大学或問 / 『大学或問』はげ山の植林と山林の効用
又古地のかまひにならぬよき新田もあるべし、古地の廢たりを取立るも有へし、池川の普請の仕樣にて餘地出來もあるべし、いづれに山を留て民の難義せず、却て悅べき事いかほともあるべし、草木なきはげ山を林となす事あり、山の廣さを積り一度にならずは一ト峯一ト谷づゝもはやすべし、谷峯の廣さによつて稗を三拾石五拾石百石貳百石づゝまかせ、其上に枯草萱などをちらし置なり、諸鳥來て是を拾ふ、鳥のおとしにまじりたる木の實はよくはへるものなり、上に枯草を置事は拾ひにくきやうにして鳥を久しく來さんとなり、其上雨に流れず稗山土に生付てもよし、かくのごとくすれば三十年許には雜木のしげりとなるものなり、雜木茂りては其近所の村里薪に事はかゝざるなり、法をよく立れば次第に山茂りて永代薪澤山なり、此のしげり出來るまでは松山を伐て作物のからに足して用事の足る所もあるべし、松山は山土田地ともに惡し、白地の草木のそだゝぬ所にも松は生付ものなり、當分のよきに目付て後年の害をしらず、右の政行れば小松は根深くならぬ前に引すてゝよし、今の松山自然に雜木山と成べし、松にかゝりたる雨露毒なる故に、下木下草も生ぜず、畠に落入てあしゝ、其上松山には夕立雨もおこらず、吉野金剛山其外の大山どもの切あらしたる峯谷には、杉檜の實をまかすべし、東國北國其外にも杉檜の實多き所ありといへり、其道に器用なるものに命じ給はゞ、かれにつき是に付山はほどなく茂りなん、杉檜幷に雜木山々に多き時は、夏は神氣盛になりて夕立たび〱すべければ、池なくとも日損なかるべし、山茂りて山谷より土砂を出さずば、川は一水一水に土砂海に落て深く成べければ、洪水のうれへもなかるべし、富有の大業を生ずる事あげてかぞへがたし、
新字:又古地のかまひにならぬよき新田もあるべし、古地の廃たりを取立るも有へし、池川の普請の仕様にて余地出来もあるべし、いづれに山を留て民の難義せず、却て悦べき事いかほともあるべし、草木なきはげ山を林となす事あり、山の広さを積り一度にならずは一ト峯一ト谷づゝもはやすべし、谷峯の広さによつて稗を三拾石五拾石百石貳百石づゝまかせ、其上に枯草萱などをちらし置なり、諸鳥来て是を拾ふ、鳥のおとしにまじりたる木の実はよくはへるものなり、上に枯草を置事は拾ひにくきやうにして鳥を久しく来さんとなり、其上雨に流れず稗山土に生付てもよし、かくのごとくすれば三十年許には雑木のしげりとなるものなり、雑木茂りては其近所の村里薪に事はかゝざるなり、法をよく立れば次第に山茂りて永代薪沢山なり、此のしげり出来るまでは松山を伐て作物のからに足して用事の足る所もあるべし、松山は山土田地ともに悪し、白地の草木のそだゝぬ所にも松は生付ものなり、当分のよきに目付て後年の害をしらず、右の政行れば小松は根深くならぬ前に引すてゝよし、今の松山自然に雑木山と成べし、松にかゝりたる雨露毒なる故に、下木下草も生ぜず、畠に落入てあしゝ、其上松山には夕立雨もおこらず、吉野金剛山其外の大山どもの切あらしたる峯谷には、杉檜の実をまかすべし、東国北国其外にも杉檜の実多き所ありといへり、其道に器用なるものに命じ給はゞ、かれにつき是に付山はほどなく茂りなん、杉檜幷に雑木山々に多き時は、夏は神気盛になりて夕立たび〱すべければ、池なくとも日損なかるべし、山茂りて山谷より土砂を出さずば、川は一水一水に土砂海に落て深く成べければ、洪水のうれへもなかるべし、富有の大業を生ずる事あげてかぞへがたし、
書き下し
