智囊 / 見大・曹彬・竇儀
宋太祖始事周世宗於澶州,曹彬為世宗親吏,掌茶酒,太祖嘗從求酒。彬曰:「此官酒,不可相與。」自沽酒以飲之。及太祖即位,語群臣曰:「世宗吏不欺其主者,獨曹彬耳。」由是委以腹心。太祖下滁州,世宗命竇儀籍其帑藏。至數日,太祖命親吏取藏絹,儀曰:「公初下城,雖傾藏取之,誰敢言者?今既有籍,即為官物,非詔旨不可得。」後太祖屢稱儀有守,欲以為相。
新字:宋太祖始事周世宗於澶州,曹彬為世宗親吏,掌茶酒,太祖嘗従求酒。彬曰:「此官酒,不可相与。」自沽酒以飲之。及太祖即位,語群臣曰:「世宗吏不欺其主者,独曹彬耳。」由是委以腹心。太祖下滁州,世宗命竇儀籍其帑蔵。至数日,太祖命親吏取蔵絹,儀曰:「公初下城,雖傾蔵取之,誰敢言者?今既有籍,即為官物,非詔旨不可得。」後太祖屡称儀有守,欲以為相。
書き下し
宋の太祖、始め周の世宗に澶州に事うるに、曹彬は世宗の親吏として、茶酒を掌る。太祖、嘗て従りて酒を求む。彬曰く、「此は官酒なり、相い与うべからず」と。自ら酒を沽いて以てこれに飲ましむ。太祖の即位するに及び、群臣に語りて曰く、「世宗の吏にして其の主を欺かざる者は、独り曹彬のみ」と。是に由りて腹心を委ぬ。太祖、滁州を下すに、世宗は竇儀に命じてその帑蔵を籍せしむ。数日に至り、太祖は親吏に命じて蔵絹を取らしむ。儀曰く、「公は初めて城を下し、傾蔵してこれを取ると雖も、誰か敢えて言う者あらん。今既に籍有り、即ち官物たり。詔旨に非ずんば得べからず」と。後、太祖は屡ば儀の守る有るを称し、以て相と為さんと欲す。
現代語訳
宋の太祖がまだ周の世宗に仕えて澶州にいたころ、曹彬は世宗の側近の役人で、茶と酒をつかさどっていました。太祖はかつて彼のところへ行って酒を求めました。曹彬は言いました。「これは官の酒ですから、お分けできません。」そして自分で酒を買って太祖に飲ませました。太祖が即位すると、群臣に言いました。「世宗の役人で主君を欺かなかった者は、ただ曹彬だけだ。」そこで曹彬に腹心の任を委ねました。太祖が滁州を落としたとき、世宗は竇儀に命じて、その府庫の財を帳簿に記録させました。数日たって、太祖は側近の役人に命じて、蔵にある絹を取らせようとしました。竇儀は言いました。「あなたは城を落としたばかりですから、蔵をすべて空にして取っても、誰も言い出す者はいなかったでしょう。しかし今は帳簿に記録しました。つまり官の物です。詔の命令がなければ出せません。」のちに太祖はしばしば竇儀が節操を守ると称え、宰相にしようとしました。
解説
この章句が説くこと
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