都鄙問答 / 卷之一・播州ノ人學問ノ事ヲ問ノ段
曰、其中ニ心得ガタキコトアリ、衣類ニ美麗ヲナサズト云ヘリ、先父母ハ、我子ニ、他ヨリヨキ物ヲ著タク思フハ、親ノ心ナリ、ソレニ麁相ナル衣類ヲ著テハ、父母ノ心ヲ害ユヘ、不孝ニアラズヤ、答、人ニ背、麁相ニセヨト云ニハアラズ、我言所ハ、約ヲ守ルコトヲ云、道ニ明ナル父母ナラバ、如何ゾ禮ニ背キ、奢コトヲ喜ブベキヤ、孔子モ、禮與其奢寧儉トノ玉フ、然レバ禮ニ少カクル所アリトモ、奢ノ害ハ大ナリト知ラルベシ、又道ニ疎ク、奢ヲ好ム父母ニ、盡心ニ合コトバカリハ成難、成難コトヲ、譬テ云ハヾ、父母盜ガ好ナレバトテ、盜ヲセラレンヤ、內證ニテ此ヲ止ハ、眞實ノ心ヨリナス所ナリ、心ヲ知ル時ハ、孝ノ道ヲソコナハズ、父母ノ惡事ヲモ止メ、父母ヲ道ニ向シム、又道アル父母ナラバ、心自ラ合ベシ、是學問ノ力ナリ、
新字:曰、其中ニ心得ガタキコトアリ、衣類ニ美麗ヲナサズト云ヘリ、先父母ハ、我子ニ、他ヨリヨキ物ヲ著タク思フハ、親ノ心ナリ、ソレニ麁相ナル衣類ヲ著テハ、父母ノ心ヲ害ユヘ、不孝ニアラズヤ、答、人ニ背、麁相ニセヨト云ニハアラズ、我言所ハ、約ヲ守ルコトヲ云、道ニ明ナル父母ナラバ、如何ゾ礼ニ背キ、奢コトヲ喜ブベキヤ、孔子モ、礼与其奢寧倹トノ玉フ、然レバ礼ニ少カクル所アリトモ、奢ノ害ハ大ナリト知ラルベシ、又道ニ疎ク、奢ヲ好ム父母ニ、尽心ニ合コトバカリハ成難、成難コトヲ、譬テ云ハヾ、父母盗ガ好ナレバトテ、盗ヲセラレンヤ、内証ニテ此ヲ止ハ、真実ノ心ヨリナス所ナリ、心ヲ知ル時ハ、孝ノ道ヲソコナハズ、父母ノ悪事ヲモ止メ、父母ヲ道ニ向シム、又道アル父母ナラバ、心自ラ合ベシ、是学問ノ力ナリ、
書き下し
曰、其中に心得がたきことあり。衣類に美麗をなさずと云へり。先父母は、我子に、他よりよき物を著たく思ふは、親の心なり。それに麁相なる衣類を著ては、父母の心を害ゆへ、不孝にあらずや。答、人に背、麁相にせよと云にはあらず。我言所は、約を守ることを云。道に明なる父母ならば、如何ぞ礼に背き、奢ことを喜ぶべきや。孔子も、礼与其奢寧倹とのたまふ。然れば礼に少かくる所ありとも、奢の害は大なりと知らるべし。又道に疎く、奢を好む父母に、尽心に合ことばかりは成難。成難ことを、譬て云はゞ、父母盗が好なればとて、盗をせられんや。内証にて此を止は、真実の心よりなす所なり。心を知る時は、孝の道をそこなはず、父母の悪事をも止め、父母を道に向しむ。又道ある父母ならば、心自ら合べし。是学問の力なり。
現代語訳
父親「一つ納得しかねることがあります。衣服を飾らないとおっしゃいましたが、そもそも親というものは、わが子に人よりよい物を着せたいと思うものです。それなのに粗末な衣服を着ては親の心を傷つけるので、不孝ではありませんか。」梅岩「人と違ってわざと粗末にせよと言うのではありません。私が言うのは倹約を守ることです。道をわきまえた父母なら、どうして礼に背いて贅沢を喜ぶでしょうか。孔子も『礼は、その奢らんよりは寧ろ倹せよ』とおっしゃいました。礼に少し欠けるところがあっても、贅沢の害のほうが大きいと知るべきです。また道に疎く贅沢好きの親の心に何もかも合わせることはできません。たとえば親が盗みを好むからといって、盗みをするでしょうか。ひそかにそれをやめさせるのは、真心から出ることです。心を知れば、孝の道を損なわず、親の悪事をも止め、親を道に向かわせることができます。道をわきまえた親なら、おのずと心が合うでしょう。これが学問の力です。」
