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武士道 / 第九章 忠節・ビスマークのトロイエ

ビスマークが、トロイエ(忠厚)を誇る所以のもの眞に其理あり。乃ち斯德が獨逸祖國は勿論、又た他の一國一民族の專有物なるが故に非らずして、シヴアリーの此美果は、封建制度の最も長く繼續したる國民の間に存留するが故なりとす。米國の如くに『各人同等』の主義を奉じ、而も一愛蘭人の之に附加して、『人皆各〓他に優る』とする國態より觀れば、日本人の君上に對する忠節の高念の如きも、所謂『或る範圍內にては佳なるものなり』と雖、其の吾人の間に奬勵せらるゝが如きに至てりは不條理に失すとせん。徃年、モンテスキユーはビリニース山脈の一側に於て是なるものも、其他側に於ては非なりと歎ぜり。近時、ドレフユーの審判は、其言の眞なるを證し、亦た啻にビリニース山脈のみ、佛國正義の可否を分界するに非らざるを示せり。

新字:ビスマークが、トロイエ(忠厚)を誇る所以のもの真に其理あり。乃ち斯徳が独逸祖国は勿論、又た他の一国一民族の専有物なるが故に非らずして、シヴアリーの此美果は、封建制度の最も長く継続したる国民の間に存留するが故なりとす。米国の如くに『各人同等』の主義を奉じ、而も一愛蘭人の之に附加して、『人皆各〓他に優る』とする国態より観れば、日本人の君上に対する忠節の高念の如きも、所謂『或る範囲内にては佳なるものなり』と雖、其の吾人の間に奨励せらるゝが如きに至てりは不条理に失すとせん。往年、モンテスキユーはビリニース山脈の一側に於て是なるものも、其他側に於ては非なりと嘆ぜり。近時、ドレフユーの審判は、其言の真なるを証し、亦た啻にビリニース山脈のみ、仏国正義の可否を分界するに非らざるを示せり。

書き下し

ビスマークが、トロイエ(忠厚)を誇る所以のもの、真に其理あり。乃ち斯徳が独逸祖国は勿論、又た他の一国一民族の専有物なるが故に非らずして、シヴァリーの此美果は、封建制度の最も長く継続したる国民の間に存留するが故なりとす。米国の如くに『各人同等』の主義を奉じ、而も一愛蘭人の之に附加して、『人皆各(々)他に優る』とする国態より観れば、日本人の君上に対する忠節の高念の如きも、所謂『或る範囲内にては佳なるものなり』と雖も、其の吾人の間に奨励せらるるが如きに至りては不条理に失すとせん。往年、モンテスキューはピレネー山脈の一側に於て是なるものも、其他側に於ては非なりと歎ぜり。近時、ドレフュスの審判は、其言の真なるを証し、亦た啻にピレネー山脈のみ、仏国正義の可否を分界するに非らざるを示せり。

現代語訳

ビスマルクがドイツ人のトロイエ(Treue、忠誠)を誇ったのには、まことに理由がある。それはこの徳が、ドイツという祖国はもちろん、ほかのどこか一つの国や民族の専有物だからではなく、騎士道のこの美しい果実が、封建制度がもっとも長く続いた国民のあいだに残っているからである。アメリカのように「万人は平等である」という主義を奉じ、しかもあるアイルランド人がそれに付け加えて「人はみなそれぞれ他人より優れている」とするような国のあり方から見れば、日本人の君主に対する忠節の高い思いなども、いわゆる「ある範囲内では結構なものだ」とされながら、それがわれわれのあいだで奨励されているほどになると不条理だとされるだろう。かつてモンテスキューは、ピレネー山脈の一方の側で正しいことが、もう一方の側では誤りとされると嘆いた。近ごろのドレフュス事件の裁判は、その言葉が正しいことを証明し、またピレネー山脈だけがフランスの正義の是非を分ける境界ではないことを示した。

解説

第九章は忠節を論じ、まずドイツの宰相ビスマルクが誇った忠誠の徳を取り上げます。新渡戸は、忠誠はドイツ固有のものではなく、封建制度が長く続いた国民に残る騎士道の実りだと言い、日本も同じだと示します。平等を掲げるアメリカから見れば、日本人の忠節は行き過ぎに映るだろうと認めたうえで、善悪の基準は所によって変わるものだと切り返します。山脈のこちらで正しいことが向こうでは誤りになるという言葉は、実際にはパスカルの『パンセ』で知られるものです。さらに当時フランスを二分したドレフュス事件を挙げ、一つの国の中でさえ正義が割れていると指摘します。あなたは、自分の常識で他人の価値観を不条理と決めつけていないでしょうか。

この章句が説くこと

忠節忠誠封建相対ドレフュス

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