智囊 / 制勝・趙臣
岑璋者,歸順州土官也,多智略,善養士。田州岑猛,其婿也。猛不法,督撫上反狀,詔諸土官能擒馘猛者,賜秩一級,畀半地;黨助者並誅。都御史姚鏌將舉兵,而慮璋合謀,咨於都指揮沈希儀,沈知部下千戶趙臣與璋善,召臣問計,曰:「微聞璋女失寵,璋頗恨猛,吾欲役璋破猛,如何?」臣對曰:「璋多智而持疑,直語之,必不信,可以計遣,難以力役也。」沈曰:「計將安出?」臣曰:「鎮安、歸順,世仇也。公使人歸順,則鎮安疑;使人鎮安,則歸順疑。公若遣臣徵兵鎮安,璋必邀臣詢故,而端倪可動也。」沈如計遣臣,臣枉道詣璋所,坐而歎息。璋叩之,不言,明日,璋置酒款臣,固叩之:「軍門督過我耶?璋受侮鄰仇,將逮勘耶?」臣皆曰:「否,否。」
新字:岑璋者,帰順州土官也,多智略,善養士。田州岑猛,其婿也。猛不法,督撫上反状,詔諸土官能擒馘猛者,賜秩一級,畀半地;党助者並誅。都御史姚鏌将舉兵,而慮璋合謀,咨於都指揮沈希儀,沈知部下千戸趙臣与璋善,召臣問計,曰:「微聞璋女失寵,璋頗恨猛,吾欲役璋破猛,如何?」臣対曰:「璋多智而持疑,直語之,必不信,可以計遣,難以力役也。」沈曰:「計将安出?」臣曰:「鎮安、帰順,世仇也。公使人帰順,則鎮安疑;使人鎮安,則帰順疑。公若遣臣徴兵鎮安,璋必邀臣詢故,而端倪可動也。」沈如計遣臣,臣枉道詣璋所,坐而嘆息。璋叩之,不言,明日,璋置酒款臣,固叩之:「軍門督過我耶?璋受侮鄰仇,将逮勘耶?」臣皆曰:「否,否。」
書き下し
岑璋なる者は、歸順州の土官なり。智略多く、善く士を養う。田州の岑猛は、其の婿なり。猛、不法あり、督撫、反狀を上ぐ。詔す、諸土官の能く猛を擒馘する者は、秩一級を賜い、地の半ばを畀え、黨助する者は並びに誅す、と。都御史姚鏌、將に兵を舉げんとするに、璋の合謀せんことを慮り、都指揮沈希儀に咨る。沈、部下の千戶趙臣の璋と善きを知り、臣を召して計を問う。曰く、「微かに聞く、璋の女、寵を失い、璋、頗る猛を恨むと。吾、璋を役して猛を破らんと欲す。如何」と。臣對えて曰く、「璋は多智にして疑いを持つ。直に之を語らば、必ず信ぜず。計を以て遣うべくして、力を以て役し難し」と。沈曰く、「計は將に安くに出でんとするか」と。臣曰く、「鎮安、歸順は、世仇なり。公、人をして歸順に使いせしめば、則ち鎮安疑わん。人を鎮安に使いせしめば、則ち歸順疑わん。公、若し臣を遣わして兵を鎮安に徵せしめば、璋必ず臣を邀えて故を詢わん。而して端倪動かすべきなり」と。沈、計の如く臣を遣わす。臣、道を枉げて璋の所に詣り、坐して歎息す。璋、之を叩うも、言わず。明日、璋、酒を置きて臣を款し、固く之を叩う。「軍門、我を督過するか。璋、侮りを鄰仇より受く。將に逮勘せんとするか」と。臣、皆な曰く、「否、否」と。
現代語訳
岑璋は、帰順州の土官です。知略に富み、人材をよく養いました。田州の岑猛は、その娘婿でした。岑猛が法を犯し、総督や巡撫が反逆の状況を上奏しました。詔が下りました。諸土官で岑猛を捕らえたり討ち取った者には、官位を一級進め、土地の半分を与える。一味や助ける者はすべて誅殺する、と。都御史の姚鏌は兵を挙げようとして、岑璋が岑猛と通じて謀ることを恐れ、都指揮の沈希儀に相談しました。沈希儀は部下の千戸趙臣が岑璋と親しいことを知り、趙臣を呼んで策を尋ねました。「かすかに聞くところでは、岑璋の娘は寵愛を失い、岑璋は岑猛をかなり恨んでいるという。私は岑璋を使って岑猛を破りたい。どうか」。趙臣は答えました。「岑璋は知略に富み、疑い深い方です。ただ直接話せば、必ず信じません。計略によって動かすことはできますが、力で使役するのは難しいです」。沈希儀は言いました。「計略はどうするのか」。趙臣は言いました。「鎮安と帰順は代々の仇敵です。閣下が人を帰順に使いに出せば、鎮安が疑います。人を鎮安に使いに出せば、帰順が疑います。もし閣下が私を遣わして、鎮安に兵を徴発させるなら、岑璋は必ず私を迎えて事情を尋ねるでしょう。そこから糸口を動かせるはずです」。沈希儀は計略どおり趙臣を派遣しました。趙臣は道を曲げて岑璋のもとに寄り、座って嘆息しました。岑璋が尋ねても、何も言いません。翌日、岑璋は酒を用意して趙臣をもてなし、しつこく尋ねました。