智囊 / 辯才・楊善
汝今差來使臣,多至三千餘人,一見皇帝,每人便賞織金衣服一套,雖十數歲孩兒,也一般賞賜,殿上筵宴。為何?只是要官人面上好看!臨回時,又加賞宴,差人送去,何曾拘留?或是帶來的小廝,到中國為奸為盜,懼怕使臣知道,從小路逃去,或遇虎狼,或投別處,中國留他何用?若減了馬價一節,亦有故。先次官人家書一封,著使臣王喜送與中國某人。會喜不在,誤著吳良收了,進與朝廷,後某人怕朝廷疑怪,乃結權臣,因說『這番進馬,不係正經頭目,如何一般賞他。』以此減了馬價,及某人送使臣去,反說是吳良詭計減了,意欲官人殺害吳良,不想果中其計。」也先曰:「者!」胡語「者」,然詞也。又說買鍋一節:「此鍋出在廣東,到京師萬餘里,一鍋賣絹二匹,使臣去買,只與一匹,以此爭鬥,賣鍋者閉門不賣,皇帝如何得知?譬如南朝人問使臣買馬,價少便不肯賣,豈是官人吩咐他來?」
新字:汝今差来使臣,多至三千余人,一見皇帝,毎人便賞織金衣服一套,雖十数歳孩児,也一般賞賜,殿上筵宴。為何?只是要官人面上好看!臨回時,又加賞宴,差人送去,何曽拘留?或是帯来的小廝,到中国為奸為盗,懼怕使臣知道,従小路逃去,或遇虎狼,或投別処,中国留他何用?若減了馬価一節,亦有故。先次官人家書一封,著使臣王喜送与中国某人。会喜不在,誤著呉良収了,進与朝廷,後某人怕朝廷疑怪,乃結権臣,因説『這番進馬,不係正経頭目,如何一般賞他。』以此減了馬価,及某人送使臣去,反説是呉良詭計減了,意欲官人殺害呉良,不想果中其計。」也先曰:「者!」胡語「者」,然詞也。又説買鍋一節:「此鍋出在広東,到京師万余里,一鍋売絹二匹,使臣去買,只与一匹,以此争鬥,売鍋者閉門不売,皇帝如何得知?譬如南朝人問使臣買馬,価少便不肯売,豈是官人吩咐他来?」
書き下し
汝、今差わし来たる使臣は、多きこと三千余人に至る。皇帝に一見すれば、每人便ち織金の衣服一套を賞し、十数歳の孩児と雖も、也た一般に賞賜し、殿上に筵宴す。何が為ぞ。只だ是れ官人の面上を好看ならしめんと要するなり。回るに臨みては、又賞宴を加え、人を差わして送り去らしむ。何ぞ曾て拘留せん。或いは是れ帯び来たる小廝、中国に到りて奸を為し盗を為し、使臣の知るを懼怕して、小路より逃げ去り、或いは虎狼に遇い、或いは別処に投ぜん。中国は他を留めて何をか用いん。若し馬価を減ずる一節は、亦た故有り。先次、官人の家書一封、使臣王喜に著して中国の某人に送らしむ。会たま喜在らず、誤りて呉良に著して収めしめ、朝廷に進む。後に某人、朝廷の疑怪を怕れ、乃ち権臣に結び、因りて説く、『這番の進馬は、正経の頭目に係らず、如何ぞ一般に賞せん』と。此れを以て馬価を減ず。某人の使臣を送り去るに及び、反って是れ呉良の詭計の減ずる所と説く。意は官人の呉良を殺害せんことを欲す。想わざりき果たして其の計に中たるとは」。也先曰く、「者」。胡語の「者」は、然りの詞なり。又、鍋を買う一節を説く、「此の鍋は広東に出で、京師に到るまで万余里、一鍋は絹二匹に売る。使臣去りて買うに、只だ一匹を与う。此れを以て争鬥し、鍋を売る者は門を閉ざして売らず。皇帝如何ぞ得て知らん。譬えば南朝の人、使臣に馬を買わんと問うに、価少なければ便ち肯えて売らざるが如し。豈に是れ官人の吩咐して他をして来たらしむるならんや」。
現代語訳
「いま貴方が遣わされる使者は、多いときは三千人余りにもなります。皇帝に一度お目にかかると、一人ひとりに織り金の衣服一揃いを賜り、十数歳の子どもでも同じように賜り、宮殿で宴を催します。なぜか。ただ官人の面目を立てるためです。帰りには、また賞と宴を加え、人を遣わして送らせます。どうして拘留などしましょう。あるいは連れてきた下男が中国に来て悪事や盗みを働き、使者に知られるのを恐れて、小道から逃げ去り、あるいは虎や狼に遭い、あるいは別の所に身を寄せたのでしょう。中国が彼らを留めて何になりますか。馬の値を減らしたことにも理由があります。以前、官人の家書一通を、使者の王喜に託して中国のある人に送らせようとしました。たまたま王喜が不在で、誤って呉良に受け取らせ、朝廷に差し出されました。