智囊 / 制勝・趙臣
璋愈疑,乃挽臣臥內,跪叩之,臣潸然泣下,璋亦泣,曰:「嗟乎趙君!璋今日死即死耳,君何忍秘厄我?」臣曰:「與君異口駢心,有急不敢不告,今日非君死,即我死矣!」璋曰:「何故?」臣曰:「軍門奉旨徵田州,謂君以婦翁黨猛,將檄鎮安兵襲君。我不言,君必死矣;我言之,而君驟發,敗機事,我必死,是以泣耳。」璋大驚,頓息曰:「今日非趙君,我族矣!」遂強臣稱病,留傳舍,而亟遣人馳軍門,備陳猛反狀。恐波及,願自效。沈許之,遂以白鏌,鏌始專意攻猛。
新字:璋愈疑,乃挽臣臥内,跪叩之,臣潸然泣下,璋亦泣,曰:「嗟乎趙君!璋今日死即死耳,君何忍秘厄我?」臣曰:「与君異口駢心,有急不敢不告,今日非君死,即我死矣!」璋曰:「何故?」臣曰:「軍門奉旨徴田州,謂君以婦翁党猛,将檄鎮安兵襲君。我不言,君必死矣;我言之,而君驟発,敗機事,我必死,是以泣耳。」璋大驚,頓息曰:「今日非趙君,我族矣!」遂強臣称病,留伝舎,而亟遣人馳軍門,備陳猛反状。恐波及,願自効。沈許之,遂以白鏌,鏌始専意攻猛。
書き下し
璋愈々疑い、乃ち臣を挽きて臥內に入れ、跪きて之を叩う。臣、潸然として泣下す。璋も亦た泣き、曰く、「嗟乎、趙君。璋、今日死せば即ち死するのみ。君、何ぞ忍びて秘して我を厄するか」と。臣曰く、「君と口を異にして心を駢にす。急有らば敢えて告げざらんや。今日君死せずんば、即ち我死せん」と。璋曰く、「何の故ぞ」と。臣曰く、「軍門、旨を奉じて田州を徵す。謂えらく、君は婦翁を以て猛に黨し、將に鎮安の兵に檄して君を襲わしめんとす。我言わざれば、君は必ず死せん。我言わば、君驟かに發して機事を敗らん。我必ず死す。是を以て泣くのみ」と。璋、大いに驚き、頓息して曰く、「今日趙君に非ずんば、我は族せられん」と。遂に強いて臣に病を稱せしめ、傳舍に留め、而して亟かに人を軍門に馳せ、備さに猛の反狀を陳べ、波及を恐れ、自ら效さんことを願う。沈、之を許し、遂に以て鏌に白す。鏌、始めて專ら意を猛を攻むるに注ぐ。
現代語訳
岑璋はますます疑い、趙臣の手を引いて寝室に入れ、ひざまずいて問いただしました。趙臣は、はらはらと涙を流しました。岑璋も泣いて言いました。「ああ趙君。私は今日死ぬなら死ぬだけのことだ。君はどうして隠して私を苦しめるのか」。趙臣は言いました。「私は君と、口は違っても心は一つです。急な事があれば、どうして告げずにいられましょう。今日君が死なないなら、私が死ぬでしょう」。岑璋は「どういうわけだ」と言いました。趙臣は言いました。「軍門は詔を受けて田州を討伐しようとしています。君が岳父として岑猛に味方しているとして、鎮安の兵に檄を飛ばして君を襲わせようとしています。私が言わなければ、君は必ず死ぬでしょう。私が言えば、君がにわかに動いて機密を損ない、私は必ず死ぬでしょう。だから泣いているのです」。岑璋は大いに驚き、息をついて言いました。「今日趙君がいなければ、私は一族皆殺しにされるところだった」。そこで無理に趙臣に病気だと言わせて宿舎に留め、急いで人を軍門に走らせ、岑猛の反逆の状況を詳しく述べ、累が及ぶのを恐れて、自ら力を尽くすことを願いました。沈希儀はこれを許し、姚鏌に報告しました。姚鏌はようやく岑猛を攻めることに専念しました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』制勝・趙臣岑璋なる者は、歸順州の土官なり。