竹馬抄 / 怒りは理非をわきまえて
一人のあまりに腹のあしきは、なによりもあさましき事なり、いかに腹だたしからん時も、まづ初一念をば心をしづめて理非をわきまへふせて、我道理ならんとは腹も立べきなり、我ひがみたるまゝに、無理にはらだつには、人の恐侍らぬほどに、いよ〱腹のたつも詮なき事也、たゞ道理と云ヿにてこそ、人は恐れ耻らひ侍べけれ、たゞ腹だつべきヿには、かまへて〱心しづめて、思ひなをすべし、非を改むることをはゞからざるがよきこと也、よくもあしくも我しつる事なればとて、其ままに心をもとをしふるまふは、第一の難なり、又よきといはるゝは、たゞをだしくて三歳の子のやうなるをいふとて、腹のたつをもたてず、うらむべきこと、なげくべきこと、又人にもかならず思ひしらするふしなどをも過しなどして、この人は、ともかくも人のまゝ、なるよと人にしられたるは、なか〱人の爲もわろく、我爲も失の侍べきなり、心をば閑にもちて、しかもとがむべきふし、云べき事をばいひて、無明無心の人と思はれぬはよきなり、たかき世には、人とによかりければ、左樣の人をよしともあしとも申べし、
新字:一人のあまりに腹のあしきは、なによりもあさましき事なり、いかに腹だたしからん時も、まづ初一念をば心をしづめて理非をわきまへふせて、我道理ならんとは腹も立べきなり、我ひがみたるまゝに、無理にはらだつには、人の恐侍らぬほどに、いよ〱腹のたつも詮なき事也、たゞ道理と云ヿにてこそ、人は恐れ耻らひ侍べけれ、たゞ腹だつべきヿには、かまへて〱心しづめて、思ひなをすべし、非を改むることをはゞからざるがよきこと也、よくもあしくも我しつる事なればとて、其ままに心をもとをしふるまふは、第一の難なり、又よきといはるゝは、たゞをだしくて三歳の子のやうなるをいふとて、腹のたつをもたてず、うらむべきこと、なげくべきこと、又人にもかならず思ひしらするふしなどをも過しなどして、この人は、ともかくも人のまゝ、なるよと人にしられたるは、なか〱人の為もわろく、我為も失の侍べきなり、心をば閑にもちて、しかもとがむべきふし、云べき事をばいひて、無明無心の人と思はれぬはよきなり、たかき世には、人とによかりければ、左様の人をよしともあしとも申べし、
書き下し
一人のあまりに腹のあしきは、なによりもあさましき事なり、いかに腹だたしからん時も、まづ初一念をば心をしづめて理非をわきまへふせて、我道理ならんとは腹も立べきなり、我ひがみたるまゝに、無理にはらだつには、人の恐侍らぬほどに、いよ〱腹のたつも詮なき事也、たゞ道理と云ヿにてこそ、人は恐れ耻らひ侍べけれ、たゞ腹だつべきヿには、かまへて〱心しづめて、思ひなをすべし、非を改むることをはゞからざるがよきこと也、よくもあしくも我しつる事なればとて、其ままに心をもとをしふるまふは、第一の難なり、又よきといはるゝは、たゞをだしくて三歳の子のやうなるをいふとて、腹のたつをもたてず、うらむべきこと、なげくべきこと、又人にもかならず思ひしらするふしなどをも過しなどして、この人は、ともかくも人のまゝ、なるよと人にしられたるは、なか〱人の爲もわろく、我爲も失の侍べきなり、心をば閑にもちて、しかもとがむべきふし、云べき事をばいひて、無明無心の人と思はれぬはよきなり、たかき世には、人とによかりければ、左樣の人をよしともあしとも申べし、
現代語訳
人があまりに怒りっぽいのは、何よりもあさましいことです。どれほど腹立たしい時でも、まず最初の一念を、心を静めて理非をわきまえ、自分に道理があるときにこそ腹を立てるべきです。自分が間違っているのに無理に腹を立てても、人は恐れませんから、いよいよ腹を立てる甲斐もありません。ただ道理があってこそ、人は恐れ恥じ入るのです。腹を立てるべきことには、くれぐれも心を静めて思い直すべきです。非を改めることをはばからないのがよいことです。良くも悪くも自分がしたことだからといって、そのまま心を改めず振る舞うのは、第一の欠点です。また、よい人というのは、ただおだやかで三歳の子のようなことをいうと考えて、腹の立つことにも立てず、恨むべきこと、嘆くべきこと、また人にきっと思い知らせるべき点なども見過ごし、この人は人の言いなりになる人だと知られてしまうのは、かえって人のためにもならず、自分のためにも損失があるでしょう。心は静かに持ち、しかも咎めるべき点、言うべきことは言って、無明無心の人と思われないのがよいのです。よい世であれば、そうした人を善い人とも悪い人とも言えるでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『竹馬抄』・心は使い方で利にも鈍にも此比は或はめたれをみ、或はわゝく心のみ侍ほどに、一すぢにやはらかにうるはしき人をば、人のいやしむる也、無心の道人などゝて、佛法者などの、目も心もなき樣にみえて、三歳の孫のごとくなどいふは別のヿなり、又愚痴の人は、もの〱惡もわきまへず、只默々としたるは、よき人といふべきにあらず、是程のヿはよく〱思ひわくべき也、坐禪する僧達などは、生つきより利根なる事はなきも、心をしづかにするゆへに、諸事に明かなり、學問などする人も、その事を一大事に心をしづめて覺え侍るほどに他事にもをのづから利根に侍なり、たゞ人の心は、つかひやうによりてよくもなり、あしくもなり、利根にも鈍にもなるべきなり、人のさかりは、十年には過侍らず、そのうちになににどもたしなむべし、十ばかり十四五までは、眞實物の興もなく侍也、四十五十になりぬれば、又心鈍になりて、よろづ物ぐさきほどに、はか〱しきけいこもかなはず、十八九より三十ばかりまでの事なれば、物をしるとゝのへておもしろき根源に至事は、たゞ十二三年に過べからず、不定の世界には、とくけいこすべきなり、
