了凡四訓 / 積善之方・善心を以て惡事を行ふ者
何謂偏正?昔呂文懿公,初辭相位,歸故里,海內仰之,如泰山北斗。有一鄉人,醉而詈之,呂公不動,謂其僕曰:醉者勿與較也。閉門謝之。逾年,其人犯死刑入獄。呂公始悔之曰:使當時稍與計較,送公家責治,可以小懲而大戒;吾當時只欲存心於厚,不謂養成其惡,以至於此。此以善心而行惡事者也。
新字:何謂偏正?昔呂文懿公,初辞相位,帰故里,海内仰之,如泰山北斗。有一郷人,酔而詈之,呂公不動,謂其僕曰:酔者勿与較也。閉門謝之。逾年,其人犯死刑入獄。呂公始悔之曰:使当時稍与計較,送公家責治,可以小懲而大戒;吾当時只欲存心於厚,不謂養成其悪,以至於此。此以善心而行悪事者也。
書き下し
何をか偏正と謂ふ。昔呂文懿公、初め相位を辭して、故里に歸る。海內之を仰ぐこと、泰山北斗の如し。一鄉人有り、醉ひて之を詈る。呂公動ぜず、其の僕に謂ひて曰く、醉者とは與に較ぶる勿かれ、と。門を閉ぢて之を謝す。年を逾えて、其の人死刑を犯して獄に入る。呂公始めて之を悔いて曰く、當時稍や與に計較し、公家に送りて責治せしめば、以て小しく懲らして大いに戒むべかりしに。吾當時只だ心を厚きに存せんと欲して、其の惡を養成して、以て此に至らんとは謂はざりき、と。此れ善心を以て惡事を行ふ者なり。
現代語訳
偏と正とは何でしょうか。昔、呂文懿公(明の呂原)は、宰相の位を辞して故郷に帰ったばかりで、天下の人々は泰山や北斗星のように仰いでいました。ある同郷の者が酔って公をののしりましたが、呂公は動じず、召使いに「酔った者と張り合ってはならない」と言い、門を閉ざして相手にしませんでした。一年あまりして、その者は死刑にあたる罪を犯して獄に入りました。呂公は初めて後悔して言いました。「あのとき少しでも取り合って、役所に送って罰してもらっていれば、小さく懲らしめて大きく戒めることができたのに。私はあのとき、ただ心を寛大に保とうとしただけで、それがあの者の悪を育て、ここまで至らせるとは思いもしなかった」。これは善い心で悪いことを行った例です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『了凡四訓』積善之方・正中の偏、偏中の正又た惡心を以て善事を行ふ者有り。某家の大いに富めるが如き、歲の荒るるに值ひ、窮民白晝に粟を市に搶む。之を縣に告ぐるも、縣理めず、窮民愈々肆にす。遂に私かに執へて之を困辱し、眾始めて定まる。然らずんば、幾ど亂れんとす。故に善なる者を正と為し、惡なる者を偏と為すは、人皆な之を知る。其の善心を以て惡事を行ふ者は、正中の偏なり。惡心を以て善事を行ふ者は、偏中の正なり。知らざるべからざるなり。 何をか半滿と謂ふ。易に曰く、善積まざれば、以て名を成すに足らず。惡積まざれば、以て身を滅すに足らず、と。書に曰く、商の罪貫盈す、と。物を器に貯ふるが如し。勤めて之を積めば、則ち滿つ。懈りて積まざれば、則ち滿たず。此れ一說なり。
-
『了凡四訓』積善之方・善を為して理を窮めざれば凡そ此の十條、行ふ所同じからざるも、同じく善に歸するのみ。若し復た精しく之を言はば、則ち善に真有り、假有り。端有り、曲有り。陰有り、陽有り。是有り、非有り。偏有り、正有り。半有り、滿有り。大有り、小有り。難有り、易有り。皆な當に深く辨ずべし。善を為して理を窮めざれば、則ち自ら行持すと謂ふも、豈に孽を造るを知らんや。枉げて苦心を費やすも、益無きなり。 何をか真假と謂ふ。昔儒生數輩有り、中峰和尚に謁して、問ひて曰く、佛氏の善惡の報應を論ずるは、影の形に隨ふが如し。今某人は善なるに、子孫興らず。某人は惡なるに、家門隆盛なり。佛の說は稽ふる無し、と。中峰云ふ、凡情未だ滌はれず、正眼未だ開かず、善を認めて惡と為し、惡を指して善と為すこと、往往にして之有り。己の是非顛倒するを憾みずして、反つて天の報應に差有るを怨むか、と。眾曰く、善惡何ぞ相反するを致さん、と。中峰試みに其の狀を言はしむ。一人謂ふ、人を詈り人を毆つは是れ惡、人を敬ひ人を禮するは是れ善なり、と。中峰云ふ、未だ必ずしも然らざるなり、と。一人謂ふ、財を貪り妄りに取るは是れ惡、廉潔にして守有るは是れ善なり、と。中峰云ふ、未だ必ずしも然らざるなり、と。眾人歷く其の狀を言ふも、中峰皆な然らずと謂ふ。
-