その後ある人が朝廷の疑いを恐れ、権力者と結んで、『今回の馬の献上は、正式な頭目の者ではないのに、同じように賞するのはなぜか』と説きました。これによって馬の値が減らされました。ある人が使者を送るときも、かえって呉良の策略で減らされたと説明しました。その意図は官人に呉良を殺させようとしたもので、思いがけず果たしてその計に当たってしまったのです。」也先は「者」と言いました。胡語の「者」は、そうだ、という言葉です。また鍋を買う件も説明しました。「この鍋は広東で産出し、都まで一万里余りあり、一つの鍋は絹二匹で売られます。使者が買いに行って、一匹しか出さないので争いになり、鍋を売る者は門を閉ざして売らなくなりました。皇帝がどうして知りましょう。たとえば南朝の人が使者に馬を買おうとして、値が安ければ売らないのと同じです。官人が命じて彼を来させたわけではないでしょう。」
解説
この章句が説くこと
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『智囊』辯才・楊善又其の計に従い、已に薬を取り来たる。天下より三十万の有力にして能く射る者を選び、演習せしめ、曾て罪人を将て試験す。又一人策を献じて云う、『如今、火槍を放つ者は、三四層有りと雖も、彼は放ち了りて又薬を装するを見て、便ち馬を放ちて来たり衝踩す。若し大様の両頭銃を做り、鉄弾子数個を装し、毒薬を擦上し、四層に排し、馬の来たるを候ちて斉しく発せば、俱に肚を打ち穿たん』と。曾て三百歩の外を試験するに皆然り。計を献ずる者は皆、官を升せられ賞を加えられ、天下の智謀有る者之を聞き、皆来たらざる莫し。操練する所の軍馬も又精鋭なり。惜しむべし無用なるを」。虜人曰く、「如何ぞ無用なる」。善曰く、「若し両家和を講ぜば、何をか用いん」。虜人、言を聞き、潜かに往きて報知す。次日、善、営に至り、也先に見ゆ。問う、「汝は是れ何の官ぞ」。曰く、「都御史なり」。曰く、「両家の和好すること許多の年、今番、如何ぞ我が使臣を拘留し、我が馬価を減じ、与うる所の段匹は、一匹を剪りて両匹と為し、我が使臣を館中に閉じて放ち出さざる。這等の計較、如何」。善曰く、「比先、汝が父の使臣を差わして馬を進むるは、三十余人に過ぎず。討む所の物件は、十に二三を与うるも、也た計較無く、一向に和好せり。
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『智囊』辯才・楊善也先、笑いて曰く、「者」。又、段匹を剪開する事を説く、「是れ回回人の為す所なり。他、一匹を将て剪りて両匹と為す。若し信ぜずんば、去りて他の行李を搜せ。好き者は都て在り」。也先又曰く、「者、者。都御史の説く所は皆実なり。如今、事已に往く。都て是れ小人の説き壊すなり」。善、其の意の已に和するを見て、乃ち曰く、「官人は北方の大将帥と為り、軍馬を掌領す。却って小人の言語を聴き、大明皇帝の厚恩を忘れ、使いて人民を殺擄せしむ。上天は生を好み、官人は殺を好む。父母妻子を想いて脱逃する者有らば、拿住すれば便ち心を剜り胆を摘み、高声に苦を叫ぶ。上天豈に聞知せざらんや」。答えて曰く、「我、曾て他に殺さしめず。是れ下人の自ら殺すなり」。善曰く、「今日、両家和好すること初めの如し。早く号令を出し、軍馬を収回せよ。上天の怒りを発し災いを降すを免れん」。也先、笑いて曰く、「者、者」。問う、「皇帝回去らば、還お做すか否か」。善曰く、「天位已に定まる。誰か再び更換せん」。也先曰く、「堯・舜は当初、如何に来たる」。善曰く、「堯は位を舜に譲る。今日、兄は位を弟に譲る。正に一般なり」。平章昂克有りて問う、「汝、皇帝を取りに来たるに、何の財物を将て来たる」。
