文子 / 自然
不自奉故富,不自見故明,不自矜故長,處不肖之地,故為天下王,不爭故莫能與之爭,終不為大故能成其大,江海近於道,故能長久,與天地相保。公正脩道,即功成不有,不有即強固,強固而不以暴人,道深即德深,德深即功名遂成,此謂玄德深矣!遠矣!其與物反矣!天下有始,莫知其理,唯聖人能知所以,非雄非雌,非牝非牡,生而不死,天地以成,陰陽以形,萬物以生。故陰與陽,有員有方,有短有長,有存有亡,道為之命,幽沉而光事,於心甚微,於道甚當,死生同理,萬物變化,合於一道。簡生忘死,何往不壽,去事與言,慎無為也。
新字:不自奉故富,不自見故明,不自矜故長,処不肖之地,故為天下王,不争故莫能与之争,終不為大故能成其大,江海近於道,故能長久,与天地相保。公正脩道,即功成不有,不有即強固,強固而不以暴人,道深即徳深,徳深即功名遂成,此謂玄徳深矣!遠矣!其与物反矣!天下有始,莫知其理,唯聖人能知所以,非雄非雌,非牝非牡,生而不死,天地以成,陰陽以形,万物以生。故陰与陽,有員有方,有短有長,有存有亡,道為之命,幽沈而光事,於心甚微,於道甚当,死生同理,万物変化,合於一道。簡生忘死,何往不寿,去事与言,慎無為也。
書き下し
自ら奉ぜざる故に富み、自ら見さざる故に明らかに、自ら矜らざる故に長じ、不肖の地に処る故に天下の王と為る。争わざる故に能く之と争う莫し。終に大と為らざる故に能く其の大を成す。江海は道に近し、故に能く長久にして、天地と与に相い保つ。公正にして道を修むれば、即ち功成りて有せず、有せざれば即ち強固にして、強固にして以て人に暴ならず。道深ければ即ち徳深く、徳深ければ即ち功名遂に成る。此れを玄徳深し、遠しと謂う。其の物と反するや。天下に始め有るも、其の理を知る莫し。唯だ聖人のみ能く所以を知る。雄に非ず雌に非ず、牝に非ず牡に非ず、生じて死せず、天地以て成り、陰陽以て形われ、万物以て生ず。故に陰と陽とは、円有り方有り、短有り長有り、存有り亡有り。道之が命と為り、幽沈にして事を光らす。心に於いて甚だ微にして、道に於いて甚だ当たる。死生は理を同じくし、万物の変化は一道に合す。生を簡し死を忘るれば、何くに往くとして寿からざらん。事と言とを去り、慎みて為す無かれ。
現代語訳
自分を養わないから富み、自分を見せないから明らかで、自分を誇らないから長じ、取るに足らない低い所に居るから天下の王となる。争わないから誰もこれと争えない。ついに大きくならないから、その大きさを成し遂げる。江海は道に近いから、長く久しく続き、天地とともに保たれる。公正で道を修めれば、功が成っても自分のものとせず、自分のものとしなければ強く固く、強く固くても人に乱暴をしない。道が深ければ徳も深く、徳が深ければ功名がついに成る。これを玄徳が深い、遠いという。それは物と反対のはたらきである。天下には始まりがあるが、その理を知る者はない。ただ聖人だけがそのわけを知っている。雄でもなく雌でもなく、牝でもなく牡でもなく、生じて死ぬことなく、天地はこれによって成り、陰陽はこれによって形を成し、万物はこれによって生じる。だから陰と陽は、円いものがあり方形のものがあり、短いものがあり長いものがあり、存するものがあり亡ぶものがある。道がその命となり、奥深く沈んで事を光らせる。心にとっては甚だ微かであり、道にとっては甚だふさわしい。死生は理が同じで、万物の変化は一つの道に合する。生を気にかけず死を忘れれば、どこへ行っても長寿でないことがあろうか。事と言とを去り、慎んで為すことなかれ。
解説
この章句が説くこと
