弟子規 / 信・無心非
無心非、名為錯、有心非、名為惡 過能改、歸於無、倘揜飾、增一辜
新字:無心非、名為錯、有心非、名為悪 過能改、帰於無、倘揜飾、增一辜
書き下し
心無き非は、名づけて錯と為し、心有る非は、名づけて悪と為す。 過ち能く改むれば、無きに帰す。倘し掩飾せば、一辜を増さん。
現代語訳
悪意なくやった誤りは「あやまち」といい、故意にやった誤りは「悪」といいます。 過ちは改めることができれば、なかったことに帰します。もしごまかして覆い隠せば、罪をひとつ増やすことになります。
解説
過ちを意図の有無で分け、改めれば消え、隠せば増えると説く条です。『論語』衛霊公篇の「過ちて改めざる、是れを過ちと謂う」と通じる考えです。仕事の失敗は避けられませんが、その後の対応で重さが変わります。ミスそのものより、隠したこと、報告が遅れたことのほうが、信用を深く傷つけるのは、組織でよく見る光景です。早く認めて直せば、失敗は学びとして残り、傷は小さくて済みます。覆い隠したくなる気持ちが動いたとき、この一句を思い出してみてください。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
錯と悪過ち改める掩飾辜報告
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『大和俗訓』巻之三・心術上是皆気質の偏なり、心を害す。凡気質のあしき所を変化する事、きはめてかたし。平生心を用ひて、是に勝たずんばあるべからず。又過あらば速かに改むべし。過とは巧みて悪をするにはあらず、是非を知らずして、不意に道理にそむくをいふ。気質の偏により、私慾の妨によりて、過をなすこと多し。人聖人にあらず、誰も過多し。過と知らば、速かに改めて善にうつるべし。吝なるべからず。吝なりとは、過ををしみて改めかぬるを云ふ。凡私慾邪念と、気質の偏と、過と、此三の者ありては心術を害す。心を正しくし、道を行はんとすれども、是等の過悪ありて去らざれば、徳にすすむべきやうなし。たとへば田を作るに莠を去らざれば、水をそそぎ、こやししても、莠のみ茂りて、苗に益なし。まづ莠をさりて、水と肥を用ふるが如し。又身の病を去りて後、補養するが如し。
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