智略多く、善く士を養う。田州の岑猛は、其の婿なり。猛、不法あり、督撫、反狀を上ぐ。詔す、諸土官の能く猛を擒馘する者は、秩一級を賜い、地の半ばを畀え、黨助する者は並びに誅す、と。都御史姚鏌、將に兵を舉げんとするに、璋の合謀せんことを慮り、都指揮沈希儀に咨る。沈、部下の千戶趙臣の璋と善きを知り、臣を召して計を問う。曰く、「微かに聞く、璋の女、寵を失い、璋、頗る猛を恨むと。吾、璋を役して猛を破らんと欲す。如何」と。臣對えて曰く、「璋は多智にして疑いを持つ。直に之を語らば、必ず信ぜず。計を以て遣うべくして、力を以て役し難し」と。沈曰く、「計は將に安くに出でんとするか」と。臣曰く、「鎮安、歸順は、世仇なり。公、人をして歸順に使いせしめば、則ち鎮安疑わん。人を鎮安に使いせしめば、則ち歸順疑わん。公、若し臣を遣わして兵を鎮安に徵せしめば、璋必ず臣を邀えて故を詢わん。而して端倪動かすべきなり」と。沈、計の如く臣を遣わす。臣、道を枉げて璋の所に詣り、坐して歎息す。璋、之を叩うも、言わず。明日、璋、酒を置きて臣を款し、固く之を叩う。「軍門、我を督過するか。璋、侮りを鄰仇より受く。將に逮勘せんとするか」と。臣、皆な曰く、「否、否」と。
-
『智囊』制勝・趙臣猛の子邦彥、王堯隘を守る。璋、陽り千人を遣わして之を助け、內應と為さしむ。皆な寸帛を裾に綴りて識と為し、潛かに以て沈に告ぐ。時に田州の兵は死守し、眾は敢えて前む莫し。沈、獨り往き、戰うこと三合。沈、奇兵千餘騎を以て間道より隘の側を繞らしめ、旗幟閃閃たり。歸順の兵、呼びて曰く、「天兵、間道より入れり」と。田州の兵、驚き潰ゆ。沈、之に乘じ、斬首すること數千、邦彥死す。猛、敗るるを聞き、自ら經れんと欲す。璋、之を誘い、歸順に走らしめ、奉じて別館に居らしむ。而して別將胡堯元ら、沈の功を嫉み、萬人を以て歸順を擣かんと欲す。璋、先に之を覺り、人をして百牛、千醞を持して軍を三十里に迎えしめ、堯元に謂いて曰く、「昨に猛敗れ、將に歸順を越えて交南に走らんとす。璋、邀えて之を撃ち、猛、目に流矢を集め、南に去りて、往く所を知らず。之を急にせば、虜を糾えて變を為さんことを恐る。幸いに緩むること五日、當に搜致すべし」と。堯元、許す。璋、復た茅舍千間を構え、一夕にして訖わる。諸軍、之に安んじ、進む志無し。璋、還りて猛を詭りて曰く、「天兵退けり。然れども陳奏するに非ざれば白らかならず」と。猛曰く、「然り。顧って安くんぞ草を屬する者を得ん」と。
-
『智囊』制勝・趙臣璋、即ち人をして猛の為に草を具えしめ、猛に促して印を出して之を封ぜしむ。既に猛の印の所在を知り、乃ち酒を置きて猛を賀し、鼓樂殷として作る。酒半ばにして、璋、鴆を持して猛に飲ませて曰く、「天兵、君を索むること甚だ急なり。相い庇う能わず」と。猛、大いに呼びて曰く、「老奸に墮ちたり」と。遂に藥を飲みて死す。璋、其の首を斬り、印と並せて間道より軍門に馳せ詣る。而して他の囚を斬りて猛の屍に貫き、諸軍に詣りて擲つ。諸軍、囂爭し、擊殺すること十餘人。飈のごとく軍門に馳せ、則ち猛の首、已に梟して一日なり。諸將、大いに恚恨し、遂に浸淫して璋を毀つ。而して布政某ら、復た陰かに鏌を害し、倡言す、猛は實は死せず、死する者は道士錢一真なりと。御史石金、遂に鏌を劾して職を落とし、而して希儀らの功、俱に敘せられず。