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文子・自然老子曰く、天地の道は、徳を以て主と為し、道を之が命と為し、物は以て自ら正しくす。至微にして甚だ内にして、事を以て貴からず。故に功を待たずして立ち、位を以て尊しと為さず、名を待たずして顕れ、礼を須たずして荘に、兵を用いずして強し。故に道立ちて教えず、明らかに照らして察せず。道立ちて教えざるは、人の能を奪わざるなり。明らかに照らして察せざるは、其の事を害わざるなり。夫れ道を教うる者は、徳に逆い、物を害す。故に陰陽四時、金木水火土は、道を同じくして理を異にし、万物は情を同じくして形を異にす。智者は相い教えず、能者は相い受けず。故に聖人は法を立てて、以て民の心を導き、各おの自然ならしむ。故に生くる者は徳とせず、死する者は怨みなし。天地は不仁にして、万物を以て芻狗と為す。聖人は不仁にして、百姓を以て芻狗と為す。夫れ慈愛仁義は、近狭の道なり。狭き者は大に入りて迷い、近き者は遠きに行きて惑う。聖人の道は、大に入りて迷わず、遠きに行きて惑わず、常に虚にして自ら守り、以て極と為すべし。是を天徳と謂う。
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文子・九守老子曰く、天子公侯は天下一国を以て家と為し、万物を以て畜と為し、天下の大を懐い、万物の多きを有てば、即ち気実ちて志驕り、大なる者は兵を用いて小を侵し、小なる者は倨傲して下を凌ぐ。心を用うること奢広なるは、譬えば猶お飄風暴雨のごとく、長久なる可からず。是を以て聖人は道を以て之を鎮め、一を執りて無為にして沖気を損なわず、小を見て柔を守り、退きて有つ勿く、江海に法る。江海は為さず、故に功名自ら化す。強いず、故に能く其の王と成る。天下の牝と為り、故に能く神は死せず。自ら愛す、故に能く其の貴を成す。万乗の勢にして、万物を以て功名と為し、権任至って重く、自ら軽んず可からず、自ら軽んずれば則ち功名成らず。夫れ道は、大は小を以て成り、多は少を以て主と為す。故に聖人は道を以て天下に臨み、柔弱微妙なる者は小を見るなり、倹嗇損欠なる者は少を見るなり。小を見る故に能く其の大を成し、少を見る故に能く其の美を成す。天の道は、高きを抑えて下きを挙げ、余り有るを損じて足らざるに奉ず。江海は地の足らざるに処る、故に天下之に帰し之に奉ず。聖人は卑謙、清静辞譲なる者は下を見るなり、虚心無有なる者は足らざるを見るなり。下を見る故に能く其の高きを致し、足らざるを見る故に能く其の賢を成す。矜る者は立たず、奢る者は長からず、強梁なる者は死し、満溢なる者は亡ぶ。飄風暴雨は日を終えず、小谷は須臾も盈つる能わず。飄風暴雨は強梁の気を行う、故に久しきこと能わずして滅ぶ。小谷は強梁の地に処る、故に奪われざるを得ず。是を以て聖人は雌牝を執り、奢驕を去り、敢えて強梁の気を行わず。雌牝を執る、故に能く其の雄牡を立つ。敢えて奢驕せず、故に能く長久なり。
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文子・上德老子曰く、道は無為を以て体有り。之を視れども其の形を見ず、之を聴けども其の声を聞かず、之を幽冥と謂う。幽冥とは、道を論ずる所以にして、道に非ざるなり。夫れ道とは、内に視て自ら反る。故に人は小学ばざれば大迷わず、小恵まざれば大愚ならず。流潦に鑑する莫く、止水に鑑す。其の保つを以てなり、止まりて外に蕩かず。月望にして日光を奪われ、陰は以て陽を承く可からず。日出でて星見ゆる可く、之と光を争う能わず。末は以て本より強かる可からず、枝は以て幹より大なる可からず。上重く下軽ければ、其の覆ること必ず易し。一淵に両蛟あらず、一雌に二雄あらず。一なれば即ち定まり、両なれば即ち争う。玉は山に在りて草木潤い、珠は淵に生じて岸枯れず。蚯蚓は筋骨の強、爪牙の利無けれども、上は咘堁を食い、下は黄泉を飲む。心を用うること一なればなり。清きの明らかなるは、杯水にても眸子を見る可く、濁れるの害は、河水にても太山を見ず。蘭芷は莫服を為さずして芳しからざらず、舟は江海に浮かび莫乗を為さずして沈まず、君子は道を行いて莫知を為さずして止まず。性の有るなり。清を以て濁に入れば必ず困辱し、濁を以て清に入れば必ず覆傾す。天二気なれば即ち虹を成し、地二気なれば即ち泄れ蔵し、人二気なれば即ち病を生ず。陰陽は常なる能わず、且つ冬し且つ夏し、月は昼を知らず、日は夜を知らず。川広き者は魚大に、山高き者は木修く、地広き者は徳厚し。故に魚は餌無くして釣る可からず、獣は空器にして召す可からず。
