智囊 / 知微・第五倫・魏相
〔馮述評〕茂陵徐福「曲突徙薪」之謀,魏相已用之早矣。〈雋不疑傳〉云:大將軍光欲以女妻之,不疑固辭,不肯當,久之病免。〈劉德傳〉云:大將軍欲以婦妻之,德不敢取,畏盛滿也。後免為庶人,屏居田間。霍光皆欲以女歸二公而二公不受,當炙手炎炎之際,乃能避遠權勢,甘心擯棄,非有高識,孰能及此?觀范明友之禍,益信二公之見為不可及。
新字:〔馮述評〕茂陵徐福「曲突徙薪」之謀,魏相已用之早矣。〈雋不疑伝〉云:大将軍光欲以女妻之,不疑固辞,不肯当,久之病免。〈劉徳伝〉云:大将軍欲以婦妻之,徳不敢取,畏盛満也。後免為庶人,屏居田間。霍光皆欲以女帰二公而二公不受,当炙手炎炎之際,乃能避遠権勢,甘心擯棄,非有高識,孰能及此?観范明友之禍,益信二公之見為不可及。
書き下し
〔馮述評〕茂陵の徐福が「突を曲げ薪を徙す」の謀は、魏相、已に之を早く用う。『雋不疑伝』に云う、大将軍光、女を以て之に妻わさんと欲す。不疑固辞して当たることを肯んぜず、久しくして病みて免ぜらる。『劉徳伝』に云う、大将軍、婦を以て之に妻わさんと欲す。徳敢えて取らず、盛満を畏るるなり。後に免ぜられて庶人となり、田間に屏居す。霍光、皆な女を以て二公に帰せんと欲するも、二公受けず。炙手炎炎の際に当たり、乃ち能く権勢を避遠し、擯棄を甘心す。高識有るに非ずんば、孰れか能く此に及ばん。范明友の禍を観て、益ます二公の見の及ぶべからざるを信ず。
現代語訳
〔馮夢龍の評〕茂陵の徐福が説いた「煙突を曲げ、薪を遠ざける」という予防の策を、魏相はすでに早く用いていた。『雋不疑伝』によれば、大将軍の霍光は娘を不疑に嫁がせようとしたが、不疑は固く辞して受けず、しばらくして病気を理由に官を免ぜられた。『劉徳伝』によれば、大将軍が娘を徳に嫁がせようとしたが、徳はあえて受けなかった。栄え満ちた勢いを恐れたのである。のちに免官されて庶人となり、田舎に引きこもった。霍光はどちらも娘を二人に与えようとしたが、二人は受けなかった。権勢が手を焦がすほど盛んな時に、権勢を避け遠ざけ、捨て置かれることも甘んじて受けた。高い見識がなければ、どうしてここまでできようか。のちの范明友の禍を見ると、この二人の見識がいっそう及びがたいものだと信じられる。
解説
この章句が説くこと
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説苑・權謀孝宣皇帝の時、霍氏奢靡なり。茂陵の徐先生曰く、「霍氏必ず亡びん。夫れ人の右に在りて奢るは、亡ぶるの道なり。孔子曰く、『奢なれば則ち不遜なり』と。夫れ不遜なる者は必ず上を侮る。上を侮る者は、逆の道なり。人の右に出づれば、人必ず之を害す。今霍氏權を秉り、天下の之を疾害する者多し。夫れ天下之を害して又た逆道を以て之を行はば、亡びざるを何ぞ待たん」と。乃ち書を上げて霍氏の奢靡を言ひ、陛下即ち之を愛せば、宜しく時を以て抑制し、亡ぶるに至らしむること無かるべしと。書三たび上げるも、輒ち報あり、「聞けり」と。其の後霍氏果して滅ぶ。董忠等其の功を以て封ぜらる。人徐先生の爲に書を上ぐる者有り、曰く、「臣聞く、客に主人に過る者有り、竈の直突にして、傍らに積薪有るを見る。客主人に謂ひて曰く、『其の突を曲げ、其の積薪を遠ざけよ。然らずんば將に火患有らんとす』と。主人默然として應ぜず。居ること幾何も無く、家果して火を失す。鄕聚里中の人哀しみて之を救ひ、火幸に息む。