文子 / 微明
文子問曰:人可以微言乎?老子曰:何為不可?唯知言之謂乎!夫知言之謂者,不以言言也。爭魚者濡,逐獸者趨,非樂之也,故至言去言,至為去為,淺知之人,所爭者末矣,夫“言有宗,事有君,夫為無知,是以不吾知。”
新字:文子問曰:人可以微言乎?老子曰:何為不可?唯知言之謂乎!夫知言之謂者,不以言言也。争魚者濡,逐獣者趨,非楽之也,故至言去言,至為去為,浅知之人,所争者末矣,夫“言有宗,事有君,夫為無知,是以不吾知。”
書き下し
文子問うて曰く、人以て微言すべきか。老子曰く、何為れぞ不可ならん。唯だ言を知るの謂なるか。夫れ言を知るの謂とは、言を以て言わざるなり。魚を争う者は濡れ、獣を逐う者は趨る、之を楽しむに非ざるなり。故に至言は言を去り、至為は為を去る。浅知の人は、争う所の者末なり。夫れ「言に宗有り、事に君有り、夫れ唯だ無知なり、是を以て我を知らず」と。
現代語訳
文子が問うた。「人は奥深いことを言葉にできるのでしょうか。」老子は言った。「どうしてできないことがあろう。ただ、言葉というものを知るということだろう。言葉を知るというのは、言葉で言わないということである。魚を争う者は濡れ、獣を追う者は走る。それは好んでやっているのではない。だから至上の言葉は言葉を離れ、至上の為は為すことを離れる。浅い知恵の人が争っているのは、枝葉のことである。『言葉には根本があり、事には主がある。ただ、人は知らない。だから私を知らないのだ』というではないか。」
解説
文子の「微言」とは、奥深い道理を言葉で語れるか、という問いです。老子の答えは、言葉の使い手は「言を以て言わざる」者だという逆説で返ります。魚や獣を追う人が濡れ、走るのは、それが目的ではなく手段だからで、「至言は言を去り」も同じ構図です。現場でいえば、指示の文面を磨くことより、相手が動く根本の理由を伝えられるかが問われます。言葉の数ではなく、言葉の根を握っているかどうかが分かれ目になります。
この章句が説くこと
言を以て言わざるなり争う所の者末なり魚を争う者は濡れ不言根本微言
関連する章句
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