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智囊 / 識斷・周瑜・寇準・陳康伯

金主亮南侵,王權師潰昭關,帝命楊存中就陳康伯議,欲航海避敵。康伯延之入,解衣置酒。帝聞之,已自寬。明日康伯入奏曰:「聞有勸陛下幸海趨閩者,審爾,大事去矣!盍靜以待之?」一日,帝忽降手詔曰:「如敵未退,散百官。」康伯焚詔而後奏曰:「百官散,主勢孤矣。」帝意始堅。康伯乃勸帝親征。〔馮評〕遲魏之帝者,一周瑜也;保宋之帝者,一寇準也;延宋之帝者,一陳康伯也。

新字:金主亮南侵,王権師潰昭関,帝命楊存中就陳康伯議,欲航海避敵。康伯延之入,解衣置酒。帝聞之,已自寛。明日康伯入奏曰:「聞有勧陛下幸海趨閩者,審爾,大事去矣!盍静以待之?」一日,帝忽降手詔曰:「如敵未退,散百官。」康伯焚詔而後奏曰:「百官散,主勢孤矣。」帝意始堅。康伯乃勧帝親征。〔馮評〕遅魏之帝者,一周瑜也;保宋之帝者,一寇準也;延宋之帝者,一陳康伯也。

書き下し

金主亮、南侵し、王権の師、昭関に潰え、帝、楊存中に命じて陳康伯に就きて議せしめ、海に航して敵を避けんと欲す。康伯、これを延き入れ、衣を解き酒を置く。帝これを聞き、已に自ら寛ぐ。明日、康伯入りて奏して曰く、「聞くならく、陛下に海に幸し閩に趨かんことを勧むる者有りと。審らかに爾らば、大事去らん。盍ぞ静かにして以てこれを待たざる」と。一日、帝忽ち手詔を降して曰く、「如し敵未だ退かずんば、百官を散ぜよ」と。康伯、詔を焚きて而る後に奏して曰く、「百官散ぜば、主の勢い孤なり」と。帝の意始めて堅し。康伯乃ち帝に親征を勧む。〔馮評〕魏を遅らせし帝者は、一の周瑜なり。宋を保ちし帝者は、一の寇準なり。宋を延ばしし帝者は、一の陳康伯なり。

現代語訳

金の君主の完顔亮が南に攻め込み、王権の軍が昭関で崩れると、高宗は楊存中に命じて陳康伯のもとで相談させ、海路で船を出して敵を避けようとしました。陳康伯は楊存中を招き入れ、衣をくつろげて酒を出しました。帝はこれを聞いて、すでに自分の気持ちがゆるみました。翌日、陳康伯は参内して奏上しました。「陛下に海に出て閩の地へ行くことを勧める者がいると聞きました。もしそれが本当なら、大事は去ってしまいます。どうか落ち着いて敵を待たれますように。」ある日、帝は突然、自筆の詔を下しました。「もし敵がまだ退かないなら、百官を解散せよ。」陳康伯はその詔を焼き捨ててから奏上しました。「百官を散らせば、主君の勢いは孤立します。」帝の心はそこでようやく固まりました。陳康伯はそこで帝に自ら出陣するよう勧めました。〔馮評〕魏の帝を長らえさせたのは周瑜という一人の人物であり、宋を保ったのは寇準という一人であり、南宋の命をのばしたのは陳康伯という一人であった。

解説

陳康伯は、慌てる君主を正面から叱らず、まず酒席で落ち着いた姿を見せて空気を変えました。続いて、海へ逃げる案を退け、さらに百官を散らせという詔を焼いてから諫めています。命令を字面どおり実行せず、その場で止めたうえで理由を述べる判断は、危うい橋ですが効果的でした。現代の組織でも、トップが動揺して極端な指示を出したとき、すぐ従うのではなく、一度預かって冷静な形で返す役が要ります。馮夢龍が三人を並べたのは、危機を支えるのは一人の落ち着いた判断だという見方からです。

この章句が説くこと

詔を焚く親征静以待之危機対応補佐冷静

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