是に於て牛を殺し酒を置き、髮を燔き爛れし者は上行に在り、餘は各〻功次を用ゐて坐す。而れども反りて突を曲ぐと言ふ者を錄せず。向使し主人客の言を聽かば、牛酒を費さず、終に火患無からん。今茂陵の徐福數〻書を上げて霍氏且に變有らんとするを言ひ、宜しく防ぎ絕つべしと。向使し福の說行はるるを得ば、則ち地を裂き爵を出だすの費無くして、國安平自如ならん。今往事既に已み、而るに福獨り其の功に與るを得ず。惟だ陛下客の徙薪曲突の策を察し、而して燔髮灼爛の右に居らしめよ」と。書奏せられ、上人をして徐福に帛十匹を賜はしめ、拜して郎と爲す。
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『智囊』知微・第五倫・魏相諸馬既に罪を得て、竇氏益ます貴盛にして、皇后の兄憲・弟篤は賓客と交通することを喜ぶ。第五倫、上疏して曰く、「憲は椒房の親にして、禁兵を典司し、省闥に出入す。驕佚の自りて生ずる所なり。議者は貴戚を以て廃錮せられたれば、当に復た貴戚を以て浣濯すべしと。猶お酲を解くに当に酒を以てすべきがごときなり。願わくは陛下、其の未だ萌さざるを防ぎ、憲をして永く福禄を保たしめよ。」憲は果たして驕縦を以て敗る。〔馮述評〕永元の初め、何敞、封事を上り、亦た此に言い及ぶ。但だ沁水公主の田園を奪い及び都郷侯暢を殺すの後に在りて、跋扈已に著れ、倫の疏の先見に若かず。魏相、平恩侯許伯の奏封事に因りて言う、「『春秋』は世卿を譏り、宋の三世大夫と為り、及び魯の季孫の権を専らにするを悪む。皆な国家を危乱す。後世より以来、禄は王室を去り、政は塚宰に由る。今、霍光死して、子復た大将軍と為り、兄の子は枢機を秉り、昆弟・諸婿は権勢に拠り兵官に任ず。光の夫人顕及び諸女は皆な籍を長信宮に通じ、或いは夜、門を詔して出入す。驕奢放縦、寝に制せざるを恐る。宜しく以て其の権を損奪し、陰謀を破散し、万世の基を固め、功臣の世を全うする有るべし。」又た故事、諸もろの上書する者は皆な二封を為り、其の一に署して『副封』と曰う。尚書を領する者は先ず副封を発き、言う所不善なれば、屏去して奏せず。魏相、復た許伯に因りて副封を去ることを白し、以て壅蔽を防ぐ。宣帝之を善しとし、相に詔して給事中とし、皆な其の議に従う。霍氏が許后を殺すの謀、始めて上聞するを得たり。乃ち其の三侯を罷め、第に就かしめ、親属は皆な出でて吏に補せらる。
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『智囊』見大・楊寓広東布政の徐奇、入覲するに、嶺南の藤簟を載せ、将に以て廷臣に餽らんとす。邏者その単目を獲て以て進む。上これを視るに、楊士奇の名無し。乃ち独りこれを召し、故を問う。士奇曰く、「奇、都給事中より命を受けて広に赴きし時、衆みな詩文を作りて贈行す。故にこの餽有り。臣は時に病有り、作る所無し。然らずんば亦た免れざらん。今、衆の名具わると雖も、受くるや否やは未だ知るべからず。且つ物は甚だ微なり。当に他無きを以てすべし」と。上の意解け、即ち単目を以て中官に付し、これを毀たしめ、一も問う所無し。〔馮述評〕此の単の一たび焚かれて邏者は気を喪い、縉紳の中の許多の禍を省き、且つ人主をして大臣を疑うの心無からしむ。全うする所甚だ大なり。智名無きも、実に大智なり。豈に唯に厚道のみならんや。宋の真宗の時、宮禁の事を言う者を上書する有り。上怒りて、その家を籍し、朝士の与に往還して吉凶を占問するの説を得て、御史に付して状を問わしめんと欲す。王旦、自ら嘗て占問せし所の書を取りて進め、並びに獄に付せんことを請う。上の意浸く解け、公は遂に中書に至り、得たる所の書を悉く焚く。已にして上悔い、復た馳せてこれを取らしむ。公対えて、「已に焚き訖わんぬ」と。乃ち止む。此の事は文貞と相い類し、都て是れ身を捨てて物を救うなり。
