童子問 / 卷中
昔者文王之治岐也。耕者九一。仕者世祿。關市議而不征。澤梁無禁。罪人不孥。鰥寡孤獨四者。天下之窮民。而無告者。文王發政施仁。必先斯四者。故周有天下。中間雖有幽厲之暴。蹙先王之國脈。然猶能歷八百餘年之久矣。若好子孫相繼善維持之。則豈止曆過其數。永膺天命。奄有九有。不可茹度焉。詩曰。於戯前王不忘。若夫福慶流於子孫。奕世累葉有隆莫替者。鬼神所不能。人力所不及。唯非得民心。而沒世不忘。則不得。故雖禱爾百神。而不若得民心之必實。而能遠大也。若秦始皇本朝羽柴氏。雄武英畧過絕古今。戰勝攻取。風動艸靡。前無勁敵。其宜子孫繁衍。保數百年宗社。而纔一再傳而亡。嚮氣焔赫赫者。何在哉。吁。不仁之禍。和漢一轍。漢高祖纔以寬仁濟天下。唐太宗從魏徵之言。用仁義。皆能身致太平。子孫緜緜。此鬼神所不能致其靈。唯得民心。而能然。仁義之效。豈不大乎。
新字:昔者文王之治岐也。耕者九一。仕者世禄。関市議而不征。沢梁無禁。罪人不孥。鰥寡孤独四者。天下之窮民。而無告者。文王発政施仁。必先斯四者。故周有天下。中間雖有幽厲之暴。蹙先王之国脈。然猶能歴八百余年之久矣。若好子孫相継善維持之。則豈止暦過其数。永膺天命。奄有九有。不可茹度焉。詩曰。於戯前王不忘。若夫福慶流於子孫。奕世累葉有隆莫替者。鬼神所不能。人力所不及。唯非得民心。而没世不忘。則不得。故雖祷爾百神。而不若得民心之必実。而能遠大也。若秦始皇本朝羽柴氏。雄武英略過絶古今。戦勝攻取。風動艸靡。前無勁敵。其宜子孫繁衍。保数百年宗社。而纔一再伝而亡。嚮気焔赫赫者。何在哉。吁。不仁之禍。和漢一轍。漢高祖纔以寛仁済天下。唐太宗従魏徴之言。用仁義。皆能身致太平。子孫緜緜。此鬼神所不能致其霊。唯得民心。而能然。仁義之効。豈不大乎。
書き下し
昔者文王の岐を治むるや、耕す者は九の一、仕ふる者は世禄、関市は譏して征せず、沢梁は禁無く、罪人は孥せず。鰥寡孤独の四者は、天下の窮民にして告ぐる無き者なり。文王政を発し仁を施すに、必ず斯の四者を先にす。故に周天下を有ち、中間幽厲の暴、先王の国脈を蹙むること有りと雖も、然れども猶ほ能く八百余年の久しきを歴たり。若し好き子孫相継ぎて善く之を維持せば、則ち豈に止暦其の数を過ぐるのみならんや。永く天命を膺け、奄く九有を有たんこと、茹度すべからず。詩に曰く、於戯前王忘れられず、と。夫の福慶子孫に流れ、奕世累葉隆有りて替はること莫きがごとき者は、鬼神も能くせざる所、人力も及ばざる所にして、唯民心を得て、世を没るまで忘れられざるに非ずんば、則ち得ず。故に爾を百神に禱ると雖も、民心を得るの必ず実にして、能く遠大なるに若かざるなり。秦の始皇、本朝の羽柴氏のごとき、雄武英略古今に過絶し、戦へば勝ち攻むれば取り、風動き草靡き、前に勁敵無し。其の宜しく子孫繁衍して、数百年の宗社を保つべきに、纔かに一再伝して亡ぶ。嚮の気焔赫赫たる者、何くに在りや。吁、不仁の禍は、和漢一轍なり。漢の高祖は纔かに寛仁を以て天下を済ひ、唐の太宗は魏徴の言に従ひて、仁義を用ひ、皆能く身ら太平を致し、子孫綿綿たり。此れ鬼神も其の霊を致すこと能はざる所にして、唯民心を得て、能く然り。仁義の效、豈に大ならずや。
現代語訳
昔、文王が岐の地を治めたとき、耕す者には九分の一の税、仕える者には代々の俸禄を与え、関所や市場では調べるだけで税を取らず、川や沢での漁を禁じず、罪人の妻子まで罰することはしなかった。男やもめ、やもめ、みなしご、身寄りのない老人の四者は、天下の窮民で訴えるところのない者である。文王は政治を行い仁を施すとき、必ずこの四者を先にした。だから周は天下を保ち、途中で幽王・厲王の暴政が先王の国の命脈を縮めたにもかかわらず、なお八百余年の長きを経ることができた。もし良い子孫が次々と受け継いでよく維持していたならば、どうして暦数をわずかに超えるだけにとどまったであろうか。永く天命を受けて、天下を広く保ったであろうことは、推し量ることもできない。詩経に「ああ、先王は忘れられない」とある。あの福と喜びが子孫に流れ、代々栄えて衰えないというものは、鬼神にもできず、人の力も及ばないところで、ただ民の心を得て、世を去っても忘れられないのでなければ得られない。だから百の神々に祈ったとしても、民の心を得ることの確実さと遠大さには及ばない。