武士訓 / 卷一・第5段
書をよめるものは。たゞの人よりは。謗りてほこるべからず。およそ天地のあいだにあらゆる所の事物の理。一人にてかね備えたるものなし。他の覺えたることに。わがしらざる。我覺えたることに。他のしらざるもあるべし。わがしらぬことをば。他にならひ。我覺えたるをば。他にをしゆべし。もとより他と我とふたつにあらず。彼よきは。我もよく。我よきは。彼にもあしからず。我ひとりしれるより。衆とともにしるほど。たのしきはなし。若我しらざることを。知たる人ありときかば。則ゆきてならふべし。來日を期することなかれ。むかし登蓮法師が。わたのべといふところに。まそうのすゝきのことを。しりたるものありときゝて。其座よりあめのふるに。みのかさ着。わらぐつはきて。たづねにゆきたりと古記にあり。尤殊勝なり。道にこゝろざす人はかくこそありたけれ。
新字:書をよめるものは。たゞの人よりは。謗りてほこるべからず。およそ天地のあいだにあらゆる所の事物の理。一人にてかね備えたるものなし。他の覚えたることに。わがしらざる。我覚えたることに。他のしらざるもあるべし。わがしらぬことをば。他にならひ。我覚えたるをば。他にをしゆべし。もとより他と我とふたつにあらず。彼よきは。我もよく。我よきは。彼にもあしからず。我ひとりしれるより。衆とともにしるほど。たのしきはなし。若我しらざることを。知たる人ありときかば。則ゆきてならふべし。来日を期することなかれ。むかし登蓮法師が。わたのべといふところに。まそうのすゝきのことを。しりたるものありときゝて。其座よりあめのふるに。みのかさ着。わらぐつはきて。たづねにゆきたりと古記にあり。尤殊勝なり。道にこゝろざす人はかくこそありたけれ。
書き下し
書をよめるものは。たゞの人よりは。謗りてほこるべからず。およそ天地のあいだにあらゆる所の事物の理。一人にてかね備えたるものなし。他の覺えたることに。わがしらざる。我覺えたることに。他のしらざるもあるべし。わがしらぬことをば。他にならひ。我覺えたるをば。他にをしゆべし。もとより他と我とふたつにあらず。彼よきは。我もよく。我よきは。彼にもあしからず。我ひとりしれるより。衆とともにしるほど。たのしきはなし。若我しらざることを。知たる人ありときかば。則ゆきてならふべし。來日を期することなかれ。むかし登蓮法師が。わたのべといふところに。まそうのすゝきのことを。しりたるものありときゝて。其座よりあめのふるに。みのかさ着。わらぐつはきて。たづねにゆきたりと古記にあり。尤殊勝なり。道にこゝろざす人はかくこそありたけれ。
現代語訳
書を読む者は、ふつうの人に対して、そしって誇ってはなりません。およそ天地の間にあるあらゆる事物の理を、一人で兼ね備えている者はいません。他人が覚えていることで自分の知らないこともあり、自分が覚えていることで他人の知らないこともあるでしょう。自分の知らないことは他人に習い、自分が覚えたことは他人に教えるべきです。もともと他人と自分は二つではありません。彼がよければ自分もよく、自分がよければ彼にも悪くありません。自分一人が知るより、みなと一緒に知るほど楽しいことはありません。もし自分の知らないことを知っている人がいると聞いたら、すぐに行って習うべきです。明日を期してはなりません。昔、登蓮法師が、渡辺という所で「まそうのすすき」のことを知っている者がいると聞いて、その座から、雨が降るのに蓑笠を着て藁沓をはいて尋ねに行ったと古い記録にあります。まことに殊勝です。道に志す人は、こうありたいものです。
解説
この章句が説くこと
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