「軍門は私を咎めているのか。私は隣の仇敵から侮りを受けている。取り調べを受けようとしているのか」。趙臣は、ことごとく「いいえ、いいえ」と答えました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』制勝・趙臣璋愈々疑い、乃ち臣を挽きて臥內に入れ、跪きて之を叩う。臣、潸然として泣下す。璋も亦た泣き、曰く、「嗟乎、趙君。璋、今日死せば即ち死するのみ。君、何ぞ忍びて秘して我を厄するか」と。臣曰く、「君と口を異にして心を駢にす。急有らば敢えて告げざらんや。今日君死せずんば、即ち我死せん」と。璋曰く、「何の故ぞ」と。臣曰く、「軍門、旨を奉じて田州を徵す。謂えらく、君は婦翁を以て猛に黨し、將に鎮安の兵に檄して君を襲わしめんとす。我言わざれば、君は必ず死せん。我言わば、君驟かに發して機事を敗らん。我必ず死す。是を以て泣くのみ」と。璋、大いに驚き、頓息して曰く、「今日趙君に非ずんば、我は族せられん」と。遂に強いて臣に病を稱せしめ、傳舍に留め、而して亟かに人を軍門に馳せ、備さに猛の反狀を陳べ、波及を恐れ、自ら效さんことを願う。沈、之を許し、遂に以て鏌に白す。鏌、始めて專ら意を猛を攻むるに注ぐ。
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『智囊』制勝・趙臣猛の子邦彥、王堯隘を守る。璋、陽り千人を遣わして之を助け、內應と為さしむ。皆な寸帛を裾に綴りて識と為し、潛かに以て沈に告ぐ。時に田州の兵は死守し、眾は敢えて前む莫し。沈、獨り往き、戰うこと三合。沈、奇兵千餘騎を以て間道より隘の側を繞らしめ、旗幟閃閃たり。歸順の兵、呼びて曰く、「天兵、間道より入れり」と。田州の兵、驚き潰ゆ。沈、之に乘じ、斬首すること數千、邦彥死す。猛、敗るるを聞き、自ら經れんと欲す。璋、之を誘い、歸順に走らしめ、奉じて別館に居らしむ。而して別將胡堯元ら、沈の功を嫉み、萬人を以て歸順を擣かんと欲す。璋、先に之を覺り、人をして百牛、千醞を持して軍を三十里に迎えしめ、堯元に謂いて曰く、「昨に猛敗れ、將に歸順を越えて交南に走らんとす。璋、邀えて之を撃ち、猛、目に流矢を集め、南に去りて、往く所を知らず。之を急にせば、虜を糾えて變を為さんことを恐る。幸いに緩むること五日、當に搜致すべし」と。堯元、許す。璋、復た茅舍千間を構え、一夕にして訖わる。諸軍、之に安んじ、進む志無し。璋、還りて猛を詭りて曰く、「天兵退けり。然れども陳奏するに非ざれば白らかならず」と。猛曰く、「然り。顧って安くんぞ草を屬する者を得ん」と。
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『智囊』制勝・趙臣璋、即ち人をして猛の為に草を具えしめ、猛に促して印を出して之を封ぜしむ。既に猛の印の所在を知り、乃ち酒を置きて猛を賀し、鼓樂殷として作る。酒半ばにして、璋、鴆を持して猛に飲ませて曰く、「天兵、君を索むること甚だ急なり。相い庇う能わず」と。猛、大いに呼びて曰く、「老奸に墮ちたり」と。遂に藥を飲みて死す。璋、其の首を斬り、印と並せて間道より軍門に馳せ詣る。而して他の囚を斬りて猛の屍に貫き、諸軍に詣りて擲つ。諸軍、囂爭し、擊殺すること十餘人。飈のごとく軍門に馳せ、則ち猛の首、已に梟して一日なり。諸將、大いに恚恨し、遂に浸淫して璋を毀つ。而して布政某ら、復た陰かに鏌を害し、倡言す、猛は實は死せず、死する者は道士錢一真なりと。御史石金、遂に鏌を劾して職を落とし、而して希儀らの功、俱に敘せられず。璋、怏怏として、遂に黃冠して道を學ぶ。〔述〕田汝成曰く、「岑猛の伏誅するや、岑璋、之を掎み、趙臣、之を啟き、沈希儀、之を王す。而れども功は皆な錄せられず。其れ何を以て後を勸めんや。兩廣の威令、浸く土官に行われざるは、類は此の如し。書生は遠略無く、瑣瑣戚戚として、逸參を興す。寧ろ軍國の重輕を惜しまんや」と。王弇州は一代の史才なるに、其の岑猛の事を敘ぬるに、亦た猛は實は死せずと云う。豈に石侍御の言に惑わされしか。李福達の獄、朝に是とし暮に非とし、迄に確見無し。知らず、異日、又何を以て真偽を定めんや。