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『竹馬抄』・人の使い方に器量が出る一智慧も侍り心も賢き人は、人をつかふに見え侍なり、人毎のならひにて、我心によしと思ふ人を、萬のヿに用て、文道に弓箭とりをつかひ、ヿ葉たらぬ人を使節にし侍り、心とるべき所に鈍なる人を用などするほどに、其ヿちがひぬる時、なか〱人の一期をうしなふヿの侍なり、その道にしたしからむをみて用べき也、曲れるは輪につくり、直なるは轅にせんに、徒なる人は侍るまじき也、たとひ我心にちがふ人なりとも、物によりてかならず用べきか、人をにくしとて、我身の爲に用をかき侍りては、何のとくかあらん、返す〱もはしに申つるどく、心のまことなからむ人は、何事につけても入眼の侍まじきなり、萬能一心など申も、かやうの事を申やらんと覺え侍也、ことさら弓箭とる人は、我心を靜かにして、人の心の底をはかりしりぬれば、第一兵法とも申侍べし、
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『竹馬抄』・思い通りを求めすぎない一人の世にすむは、十に一も我心に叶ふヿはなき習なり、一天の君だにも、おぼしめすまゝには、渡らせ給はぬなるべし、それに我等が身ながら心にかなはぬ事をば、いかゞして本意をとをさんとせんには、終に天道のいましめを蒙るべき也、すべて人毎にきなふ無念なりしかば、けふ其心をさんじ、去年かなはざりしかば、今年其望を達せんとおもふまじき也、さらぬだにも塵のごとくなる心を相續して、念々ごとになす身、いよ〱望みを忘ずべし、怨を殘さん事、口惜きねぢけ人なるべし、【俊/儍】人とて世法佛法にきたなきことに申也、人毎に我執をおこしわするまじきには、心みじかくよは〱しき也、打拂ふて心にとゞむまじきやうなる事には、餘念を起すヿ也、あひかまへて〱萬の事に人をもとゝして、
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『竹馬抄』・戦の心得と子孫への書あざむく事有まじき也、戰ふヿには、おほけなくとも心を高く持て、我にまされる剛の者あらじと思ひつめて、人の力にもなり、人をも頼もしきと思ふべき也、いかに心やすき人と云とも、生得臆病ならん人に、戰の事尋まじきなり、大事なればとて、さし當るわざをのがれんとすまじき也、やすければとてすまじからん、戰をすゝむまじきなり、凡合戰はやすかりぬべき時は、他人にさきをかけさせ、大事ならん時は、たとひ百度といふとも、我一人の所作と心得べき也、いつはれるふるまひは、ことさら合戰にわろきなり、かやうの事、をろかなる身におもひ知事のみ侍れば、せめての親の慈悲のあまりに、我よりもなををろかならん、子孫のために書付侍り、涯分身をまもり修て、萬事に遠慮あるべきなり、
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『大和俗訓』巻之三・心術上一易に、懲忿窒慾といへり。忿をこらすとは、いかりをおさふるなり。怒は陽に属して、火の物をやくが如し。おこりやすくして人を害し、我が心の徳をそこなふこと甚し。いかる時、先いかりをわすれ、心を和平にして、後理の是非を見るべし。又いかる時、言をいだすべからず。いかる時言を出す詞は、必ひが事ありて後悔多し。つつしみこらへて、言ふべからず。人のいふこと、行ふこと、悪しき事あらば、怒らずして、弥気を平かにし、心を和かにして、其是非を詳かに述ぶべし。人随はずともいかりて心を動かし、気をあらくすべからず。心気和平ならざれば、たとひ其いふこと理に当るとも、其心はまづ非なり。いはんや怒りて心をうごかせば、其いふこと理にあたらざるをや。
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『竹馬抄』・親の言葉を手本にする一我身をはじめておもふに、おやの心をもどかしう敵をあざむくことのみ侍るなり、おろかなるおやといふとも其敵にしたがはゞまづ天道にはそむくべからず、まして十に八九はおやの詞は子の道理にかなふべきなり、わが身につみ知られ侍なり、いにしへもどかしうおしへをあざむく事のみ侍りしおやのこと葉はみな肝要にて侍るなり、他人のよきまねをせんよりはわろきおやのまねをすべきなり、さてこそ家の風をもつたへその人の跡ともいわるべけれ、

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