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『智囊』辯才・楊善善曰く、「若し財物を将て来たらば、後人は官人の銭を愛すと説かん。若し空手にして迎え去らば、官人に仁義有り、能く天道に順い、自古此の好男子無きを見得ん。我、史書を監修し、備細に写し上げ、万代の人をして称賛せしめん」。也先、笑いて曰く、「者、者。都御史の写す、好し者」。次日、上皇に見ゆ。又次日、也先遂に宴を設け、上皇と送行す。〔述評〕楊善の遣わさるるは、止だ是れ消息を探問するのみにして、初めより奉迎の計有らず。善の一席の好語を被り、説きて也先を又明白ならしめ、又歓喜せしめ、即時に人を遣わして善に随いて上皇を護送して来帰せしむ。奇なるかな。晋の懐・愍は、其の必ず得ずと度りて敢えて求めざる者なり。宋の徽・欽は、之を求めて得ざる者なり。庶幾くは趙の廝養卒か。然れども機の乗ず可き者三つ有り。耳・余の輩、皆王を帰さんと欲す、一なり。使者十輩の後を継ぐ、二なり。分争の際、易く利害を以て動かす、三なり。虜は晋・宋の故事に狃れ、方に奇貨居く可しと以えり。
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『智囊』辯才・楊善而して中朝の諸臣は、一は虜の欺きを受けんことを恐れ、二は嗣立者の意に払わんことを恐れ、相い顧みて推諉して敢えて任ずる莫し。善、義、心に激し、慨然として往かんことを請う。尺帛半鏹をも費やさず、単辞にして完璧なり。此れ又豈に廝養卒の敢えて望む所ならんや。土木は是れ一時の誤陥にして、晋・宋の削弱するとは同じからず。而して也先の名を好むは、又胡・劉・女直の残暴無忌なるの比に非ず。其の強勢も亦た遠く逮ばず。所以に楊善の言入り易し。晋・宋の往時に在らしめば、百の楊善と雖も、喙を置く所無からん。然れども爾の時、印累累、綬若若たるに、慨然として往かんことを請うは、独り一都御史のみ。即し善の口舌無くも、独り善の心肝無からんや。
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『智囊』辯才・楊善土木の変、上皇、虜に在ること歳余。虜、屢しば奉迎を責め、未だ誠偽を知らず。使を遣わして探問せんと欲するも、其の人に難し。左都御史楊善、慨然として往かんことを請う。虜将也先、密かに一人の黠慧なる者田氏を遣わして迎えしめ、且つ其の意を探らしむ。相い見えて云う、「我も亦た中国の人なり。虜に被われて此に在り」。因りて問う、「向日、土木の囲みに、南兵何の故に戦わずして潰えたるか」。善曰く、「太平日久しく、将卒相い安んず。況んや此の行は只だ是れ扈従随駕にして、初めより敵に対するの号令無し。爾が家に陡然として衝突せらる。如何ぞ走らざらん。然りと雖も、爾が家、幸いにして勝つを得たるも、未だ福と為すを見ず。今、皇帝即位し、聡明英武、諫を納るること流るるが如し。人有り策を献じて云う、『虜人の敢えて中国に入る者は、只だ好馬の山に扒り嶺を過ぎ、関を越えて来るに憑るのみ。若し今、一帯の守辺者、俱に鉄頂の橛子を做り、上に一空を留め、尖頭の錐子を安んじ、但だ人馬の過ぐる所の山嶺に係わるは、遍く錐橛を下さば、来る者は中傷せざる無けん』と。即ち其の計に従う。又一人策を献じて云う、『今、大銅銃は、止だ一個の石炮を用う。打つ所の人少なき所以なり。若し鶏子大の石頭を装すること一斗にして打ち去らば、迸開すること数丈の闊く、人馬の之に触るれば即ち死せん』と。亦た其の計に従う。又一人策を献じて云う、『広西・四川等の処の射虎の弩弓は、毒薬最も快し。若し箭頭に傅けば、一たび皮肉に著くや、人馬立ちどころに斃れん』と。
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『智囊』善言・韓億億契丹に奉使す。時に副使は章献の外姻たる者にして、妄りに太后の旨を契丹に伝え、南北の歓好を諭し、子孫に伝え示さんとの意なりと。億初め知らざるなり。契丹主億に問いて曰く、「皇太后即ち旨有り、大使何ぞ言わざる」と。億対えて曰く、「本朝使いを遣わす毎に、皇太后必ず此を以て戒約す、之を北朝に達せんと欲するに非ず」と。契丹主大いに喜びて曰く、「此れ両朝の生霊の福なり」と。是の時副使方に辞を失い、而るに億は反って用いて以て徳と為す。時に其の善対を推す。
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