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『智囊』制勝・沈希儀沈都督希儀、初め右江參將と為る。右江の城外五里は即ち賊巢にして、賊の詗者は耳目を官府に遍くし、閨闥の中にて稍や色を動かせば、賊は溪沿の數百里の外に在りて輒ち知る。希儀至り、顧って熟瑤をして恣に出入りし、城中に嬉游せしめ、而して瑤と通商販する者數十人を求め得て、厚く之を撫し、詗を為さしむ。是に於いて賊の動靜聲息、顧って往々にして我が先ず得る所と為る。出でて剿する每に、即ち肘腋の親近も聞くを得ず。期に至りて號を鳴らせば、則ち諸兵立ちどころに集まりて令を聽く。令して曰く、「某門を出でよ」と。旗頭、即ち諸軍を引いて貿貿として行く。旗頭に問うも、旗頭自ら知らず。頃之して營を紮え、賊眾至り、戰い方に合して伏、左右より起こり、賊大いに敗れ去る。已にして賊、他所を寇するに、官軍は又已に先に在り。絕遠の村聚、賊の官軍の至らざる所と度りて之を寇するも、軍は又未だ嘗て在らずんばあらず。賊は驚きて以て神と為す。即ち官軍も亦た希儀の何れより之を得るかを知らざるなり。剿する所は必ず其の劇巢にして、管繩を縛りて記と為し、妄りに殺す無し。婦女牛畜を得るに、果たして鄰巢の者ならば、悉く之を還す。唯だ陰かに賊を助くる者は、軍を還して立ちどころに剿し、曰く、「若、奈何ぞ陰かに賊の戰いを助くるや」と。或いは刀弩して門瞷する者には、曰く、「若に牛五を罰す。若、奈何ぞ刀弩して我が師を瞷うや」と。是に於いて賊驚服し、敢えて陰かに賊を助け及び門瞷する者無し。
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『智囊』詰奸・錢藻銭藻、兵を密雲に備う。二京軍有り、人を通州に劫かす。之を獲たるも服せず、州以て藻に白す。二賊は京軍なるを恃み、出語無状なり。藻乃ち甲を大門の外に移し、独り乙を留めて鞫問すること数四、声色甚だ厲し。已にして筆を握りて百許字を作り、乙の口語を録するが若き状にして、遣り去らしむ。隨いて甲を以て入らしめ、之を紿きて曰く、「乙は已に実を吐けり。事は汝に由る。乙は当に生くべし。汝は当に死すべし」と。甲は其の紿くを意わず、忿然として曰く、「乙は本と首事なり。何ぞ我に委ねんや」と。乃ち尽く乙の首事の状を白す。藻、乙を出だして之に証し、遂に法の如くに論ず。
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『智囊』制勝・沈希儀常に一巢を剿せんと欲し、乃ち佯り病に臥す。所部、入りて病を問うに、謝して見えず。明日入りて問うに、希儀起きて曰く、「吾が病は、鳥獸の肉を思う。若が輩、能く我に從いて獵せんか」と。即ち起ちて獵に出で、賊を出ずること一二里にして營を止む。軍中、乃ち獵に非ざるを知る。最後に計りて其の尤も黠猾にして戰いに善き者を擒にし、之を支解し、四たび城門に懸く。見る者股栗す。常に悲風淒雨、天色冥冥の夜を以て、諸賊の止宿する所を察し、人を散遣して火若しくは炮を齎し、毳帽を衣て、草色と同じくし、賊巢の中に潛ましむ。夜に炮舉がり、賊大いに駭き、曰く、「老沈來れり」と。妻子を挈えて山頂に逃げ、兒は啼き女は咷き、往々にして寒凍して死し、或いは崖石に觸れて死す。妻子相い怨む、「汝、賊と作って何の利あって此に至る」と。明るく之を詗るに、則ち寂として人無し。已に相い聞きて、愈々益々驚く。陰かに之を詗るに、則ち老沈は固より參府に在りて出でず。此れより賊の膽落つ。或いは面を易えて熟瑤と為るも、柳城の旁らの一童子、牛を牽きて深山を行くに、敢えて詗する者無し。後に熟瑤既に公の威信を聞き、他の巢を徵調するに、仇を懼ると雖も、敢えて往かずんばあらず。甚だしきは大雨にも、瑤は期に失せんことを懼れ、溪水を泅ぎて以て應ず。論者以為えらく、廣西に將と為りて、韓觀、山雲の倫は、能く瑤をして賊と為らざらしむ。希儀は則ち瑤人をして賊を攻めしむ。前に此れ有らざるなり。
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