璋、怏怏として、遂に黃冠して道を學ぶ。〔述〕田汝成曰く、「岑猛の伏誅するや、岑璋、之を掎み、趙臣、之を啟き、沈希儀、之を王す。而れども功は皆な錄せられず。其れ何を以て後を勸めんや。兩廣の威令、浸く土官に行われざるは、類は此の如し。書生は遠略無く、瑣瑣戚戚として、逸參を興す。寧ろ軍國の重輕を惜しまんや」と。王弇州は一代の史才なるに、其の岑猛の事を敘ぬるに、亦た猛は實は死せずと云う。豈に石侍御の言に惑わされしか。李福達の獄、朝に是とし暮に非とし、迄に確見無し。知らず、異日、又何を以て真偽を定めんや。
-
『智囊』詰奸・錢藻銭藻、兵を密雲に備う。二京軍有り、人を通州に劫かす。之を獲たるも服せず、州以て藻に白す。二賊は京軍なるを恃み、出語無状なり。藻乃ち甲を大門の外に移し、独り乙を留めて鞫問すること数四、声色甚だ厲し。已にして筆を握りて百許字を作り、乙の口語を録するが若き状にして、遣り去らしむ。隨いて甲を以て入らしめ、之を紿きて曰く、「乙は已に実を吐けり。事は汝に由る。乙は当に生くべし。汝は当に死すべし」と。甲は其の紿くを意わず、忿然として曰く、「乙は本と首事なり。何ぞ我に委ねんや」と。乃ち尽く乙の首事の状を白す。藻、乙を出だして之に証し、遂に法の如くに論ず。
-
『智囊』知微・智過・絺疵張孟談が朝して智伯に因って出ると、智過に轅門の外で遇った。智過は入って智伯に見え、曰く、「二主は殆ど変有るのではありませんか」と。君は曰く、「どういうことか」と。対えて曰く、「臣は孟談に轅門の外で遇いましたが、その志は矜り、その行いは高うございました」と。智伯は曰く、「そうではない。吾は二主と約すること謹んでいる。趙を破れば、その地を三分する、必ず欺かない。子は口に出すな」と。智過は出て二主に見え、入って智伯に説いた、「二主は色が動き意が変わっております、必ず君に背きましょう。今これを殺すに如かず」と。智伯は曰く、「兵が晋陽に着いて三年になる。旦暮に当に抜いてその利を饗けようとするのに、他心が有るなど、あってはならない。子は慎んで復た言うな」と。智過は曰く、「殺さなければ、遂にこれに親しむべきです」と。智伯は曰く、「これに親しむとはどうするのか」と。智過は曰く、「魏桓子の謀臣は趙葭といい、韓康子の謀臣は段規といい、この者らは皆その君の計を移すことができます。君は二君と約され、趙を破れば、二子に各々万家の県一つを封ずると。かくすれば二主の心は変わらずにすみ、君は欲する所を得られます」と。
-
『智囊』善言・鄭涉・李忠臣劉玄佐汴を鎮するや、嘗て讒を以て怒り、軍将翟行恭を殺さんと欲す、敢えて弁ずる者無し。処士鄭渉、諧隠を能くし、玄佐に見えて曰く、「聞く翟行恭刑せらると、願わくは屍を付して一たび観せしめよ」と。玄佐之を怪しむ。対えて曰く、「嘗て聞く、枉げて死せる人の面には異有りと。一生未だ識らず、故に借りて看るのみ」と。玄佐悟り、乃ち免ず。辛京杲私杖を以て部曲を殺す、有司奏し、京杲の罪は死に当たると、上将に之に従わんとす。李忠臣曰く、「京杲は死に当たること久し」と。上其の故を問う。忠臣曰く、「京杲の諸父兄弟は倶に戦死し、独り京杲のみ今日に至るまで尚お存す。故に臣以て久しく死に当たると為す」と。上惻然として、乃ち京杲を左遷す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る