智囊 / 見大・魏元忠
唐高宗幸東都時,關中飢饉。上慮道路多草竊,命監察御史魏元忠檢校車駕前後。元忠受詔,即閱視赤縣獄,得盜一人,神采語言異於眾。命釋桎梏,襲冠帶乘驛以從,與人共食宿,托以詰盜。其人笑而許之,比及東都,士馬萬數,不亡一錢。〔馮述評〕因材任能,盜皆作使。俗儒以「雞鳴狗盜之雄」笑田文,不知爾時舍雞鳴狗盜都用不著也。
新字:唐高宗幸東都時,関中飢饉。上慮道路多草窃,命監察御史魏元忠検校車駕前後。元忠受詔,即閲視赤県獄,得盗一人,神采語言異於衆。命釈桎梏,襲冠帯乗駅以従,与人共食宿,托以詰盗。其人笑而許之,比及東都,士馬万数,不亡一銭。〔馮述評〕因材任能,盗皆作使。俗儒以「鶏鳴狗盗之雄」笑田文,不知爾時舎鶏鳴狗盗都用不著也。
書き下し
唐の高宗の東都に幸するとき、関中は飢饉なり。上は道路に草竊多きを慮り、監察御史の魏元忠に命じて車駕の前後を検校せしむ。元忠は詔を受け、即ち赤県の獄を閲視し、盗一人を得たり。神采語言は衆に異なる。命じて桎梏を釈き、冠帯を襲わしめ、駅に乗りて以て従わしむ。人と共に食宿し、托するに詰盗を以てす。其の人は笑いて許し、東都に比及るまで、士馬は万数なるも、一銭をも亡わず。〔馮述評〕材に因りて能を任じ、盗も皆な使と作る。俗儒は鶏鳴狗盗の雄を以て田文を笑うも、爾の時、鶏鳴狗盗を舎きては都て用いるに著く無きを知らざるなり。
現代語訳
唐の高宗が東都に行幸した時、関中は飢饉だった。皇帝は道中に盗賊が多いことを心配し、監察御史の魏元忠に命じて、行幸の前後を取り締まらせた。魏元忠は詔を受けて、すぐに赤県の牢獄を調べ、一人の盗賊を見つけた。その風采と言葉遣いは他の者と違っていた。命じて手枷足枷を外し、冠と帯を着けさせ、駅馬に乗って随行させた。他の人と共に食べ共に泊まり、盗賊の取り締まりを任せた。その男は笑って引き受け、東都に着くまで、兵馬が万を数えたが、一銭も失われなかった。〔馮の評〕才に従って能力を任せれば、盗賊も皆使える人になる。俗儒は鶏鳴狗盗の話で田文を笑うが、その時は鶏鳴狗盗の者を除いては他に用いる手立てがなかったことを知らない。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』詰奸・某京師指揮京師に盗有り、一家を劫かし、一冊を遺す。旦に之を視れば、尽く富室の子弟の名なり。書に曰く、「某日、某甲、某地に会飲して事を議す」と。或いは「聚博して娼を挟む」云云と、凡そ二十条。以て官に白す。冊に按じて捕え至るに、皆な桚弛の少年なり。良に以て是なりと為す。各おの父母は諸児の素より不逞なるを謂い、亦た頗る自ら疑う。群少の飲博する諸事の悉く実なるに及び、蓋し盗は毎に偵して之を籍せしなり。少年は榜毒に勝えず、誣いて服す。賄の所在を訊すに、浪りに言う、「郊外の某処に埋む」と。之を発けば悉く獲たり。諸少相顧みて駭愕して云う、「天、我を亡ぼす」と。遂に案を結び決を伺う。一指揮、之を疑いて其の故を得ず。沈思すること良や久しくして曰く、「我が左右の中に一髯有り、職は馬を豢うのみ。何ぞ斯の獄を訊するたびに輒ち侍側するを得んや」と。因りて復た囚を引きて鞫すること数四、察するに髯は必ず至り、他は則ち否なり。猝かに呼びて問えば、髯は他無しと辞す。即ち炮烙の具を取らしむれば、髯は叩頭して左右を屏けんことを請い、乃ち曰く、「初め事の本末を知らず。唯だ盗、奴に賂し、斯の獄を治むる毎に、必ず公と囚との言を記して馳せ報ぜしめ、我に百金を酬ゆるを許せり」と。乃ち知る、発く所の贓は、皆な報を得て宵に瘞めしことを。髯、賊を擒えて自ら贖わんことを請う。指揮、数兵をして雑衣して与に往かしむ。僻境に至り、悉く之を擒え、諸少乃ち釈かるるを得たり。
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