此を得さすべし、彼を与ふべしなどと賺して、誠なき事なれば、即是偽を教ふるなり。

書き下し

一凡小児を教へ育つるに、始て飯を食ひ、初てものいひ、扨人の面を見て悦び怒る色を知る程より、常に絶間なく教ふれば、ややおとなしくなりて、誡むる事なくやすし。故に小児は早く教ふべし。教へ誡むる事遅くして、悪癖に成ては、改むる事なり難し。悪事多く聞馴れぬれば、後には善事を教へても移らず、偽れる事、驕り肆なる事を早くいましめて、必ゆるすべからず。幼より人を欺きいつはる事を、つよく咎むべし。又幼子をあざむきて、偽を教ふべからず。大やう小児の悪しくなりぬるは、父母乳母傅き馴るる人の、教の道知らで、其子の本性をそこなへる故なり。暫啼声を止めんとて、此を得さすべし、彼を与ふべしなどと賺して、誠なき事なれば、即是偽を教ふるなり。

現代語訳

およそ幼い子を教え育てるには、初めてご飯を食べ、初めて言葉を話し、人の顔を見て喜びや怒りの表情がわかるころから、常に絶え間なく教えていけば、だんだんおとなしくなって、戒めることもなく楽です。ですから幼い子は早く教えるべきです。教え戒めるのが遅くて悪い癖がついてしまうと、改めるのは難しくなります。悪いことを多く聞き慣れてしまうと、後で善いことを教えても移りません。偽ること、驕って勝手気ままにすることは早く戒めて、決して許してはなりません。幼いときから人を欺き偽ることは、強く咎めるべきです。また幼い子をだまして、偽りを教えてはなりません。おおよそ子どもが悪くなるのは、父母や乳母、世話をして慣れ親しむ人が、教えの道を知らないで、その子の本来の性質を損なうからです。しばらく泣き声を止めようとして、「これをあげよう」「あれをあげよう」などとなだめすかし、実際には与えないのなら、それはそのまま偽りを教えることになります。

解説

和俗童子訓にもつながる益軒の早期教育論で、しつけは物心つく前から絶え間なく、と説きます。とくに鋭いのは、泣きやませるために守らない約束をすると、それ自体が「嘘を教える」ことになるという指摘です。子どもは言葉よりも大人の振る舞いから学ぶ、という見方は今の子育てにもそのまま通じます。悪い癖は後から直すのが難しいので、最初の習慣づけが大切だという考えは、新人教育やチームの文化づくりにも当てはまります。大人自身が誠実であることが最良の教えだと言えるでしょう。

この章句が説くこと

子育て教育しつけ偽り習慣

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