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武士道 / 第九章 忠節・忠節は封建道徳の異彩

標して封建道德と云ふとも、其德とする所のもの、亦た多くは之を、他の倫理系統、又たは武士に非らざる階級人民と共にす。然れども斯德、即ち君上に奉ずる服從忠厚の德に至りては、特り封建道德の異彩を成すものなり。固より凡百の人、德に依るに、皆忠を重しとす。掏摸の群と雖尙ほ且つ其フアギン(掏摸の頭領)に忠なることあり。されど忠節は、唯だ武士的名譽の律法に在りて、初めて其の最も重きをなせるものな、り。ヘーゲルが評に封建臣下の忠義は、一個の人に對する責任にして、其の國家に對するものにあらざるが故に、全然不當の理義を基とせる覊絆なりと云へり。然れども彼と其國を同じうせる一俊傑は、一個の君主に對する忠節を以て獨逸國民の美德なりと誇れるに非らずや。

新字:標して封建道徳と云ふとも、其徳とする所のもの、亦た多くは之を、他の倫理系統、又たは武士に非らざる階級人民と共にす。然れども斯徳、即ち君上に奉ずる服従忠厚の徳に至りては、特り封建道徳の異彩を成すものなり。固より凡百の人、徳に依るに、皆忠を重しとす。掏摸の群と雖尚ほ且つ其フアギン(掏摸の頭領)に忠なることあり。されど忠節は、唯だ武士的名誉の律法に在りて、初めて其の最も重きをなせるものな、り。ヘーゲルが評に封建臣下の忠義は、一個の人に対する責任にして、其の国家に対するものにあらざるが故に、全然不当の理義を基とせる覊絆なりと云へり。然れども彼と其国を同じうせる一俊傑は、一個の君主に対する忠節を以て独逸国民の美徳なりと誇れるに非らずや。

書き下し

標して封建道徳と云ふとも、其徳とする所のもの、亦た多くは之を、他の倫理系統、又たは武士に非らざる階級人民と共にす。然れども斯徳、即ち君上に奉ずる服従忠厚の徳に至りては、ひとり封建道徳の異彩を成すものなり。固より凡百の人、徳に依るに皆忠を重しとす。掏摸の群と雖、なお且つ其フェイギンに忠なることあり。されど忠節は、ただ武士的名誉の律法に在りて、初めて其の最も重きをなせるものなり。ヘーゲルが評に、封建臣下の忠義は、一個の人に対する責任にして、其の国家に対するものにあらざるが故に、全然不当の理義を基とせる覊絆なりと云へり。然れども彼と其国を同じうせる一俊傑は、一個の君主に対する忠節を以て、独逸国民の美徳なりと誇れるに非らずや。

現代語訳

封建道徳と名づけても、その徳とするところの多くは、他の倫理体系や、武士でない階級の人々とも共有しています。しかしこの徳、すなわち主君に奉じる服従と忠厚の徳に至っては、封建道徳だけの際立った特色を成すものです。もちろん誰もが徳について忠を重んじます。すりの集団であっても、その頭領に忠実であることがあります。しかし忠節は、武士的な名誉の掟においてこそ、初めて最も重いものとなりました。ヘーゲルの評に、封建の臣下の忠義は一人の人に対する責任であって国家に対するものではないから、まったく不当な理屈に基づく束縛である、とあります。しかし彼と同じ国のある俊傑は、一人の君主に対する忠節をドイツ国民の美徳だと誇ったではありませんか。

解説

忠節が武士道に固有の徳だと位置づけられます。すりの集団にも頭領への忠はある、という例が効いていて、忠そのものは普遍だが、その重みが違うのだと言う。そしてヘーゲルの批判が引かれます。人に対する忠は国家に対する忠ではないから不当だ、と。それに対する反論が、同じドイツ人が君主への忠を美徳と誇っているではないか、という指摘です。批判を紹介してから返す、いつもの手順です。

この章句が説くこと

忠節封建批判普遍対象

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