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『智囊』委蛇・王翦・蕭何陳平は呂氏の異議に当たるの際、日に醇酒を飲み、婦人を弄す。裴度は宦官の熏灼に当たるの際、退きて緑野に居り、酒を把りて詩を賦し、人間の事を問わず。古人の明哲保身の術、例して此の如し。皆其の疑いを絶つ所以なり。国初、御史袁凱、旨に忤うを以て風疾と称して帰る。太祖、人をして之を覘わしむるに、凱の方に匍匐して籬下に往き、猪犬の矢を食うを見る。還りて報じ、乃ち免ぜらる。蓋し凱は逆め此れ有るを知り、家人をして炒麺を以て沙糖を攪せしめ、竹筒より之を出して、潜かに籬下に布かしめしのみ。凱も亦智なるかな。
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『智囊』億中・傅嘏何晏・鄧颺・夏侯玄は並びに傅嘏に交わりを求むるも、嘏は終に許さず。諸人は乃ち荀粲に因りて説き合わせしめ、嘏に謂いて曰く、「夏侯太初は一時の傑士にして、心を子に虚しくす。而るに卿の意は不可を懐く。交われば則ち好み成り、合わざれば則ち隙を致す。二賢は睦むに若くは莫し、則ち国の休なり。此れ藺相如の廉頗に下りし所以なり」と。傅嘏曰く、「夏侯太初は志大にして心労し、能く虚誉に合う。所謂利口にして国を覆す人なり。何晏・鄧颺は有為にして躁、博くして要寡く、外は利を好みて内に関鑰無く、同を貴び異を悪む。多言にして前を妒む。多言なれば釁多く、前を妒めば親無し。吾を以て観るに、此の三賢者は皆な敗徳の人のみ。之を遠ざくるすら猶お禍に罹らんことを恐る、況んや之に親しむべけんや」と。皆な其の言の如し。〔馮述評〕蔡邕は董卓の辟に就きて、其の身を免れず。韋忠は張華の薦を辞して、竟に其の禍を違く。士君子は因る所を慎まざるべからず。
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『智囊』知微・任文公・東院主者王莽、居攝す。巴郡の任文公は占に善く、大乱の将に作らんとするを知り、乃ち家人に課して物百斤を負わしめ、舎を環りて疾走すること、日に数十回せしむ。人其の故を知る莫し。後に四方に兵起こり、逃亡して脱るる者鮮し。唯だ文公の大小のみ糧を負いて捷く歩み、悉く免るるを得たり。〔馮述評〕張觷、蔡家の児に走ることを教うるは、此に本づく。唐末、岐・梁、長を争う。東院の主者、其の将に乱れんとするを知り、日に菽粟を以て粉と作し、土墼と為し、附して之を墁り、其の屋木を増す。一院笑いて以て狂と為す。乱既に作り、食尽き樵絶ゆ。民の窖蔵する所は李氏の奪う所と為り、皆な餓死す。主は粟に沃ぎて糜と為し、木を毀ちて薪と為し、以て免る。隴右の富人、預め夾壁を為り、食の蔵すべき者を視て、之を乾かし、壁間に貯え、亦た免る。
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