文子 / 下德
老子曰:身處江海之上,心在魏闕之下,即重生,重生即輕利矣。猶不能自勝即從之,神無所害也,不能自勝而強不從,是謂重傷,重傷之人無壽類矣。故曰:知和曰常,知常曰明,益生曰祥,心使氣曰強,是謂玄同,用其光,復歸其明。
新字:老子曰:身処江海之上,心在魏闕之下,即重生,重生即軽利矣。猶不能自勝即従之,神無所害也,不能自勝而強不従,是謂重傷,重傷之人無寿類矣。故曰:知和曰常,知常曰明,益生曰祥,心使気曰強,是謂玄同,用其光,復帰其明。
書き下し
老子曰く、身は江海の上に処り、心は魏闕の下に在れば、即ち生を重んず。生を重んずれば即ち利を軽んず。猶お自ら勝つ能わざれば即ち之に従え、神の害する所無きなり。自ら勝つ能わずして強いて従わざる、是れを重傷と謂う。重傷の人は寿類無し。故に曰く、和を知るを常と曰い、常を知るを明と曰い、生を益すを祥と曰い、心の気を使うを強と曰う。是れを玄同と謂い、其の光を用い、復た其の明に帰す。
現代語訳
老子は言った。身は川や海のほとりにありながら、心は宮門の下にある。それなら生を重んじることになり、生を重んじれば利を軽んじるようになる。それでもなお自分に打ち勝てないなら、欲に従え。そうすれば精神は損なわれない。自分に打ち勝てないのに無理に従わないでいる、これを重傷という。重傷の人に長寿の見込みはない。だから言う。調和を知ることを常といい、常を知ることを明といい、生を無理に益すことを不吉といい、心が気を使役することを強という。これを玄の同という。その光を用い、またその明るさに帰るのである。
解説
江海のほとりにいながら心は宮門にある、という『荘子』にも見える形から入ります。「生を重んず」「利を軽んず」の順で、自分の命を大事にする者ほど利に振り回されない、と言っているようです。次に目を引くのは、勝てない欲を力ずくで抑えると「重傷」になるという指摘です。我慢の積み重ねが人を壊すという見立ては、今の職場にもそのまま当てはまります。無理な自制より先に、調和を知ることを「常」と置いているのが読みどころです。
この章句が説くこと
生を重んず重傷の人は寿類無し和を知るを常と曰い玄同養生自制
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