又古地のかまひにならぬよき新田もあるべし、古地の廢たりを取立るも有へし、池川の普請の仕樣にて餘地出來もあるべし、いづれに山を留て民の難義せず、却て悅べき事いかほともあるべし、草木なきはげ山を林となす事あり、山の廣さを積り一度にならずは一ト峯一ト谷づゝもはやすべし、谷峯の廣さによつて稗を三拾石五拾石百石貳百石づゝまかせ、其上に枯草萱などをちらし置なり、諸鳥來て是を拾ふ、鳥のおとしにまじりたる木の實はよくはへるものなり、上に枯草を置事は拾ひにくきやうにして鳥を久しく來さんとなり、其上雨に流れず稗山土に生付てもよし、かくのごとくすれば三十年許には雜木のしげりとなるものなり、雜木茂りては其近所の村里薪に事はかゝざるなり、法をよく立れば次第に山茂りて永代薪澤山なり、此のしげり出來るまでは松山を伐て作物のからに足して用事の足る所もあるべし、松山は山土田地ともに惡し、白地の草木のそだゝぬ所にも松は生付ものなり、當分のよきに目付て後年の害をしらず、右の政行れば小松は根深くならぬ前に引すてゝよし、今の松山自然に雜木山と成べし、松にかゝりたる雨露毒なる故に、下木下草も生ぜず、畠に落入てあしゝ、其上松山には夕立雨もおこらず、吉野金剛山其外の大山どもの切あらしたる峯谷には、杉檜の實をまかすべし、東國北國其外にも杉檜の實多き所ありといへり、其道に器用なるものに命じ給はゞ、かれにつき是に付山はほどなく茂りなん、杉檜幷に雜木山々に多き時は、夏は神氣盛になりて夕立たび〱すべければ、池なくとも日損なかるべし、山茂りて山谷より土砂を出さずば、川は一水一水に土砂海に落て深く成べければ、洪水のうれへもなかるべし、富有の大業を生ずる事あげてかぞへがたし、
現代語訳
また、古い耕地の差し支えにならない良い新田もあるだろう。古い地の荒廃したものを取り立てることもあろう。池や川の普請のやり方によって、余った土地ができることもあろう。いずれにしても、山を休ませて民が難儀せず、かえって喜ぶことはいくらでもある。草木のないはげ山を林にすることがある。山の広さを見積もり、一度にできなければ、一つの峰、一つの谷ずつ茂らせる。谷や峰の広さによって、稗を三十石、五十石、百石、二百石ずつ蒔かせ、その上に枯れ草や萱などを散らしておく。鳥が来てこれをついばむ。鳥の落とし物に混じった木の実は、よく生えるものである。上に枯れ草を置くのは、拾いにくいようにして、鳥を長く来させるためである。そのうえ、雨に流れず、稗が山の土に根づくのもよい。このようにすれば、三十年ほどで雑木の茂りとなる。雑木が茂れば、その近所の村里は薪に事欠かない。法をよく立てれば、次第に山が茂り、永代薪が沢山ある。この茂りができるまでは、松山を伐って作物の殻に足して用を足せる所もあろう。松山は、山の土も田地もともに悪くする。白地の草木の育たない所にも、松は生えるものである。当面のよさに目をつけて、後年の害を知らない。右の政治が行われれば、小松は根が深くならないうちに引き捨ててよい。今の松山は自然に雑木山となるだろう。松にかかった雨露は毒なので、下木・下草も生えず、畑に落ちると悪い。そのうえ、松山には夕立も起こらない。吉野・金剛山、そのほかの大山で切り荒らした峰や谷には、杉・檜の実を蒔くべきである。東国・北国、そのほかにも、杉・檜の実の多い所があるという。その道に器用な者に命じなされば、あちらについてもこちらについても、山はほどなく茂るだろう。杉・檜と雑木が山々に多い時は、夏は神気が盛んになって、夕立がたびたびあるだろうから、池がなくても日照りの被害はない。山が茂って、山や谷から土砂を出さなければ、川は一筋一筋、土砂が海へ落ちて深くなるだろうから、洪水の憂いもない。国を富ます大事業が生じることは、挙げて数えきれない。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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