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文子・道德老子曰く、道を釈てて智に任ずる者は危うく、数を棄てて才を用いる者は困しむ。故に分を守り理に循い、之を失うも憂えず、之を得るも喜ばず。成る者は為す所に非ず、得る者は求むる所に非ず。入る者は受くる有りて取る無く、出づる者は授くる有りて与うる無し。春に因りて生じ、秋に因りて殺し、生ずる所は徳とせず、殺す所は怨みず。則ち道に幾し。文子問いて曰く、王者、其の歓心を得んとするは、之を為すこと奈何。老子曰く、江海の若くすれば即ち是なり。淡として味無く、之を用いて既きず。小を先にして後に大なり。夫れ人に上たらんと欲する者は、必ず其の言を以て之に下り、人に先んぜんと欲する者は、必ず其の身を以て之に後る。天下必ず其の歓愛を効し、其の仁義を進め、苛気無し。上に居りて民重しとせず、前に居りて衆害せず。天下推すを楽しみて厭わず。絶国殊俗、蜎飛蠕動と雖も、親しまざる莫く、之に無くして通ぜず、往くとして遂げざる無し。故に天下の貴と為る。
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文子・道原老子曰く、「物有りて混成し、天地に先んじて生ず。惟れ象ありて形無く、窈窈冥冥、寂寥淡漠、其の声を聞かず。吾強いて之が名を為し、字して之を道と曰う」と。夫れ道なる者は、高きこと極む可からず、深きこと測る可からず、天地を苞裹し、無形を稟受す。原流は泏泏として、沖にして盈たず、濁るも以て之を静むれば徐ろに清む。之を施せば窮まり無く、朝夕する所無し。之を卷けば一握にも盈たず、約にして能く張り、幽にして能く明らかに、柔にして能く剛なり。陰を含み陽を吐きて、三光を章らかにす。山は之を以て高く、淵は之を以て深く、獣は之を以て走り、鳥は之を以て飛び、麟は之を以て遊び、鳳は之を以て翔び、星曆は之を以て行る。亡を以て存を取り、卑を以て尊を取り、退を以て先を取る。古者の三皇は、道の統を得て、中央に立ち、神は化と遊び、以て四方を撫す。是の故に能く天は運り地は墆まり、輪転して廃る無く、水流れて止まず、物と終始す。風興り雲蒸し、雷声あり雨降り、並び応じて窮まり無し。已に雕り已に琢きて、還りて樸に復る。無為にして之を為せば生死に合し、無為にして之を言えば徳に通じ、恬愉にして矜る無ければ和を得、万の同じからざる有りて生に便なり。
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文子・道原老子曰く、聖人は人を治むるを忘れて、自ら理むるに在り。貴は勢位を忘れて、自得するに在り。自得すれば即ち天下我を得ん。楽は富貴を忘れて、和に在り。己を大とし天下を小とするを知れば、道に幾し。故に曰く、「虚を致すこと極まり、静を守ること篤く、万物並び作るも、吾以て其の復るを観る」と。夫れ道は、万物を陶冶し、終始に形無く、寂然として動かず、大いに通じ混冥し、深閎広大にして外と為す可からず、毫を折き芒を剖きて内と為す可からず、環堵の宇無くして、有無の間に生ず。真人は之を体するに虚無、平易、清静、柔弱、純粋素樸を以てし、物と雑ざらず、至徳天地の道なり。故に之を真人と謂う。真人とは、己を大とし天下を小とし、身を治むるを貴び人を治むるを賤しみ、物を以て和を滑さず、欲を以て情を乱さず、其の名姓を隠し、道有れば隠れ、道無ければ見われ、無為を為し、無事を事とし、不知を知る。天道を懐き、天心を包み、陰陽を噓吸し、故きを吐き新しきを納れ、陰と俱に閉じ、陽と俱に開き、剛柔と与に卷舒し、陰陽と与に俯仰し、天と心を同じくし、道と体を同じくす。楽しむ所無く、苦しむ所無く、喜ぶ所無く、怒る所無く、万物玄同して、非も是も無し。夫れ形の寒暑燥湿の虐に傷らるる者は、形究まれども神は壮んなり。神の喜怒思慮の患に傷らるる者は、神尽きて形は余り有り。故に真人は心を用い性に杖り、神に依りて相い扶け、而して終始を得。是を以て其の寝ぬるや夢みず、覚むるや憂い無し。
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