宋名臣言行録 / 後集巻十四・陳襄
公知浦城縣日有人失物捕得莫知的為盜者述古乃紿之曰某廟有一鐘能辨盜至靈使人迎置後閣伺之引郡囚立鐘前自陳不為盜者摸之則無聲為盜者摸之則有聲述古自率同職禱鐘甚肅祭訖以帷蔽之乃隂使人以墨塗良久引囚逐一令引手入帷摸之出乃騐其手皆有墨惟有一囚無墨訊之遂承為盜葢恐鐘有聲不敢摸也此亦古之法出於小説
新字:公知浦城県日有人失物捕得莫知的為盗者述古乃紿之曰某廟有一鐘能弁盗至霊使人迎置後閣伺之引郡囚立鐘前自陳不為盗者摸之則無声為盗者摸之則有声述古自率同職祷鐘甚粛祭訖以帷蔽之乃陰使人以墨塗良久引囚逐一令引手入帷摸之出乃騐其手皆有墨惟有一囚無墨訊之遂承為盗葢恐鐘有声不敢摸也此亦古之法出於小説
書き下し
公浦城縣を知るの日、人の物を失う有り。捕え得たるも、的として盜爲る者を知る莫し。述古乃ち之を紿きて曰く、某廟に一鐘有り、能く盜を辨ずること至って靈なり、と。人をして迎えて後閣に置かしめ、之を伺う。郡囚を引きて鐘の前に立たしめ、自ら陳べしむ。盜を爲さざる者之を摸すれば則ち聲無く、盜を爲す者之を摸すれば則ち聲有り、と。述古自ら同職を率いて鐘に禱ること甚だ肅なり。祭り訖わりて帷を以て之を蔽う。乃ち陰かに人をして墨を以て塗らしむ。良や久しくして囚を引き、逐一に手を引きて帷に入れて之を摸せしむ。出でて乃ち其の手を騐するに皆な墨有り。惟だ一囚のみ墨無し。之を訊して遂に盜爲るを承く。蓋し鐘に聲有らんことを恐れて敢えて摸さざればなり。此れ亦た古の法にして小説より出づ。
現代語訳
陳襄が浦城県の知事であったころ、物を盗まれた者がいた。容疑者は捕らえたものの、誰が本当の盗人かは分からなかった。陳襄はそこで偽って言った。「某の廟に一つの鐘がある。盗人を見分けることにたいそう霊験があらたかだ」。人にそれを迎えさせて奥の間に置かせ、様子をうかがった。郡の囚人たちを引き出して鐘の前に立たせ、それぞれに申し立てさせた。「盗みを働いていない者が触れば音が出ない。盗みを働いた者が触れば音が出る」。陳襄は自ら同僚たちを率いて、たいそう厳粛に鐘に祈った。祭りが終わると、帳でこれを覆った。そしてひそかに人に命じて鐘に墨を塗らせた。しばらくして囚人を引き出し、一人ずつ手を帳の中に入れて触らせた。出てきてその手を調べると、みな墨がついていた。ただ一人だけ墨がついていなかった。これを尋問して、ついに盗みを認めた。鐘が鳴るのを恐れて、あえて触らなかったからである。これもいにしえの法であって、小説に出ている。
解説
この章句が説くこと
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