解説

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『慎思録』巻之六凡そ子弟たる者は、須らく尊長の事に勤労すべし。自ら尊長の態を為して、安逸を為すこと勿かれ。凡そ人の子たるの礼は、須らく朝夕父母を定省すべし。或は居を同じくせざる者も、亦其の遠近に随ひて、毎日一たび省み、或は数日に一たび省みて、疏濶なること勿かれ。文王の世子たるや、王季に朝すること日に三たび、雞初めて鳴きて至り、日中に及びて又至り、莫に及びて又至る。世子すら猶ほ此くの如し。況んや賤しき者に於いてをや。
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論語・為政篇孟懿子孝を問う。子曰く、「違(たが)うこと無かれ。」樊遅御(ぎょ)す。子之に告げて曰く、「孟孫我に孝を問う。我対えて曰く、違(たが)うこと無かれと。」樊遅が曰く、「何の謂(いい)ぞや。」子曰く、「生きては之に事(つか)うるに礼を以てし、死しては之を葬るに礼を以てし、之を祭るに礼を以てす。」
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『春秋左氏伝』隠公元年 孝子匱しからず君子曰く、「潁考叔は純孝なり。其の母を愛して、施いて莊公に及ぶ。詩に曰く、『孝子匱しからず、永く爾の類に錫ふ』と。其れ是を之れ謂ふか」と。秋、七月、天王宰咺をして來りて惠公・仲子の賵を歸らしむ。緩し、且つ子氏未だ薨ぜず、故に名いふ。天子は七月にして葬り、同軌畢く至る。諸侯は五月、同盟至る。大夫は三月、同位至る。士は月を踰え、外姻至る。死に贈りて尸に及ばず、生を弔ひて哀に及ばず、凶事を豫めするは、禮に非ざるなり。八月、紀人夷を伐つ。夷告げず、故に書せず。蜚有り。災を為さず、亦た書せず。惠公の季年、宋の師を黃に敗る。公立ちて、成を求む。九月、宋人と宿に盟ふ、始めて通ずるなり。冬、十月、庚申、惠公を改葬す。公臨まず、故に書せず。惠公の薨ずるや、宋の師有り、太子少し、葬に故に闕有り、是を以って改葬す。衛侯來りて葬に會す、公に見えず、亦た書せず。鄭の共叔の亂に、公孫滑出でて衛に奔る。衛人之が為に鄭を伐ち、廩延を取る。鄭人王の師・虢の師を以って衛の南鄙を伐つ。師を邾に請ふ。邾子私かに公子豫に使ひす。豫往かんと請ふ、公許さず、遂に行く。邾人・鄭人と翼に盟ふ。書せざるは、公の命に非ざればなり。新たに南門を作る。書せざるは、亦た公の命に非ざればなり。十二月、祭伯來る、王命に非ざるなり。眾父卒す。公小斂に與らず、故に日を書せず。
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『養生訓』巻第八・養老一人の子となりては、其おやを養ふ道を知らずんばあるべからず。其心を楽ましめ、其心にそむかず、いからしめず、うれへしめず、其時の寒暑にしたがひ、其居室と其寝所をやすくし、其飲食を味よくして、まことを以て養ふべし。
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