秦の始皇帝やわが国の羽柴氏のように、雄々しい武勇と優れた知略は古今に抜きん出て、戦えば勝ち攻めれば取り、風が吹けば草がなびくように天下が従い、前に強敵もなかった。当然子孫が栄えて数百年の宗廟社稷を保つはずであったのに、わずか一代二代で滅びてしまった。かつての盛んな勢いは、今どこにあるのか。ああ、不仁の禍は、日本も中国も同じ轍である。漢の高祖はわずかに寛大な仁によって天下を救い、唐の太宗は魏徴の言に従って仁義を用い、どちらも自ら太平をもたらし、子孫は長く続いた。これは鬼神にもその霊験を及ぼせないところで、ただ民の心を得たからこそそうなったのである。仁義の効果は、なんと大きいことではないか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之三・仁之下一いにしへ国家の長久せしは、其君仁なればなり。亡びしは、其君不仁なればなり。桀紂以下、歴代不仁の君ほろびざるは無し。堯舜湯武は申すに及ばず、漢の高祖文帝、後漢の光武、唐の太宗、其余歴代の賢君は、皆仁愛ありし故、国家長久せり。凡国家の興亡、身の安危皆仁と不仁とによれり。貴きも賤しきも、仁の道豈つとめざるべけんや。禹湯は、己が身をせむ。故にさかえたまふ。桀紂は人をせむ。故に亡びたり。己をせむるは仁なり。人をせむるは不仁なり。左伝に、国のおこるは、民を見る事やぶるが如し。其亡ぶるは、民を見ること土芥の如しといへるも、仁不仁の異なるなり。
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貞観政要・奢縦臣は歴(あまね)く前代を睹(み)るに、夏・殷・周及び漢氏の天下を有するより、祚を伝えて相い継ぐこと、多き者は八百余年、少なき者も猶お四五百年なり。皆な徳を積み業を累ね、恩は人心に結ぶと為す。豈に僻王無からんや。前哲に頼りて以て免るるのみ。魏・晋より以還、降りて周・隋に及ぶまでは、多き者も五六十年に過ぎず、少なき者は才(わず)かに二三十年にして亡ぶ。良に創業の君の恩化を広むるに務めず、当時は僅かに能く自ら守るも、後に遺徳の思うべき無きに由る。故に伝嗣の主は政教少しく衰え、一夫大呼して天下土崩す。今、陛下は大功を以て天下を定むと雖も、而れども積徳は日浅し。固より当に禹・湯・文・武の道を崇び、広く徳化を施し、恩をして余地有らしめ、子孫の為に万代の基を立つべし。豈に但だ政教をして失無からしめ、以て当年を持するのみを欲せんや。且つ古より明王聖主は、人に因りて教えを設け、寛猛は時に随うと雖も、而れども大要は身に節倹し、恩を人に加うるの二者を以て是れ務む。故に其の下は之を愛すること父母の如く、之を仰ぐこと日月の如く、之を敬すること神明の如く、之を畏るること雷霆の如し。此れ其の祚を卜すること遐長にして禍乱作らざる所以なり。
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『君子訓』巻之中一文王は、民を視ること傷むが如しとて、民を治めて既に安けれども、猶も傷み苦める事あらんかと憂ひ給ふ。是仁者のこころ、国家を治むる第一の用心なり。左伝にも、国の興るは民を視ること傷むが如し、其亡ぶるは民をみる事土芥の如しといへり。是国の治乱興亡の分るる所なり。
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『童子問』卷中問ふ。程子曰く、修養の年を引く所以、国祚の天に祈りて命を永くする所以、常人の聖人に至る所以は、皆工夫這裏に到らば、則ち此の応有り、と。夫れ修養の年を引き、資質の変化するは、皆勉めて至るべし。天に祈りて命を永くする所以に至りては、則ち独り天に係りて、人力の能く致す所に非ず。何の術か能く之を致すべき。曰く、天に祈りて命を永くするは、豈に他有らんや。亦仁と曰ふのみ。夫れ天は心無く、民の心を以て心と為す。民の心悦べば、則ち天の心悦ぶ。民の心厭へば、則ち天の心厭ふ。書に曰く、天の視るは我が民の視るに自り、天の聴くは我が民の聴くに自る、と。民の好む所を好み、民の悪む所を悪めば、民の心悦豫して、則ち以て天に祈りて命を永くすべし。