『了凡四訓』積善之方・喜ぶすら且つ不可、況んや怒るをや鄞の人楊自懲、初め縣吏と為り、心を存すること仁厚、法を守ること公平なり。時に縣宰嚴肅にして、偶ま一囚を撻ち、血流れて前に滿つるも、怒り猶ほ未だ息まず。楊跪きて之を寬解す。宰曰く、「怎奈せん、此の人法を越え理に悖る。人の怒らざるに由らず」と。自懲叩首して曰く、「『上其の道を失ひ、民散ずること久し。如し其の情を得ば、哀矜して喜ぶこと勿かれ』と。喜ぶすら且つ不可なり、而るを況んや怒るをや」と。宰之が為に顏を霽らす。 家甚だ貧しきも、餽遺は一も取る所無し。囚人の糧に乏しきに遇へば、常に多方して以て之を濟ふ。一日、新囚數人の哺を待つ有り、家又た米を缺く。囚に給すれば則ち家人食無く、自ら顧みれば則ち囚人憫むに堪へたり。其の婦と之を商る。婦曰く、「囚は何くより來る」と。曰く、「杭より來る。沿路饑ゑを忍び、菜色掬すべし」と。因りて己の米を撤し、粥を煮て以て囚に食はしむ。後に二子を生む。長を守陳と曰ひ、次を守址と曰ひ、南北の吏部侍郎と為る。長孫は刑部侍郎と為り、次孫は四川の廉憲と為り、又た俱に名臣と為る。今の楚亭・德政も、亦た其の裔なり。
-
『了凡四訓』積善之方・志天下國家に在れば、善少なしと雖も大なり何をか大小と謂ふ。昔衛仲達、館職と為り、攝せられて冥司に至る。主者吏に命じて善惡の二錄を呈せしむ。至るに比びて、則ち惡錄は庭に盈ち、其の善錄は一軸、僅かに筯の如きのみ。秤を索めて之を稱るに、則ち庭に盈つる者反つて輕く、箸の如き者反つて重し。仲達曰く、某年未だ四十ならず、安んぞ過惡是くの如く多きを得んや、と。曰く、一念正しからざれば即ち是れなり、犯すを待たざるなり、と。因りて軸中に書する所は何事ぞと問ふ。曰く、朝廷嘗て大工を興し、三山の石橋を修めんとす。君上疏して之を諫む。此れ疏稿なり、と。仲達曰く、某言ふと雖も、朝廷從はず、事に於て補ひ無し。而るに能く是くの如きの力有るか、と。曰く、朝廷從はずと雖も、君の一念、已に萬民に在り。向使し聽從せば、善力更に大ならん、と。故に志天下國家に在れば、則ち善少なしと雖も大なり。苟くも一身に在れば、多しと雖も亦た小なり。
-
『了凡四訓』積善之方・捨て難き處に能く捨つ何をか難易と謂ふ。先儒謂ふ、己に克つは須らく克ち難き處より克ち將ち去るべし、と。夫子仁を為すを論じても、亦た難きを先にすと曰ふ。必ずや江西の舒翁の、二年にして僅かに得たる束脩を捨てて、官銀を代はり償ひて、人の夫婦を全うし、邯鄲の張翁の、十年積む所の錢を捨てて、贖銀を代はり完うして、人の妻子を活かすが如き、皆な所謂捨て難き處に能く捨つるなり。鎮江の靳翁の如き、年老いて子無しと雖も、幼女を以て妾と為すに忍びずして、之を鄰に還す。此れ忍び難き處に能く忍ぶなり。故に天の之に福を降すも亦た厚し。凡そ財有り勢有る者は、其の德を立つること皆な易し。易くして為さざるは、是れ自暴と為す。貧賤の福を作すは皆な難し。難くして能く為すは、斯れ貴ぶべきのみ。
-
『了凡四訓』積善之方・人に益有るは善、己に益有るは惡因りて請ひ問ふ。中峰之に告げて曰く、人に益有るは、是れ善なり。己に益有るは、是れ惡なり。人に益有らば、則ち人を毆ち、人を詈るも皆な善なり。己に益有らば、則ち人を敬ひ、人を禮するも皆な惡なり。是の故に人の善を行ふや、人を利する者は公なり、公なれば則ち真と為す。己を利する者は私なり、私なれば則ち假と為す。又た心に根ざす者は真、跡を襲ふ者は假なり。又た為す無くして為す者は真、為す有りて為す者は假なり。皆な當に自ら考ふべし。 何をか端曲と謂ふ。今人謹愿の士を見れば、類ね稱して善と為して之を取る。聖人は則ち寧ろ狂狷を取る。謹愿の士に至りては、一鄉皆な好むと雖も、必ず以て德の賊と為す。是れ世人の善惡、分明に聖人と相反す。此の一端を推せば、種種の取舍、謬らざる有る無し。天地鬼神の善に福し淫に禍するは、皆な聖人と是非を同じうして、世俗と取舍を同じうせず。凡そ善を積まんと欲せば、決して耳目に徇ふべからず。惟だ心源の隱微なる處より、默默として洗滌し、純ら是れ世を濟ふの心なれば、則ち端と為す。苟くも一毫も世に媚ぶるの心有らば、即ち曲と為す。純ら是れ人を愛するの心なれば、則ち端と為す。一毫も世を憤るの心有らば、即ち曲と為す。純ら是れ人を敬ふの心なれば、則ち端と為す。一毫も世を玩ぶの心有らば、即ち曲と為す。皆な當に細かに辨ずべし。