大学或問 / 『大学或問』吉利支丹禁制の根と寺請
十五吉利支丹の法斷絕の事、 (問)吉利支丹の法を斷絕せん事はいかゞ、 (答)吉利支丹は人心の惑と民の困窮によりて法を廣むるものなり、天下文明の教ありて人心惑解け、仁政行れて困窮やまば弘めよといふ共能はじ、其證據には唐土は聖賢の國にて文明なれば、制禁はなけれども弘むる事あたはず、蛇のみちはへびがしるといへる諺のごとく、吉利支丹ならでは吉利支丹は知らずといへり、今の寺請に何の用にもたゝず、殊の外なる國々の費なり、九州にてさし來るものをとらへに行たる者のいへるは、常人よりは佛寺を信し後世願と見ゆるものなり、よもかれにてはあるまじと所の者共も思ひ、其身も申わけして歸らんといひて出れども、奉行所にゆきては證據ありて陳ずる事あたはずといへり、其上此吉利支丹請にて不義無道の出家漫り、佛法の實は亡ひたるといへり、斷絕の仕置精しき事は長々しければ畧す、仁政の行はるゝ時を待つみ、
新字:十五吉利支丹の法断絶の事、 (問)吉利支丹の法を断絶せん事はいかゞ、 (答)吉利支丹は人心の惑と民の困窮によりて法を広むるものなり、天下文明の教ありて人心惑解け、仁政行れて困窮やまば弘めよといふ共能はじ、其証拠には唐土は聖賢の国にて文明なれば、制禁はなけれども弘むる事あたはず、蛇のみちはへびがしるといへる諺のごとく、吉利支丹ならでは吉利支丹は知らずといへり、今の寺請に何の用にもたゝず、殊の外なる国々の費なり、九州にてさし来るものをとらへに行たる者のいへるは、常人よりは仏寺を信し後世願と見ゆるものなり、よもかれにてはあるまじと所の者共も思ひ、其身も申わけして帰らんといひて出れども、奉行所にゆきては証拠ありて陳ずる事あたはずといへり、其上此吉利支丹請にて不義無道の出家漫り、仏法の実は亡ひたるといへり、断絶の仕置精しき事は長々しければ略す、仁政の行はるゝ時を待つみ、
書き下し
十五吉利支丹の法斷絕の事、 (問)吉利支丹の法を斷絕せん事はいかゞ、 (答)吉利支丹は人心の惑と民の困窮によりて法を廣むるものなり、天下文明の教ありて人心惑解け、仁政行れて困窮やまば弘めよといふ共能はじ、其證據には唐土は聖賢の國にて文明なれば、制禁はなけれども弘むる事あたはず、蛇のみちはへびがしるといへる諺のごとく、吉利支丹ならでは吉利支丹は知らずといへり、今の寺請に何の用にもたゝず、殊の外なる國々の費なり、九州にてさし來るものをとらへに行たる者のいへるは、常人よりは佛寺を信し後世願と見ゆるものなり、よもかれにてはあるまじと所の者共も思ひ、其身も申わけして歸らんといひて出れども、奉行所にゆきては證據ありて陳ずる事あたはずといへり、其上此吉利支丹請にて不義無道の出家漫り、佛法の實は亡ひたるといへり、斷絕の仕置精しき事は長々しければ畧す、仁政の行はるゝ時を待つみ、
現代語訳
十五 吉利支丹の法を断絶すること 問う。吉利支丹の法を断絶することはどうか。 答える。吉利支丹は、人の心の惑いと民の困窮によって法を広めるものである。天下に文明の教えがあって人の心の惑いが解け、仁政が行われて困窮がやめば、広めよといってもできないだろう。その証拠に、中国は聖賢の国で文明であるから、禁制はなくても広めることができない。蛇の道は蛇が知るという諺のように、吉利支丹でなければ吉利支丹は分からないといわれる。いまの寺請は何の役にも立たない。ことのほか国々の費えである。九州で、密告された者を捕らえに行った者がいうには、普通の人よりも仏寺を信じ後世を願うように見える者である。まさかあの者ではあるまいと所の者たちも思い、本人も申し開きをして帰ろうといって出るが、奉行所に行っては証拠があって弁明できなかったという。そのうえ、この吉利支丹請(寺請)によって不義無道の出家がはびこり、仏法の実は滅んだという。断絶の処置の詳しいことは長くなるので略す。仁政が行われる時を待つだけである。
解説

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『政談』吉利支丹書籍の事吉利支丹宗門の書籍を見る人なき故、其教如何なることを知る人なし、儒道仏道神道までも悪しく説きたらば、吉利支丹に学はすなるへきも計りかたし、之に依りて吉利支丹の書籍御蔵に之有るは儒者ともに見せ置きて、邪宗の吟味させたきこと也、