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『君子訓』巻之下一太公望曰く、不仁を以て之を得、不仁を以て之を守れば、必ず其の亡に及ぶなり。言ふこころは、不仁にして国を得たる人、不仁を以て其国を守れば、かならず其一代にて亡ぶ。大和唐土其ためし多し。国の長久するは、其君仁なればなり。亡ぶるは不仁なればなり。桀紂以下歴代不仁の君亡びざるはなし。堯舜湯武はいふも更なり、漢の高祖文帝、後漢の光武、唐の太宗、其余歴代の賢君は、皆仁心ありし故、国長久せり。凡国家の興亡、身の安危、皆仁と不仁とによれり。禹湯は己が身をせむ、故に栄え給ふ。桀紂は人をせむ、故に亡びたり。己を責むるは仁なり、人を責むるは不仁なり。仁の道豈勤めざるべけんや。
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貞観政要・公平臣聞く、道徳の厚きは、軒・唐より尚(たっと)きは莫し。仁義の隆んなるは、舜・禹より彰(あき)らかなるは莫し。軒・唐の風を継ぎ、将に舜・禹の跡を追わんと欲せば、必ず之を鎮むるに道徳を以てし、之を弘むるに仁義を以てし、善を挙げて之に任じ、善を択びて之に従うべし。善を択び能に任ぜずして、之を俗吏に委ぬれば、既に遠度無く、必ず大体を失う。惟だ三尺の律を奉じて、以て四海の人を縄(ただ)し、垂拱無為を求めんと欲するも、得べからざるなり。故に聖哲の君臨するや、風を移し俗を易(か)うるに、厳刑峻法に資らず。仁義に在るのみ。故に仁に非ずんば以て広く施す無く、義に非ずんば以て身を正す無し。下に恵むに仁を以てし、身を正すに義を以てせば、則ち其の政は厳ならずして理まり、其の教えは粛(きび)しからずして成らん。然らば則ち仁義は理の本なり。刑罰は理の末なり。理を為むるに刑罰有るは、猶お御を執るに鞭策有るがごとし。人皆な化に従わば、刑罰は施す所無し。馬は其の力を尽くさば、則ち鞭策有るも用うる所無し。此に由りて之を言えば、刑罰は理を致すべからざること、亦た已に明らかなり。故に『潜夫論』に曰く、「人君の理は、道徳教化より大なるは莫し。民に性有り、情有り、化有り、俗有り。情性は心なり、本なり。俗化は行いなり、末なり。是を以て上君の世を撫するや、其の本を先にして其の末を後にし、其の心に順いて其の行いを履む。心情苟も正しければ、則ち奸慝は生ずる所無く、邪意は載する所無し。是の故に上聖は民の心を理むるに務めざる無し。故に曰く『訟を聴くは、吾も猶お人のごときなり。必ずや訟無からしめんか』と。之を道(みちび)くに礼を以てし、務めて其の性を厚くして其の情を明らかにす。民相い愛すれば、則ち相い傷害するの意無し。動けば義を思わば、則ち奸邪を畜(たくわ)うるの心無し。此くの若きは、律令の理むる所に非ず。此れ乃ち教化の致す所なり。聖人は甚だ徳礼を尊びて刑罰を卑しむ。故に舜は先ず契に敕して敬みて五教を敷かしめ、而る後に咎繇に任じて五刑を以てす。凡そ法を立つる者は、民の短を司りて、過誤を誅するを以てするに非ず。乃ち以て奸悪を防ぎて、禍患を救い、淫邪を検して、正道に内(い)るるなり。民は善化を蒙らば、則ち人に士君子の心有り。悪政を被らば、則ち人に奸乱を懐くの慮有り。故に善化の民を養うは、猶お工の曲豉(きょくし)を為すがごとし。六合の民は、猶お一蔭のごとし。黔首の属は、猶お豆麦のごとし。変化雲為は、将(ひき)いる者に在るのみ。良吏に遭わば、則ち忠信を懐きて仁厚を履む。悪吏に遇わば、則ち奸邪を懐きて浅薄を行う。忠厚積まば、則ち太平を致す。浅薄積まば、則ち危亡を致す。是を以て聖帝明王は、皆な徳化を敦くして威刑を薄くす。徳は、己を循(したが)わしむる所以なり。威は、人を治むる所以なり。民の生くるや、猶お金を鑠(と)かして炉に在るがごとし。方円薄厚は、镕制に随うのみ。是の故に世の善悪、俗の薄厚は、皆な君に在り。世の主、誠に能く六合の内、挙世の人をして、忠厚の情に感じて浅薄の悪無く、各々公正の心を奉じて、奸険の慮無からしめば、則ち醇釅(じゅんげん)の俗、復た茲に見(あら)われん」と。後王は未だ能く遵う能わずと雖も、専ら仁義を尚び、当に刑を慎み典を恤(あわ)れみ、哀敬にして私無かるべし。故に管子曰く、「聖君は法に任じて智に任ぜず。公に任じて私に任ぜず」と。故に天下に王として、国家を理む。
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