文武訓 / 文訓下之末
一やまとうたは、其意溫雅にして其詞やさし。精巧なること唐詩におとらず。婦人の作る所といへども亦しかり。國字の文、貫之、伊勢、紫式部、淸少納言などが作れるも、亦精巧なり。わが國の詩と文とにくらぶれば、大にまされりといふべし。是わが國のよろしき詞なる故なり。しかれば、わが國の假名は、さるつたなき詩文をつくらんよりは、國俗にかなへる和歌を作るべし。日本の人、詩をつくるは、年長じて唐音を學ぶがごとし。
新字:一やまとうたは、其意温雅にして其詞やさし。精巧なること唐詩におとらず。婦人の作る所といへども亦しかり。国字の文、貫之、伊勢、紫式部、清少納言などが作れるも、亦精巧なり。わが国の詩と文とにくらぶれば、大にまされりといふべし。是わが国のよろしき詞なる故なり。しかれば、わが国の仮名は、さるつたなき詩文をつくらんよりは、国俗にかなへる和歌を作るべし。日本の人、詩をつくるは、年長じて唐音を学ぶがごとし。
書き下し
一やまとうたは、其意温雅にして其詞やさし。精巧なること唐詩におとらず。婦人の作る所といへども亦しかり。国字の文、貫之、伊勢、紫式部、清少納言などが作れるも、亦精巧なり。わが国の詩と文とにくらぶれば、大にまされりといふべし。是わが国のよろしき詞なる故なり。しかれば、わが国の仮名は、さるつたなき詩文をつくらんよりは、国俗にかなへる和歌を作るべし。日本の人、詩をつくるは、年長じて唐音を学ぶがごとし。
現代語訳
和歌は、その意味が温和で雅やかで、その言葉はやさしいものです。精巧なことは唐詩に劣りません。女性の作るものであってもまたそうです。仮名の文も、紀貫之、伊勢、紫式部、清少納言などが作ったものはまた精巧です。わが国の人の漢詩や漢文と比べれば、大いにまさっているといえます。これはわが国にふさわしい言葉だからです。それならば、わが国の仮名を用いる人は、あのような拙い漢詩文を作るよりは、国の風俗にかなった和歌を作るべきです。日本の人が漢詩を作るのは、年をとってから唐音を学ぶようなものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓上一和歌は、わが国俗の宜しきわざにて、ことばさとしやすく心も通じやすし。此故に、古人の歌、きはめてすぐれてよき事、もろこしのすぐれたる唐詩におとらず。いにしへ、婦人といへども、歌をよくよみたるともがら多し。もろこしの才女といへど及ぶべからず、これわが国俗によくかなへる故なり。
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『慎思録』巻之五本朝の歌詠は、微婉にして温雅、且つ精巧を極むる者多し。恐らくは中夏の歌詩と争ひて頡頏を為すべし。若し乃ち国字の文章は、専ら艶麗を務むと雖も、而して体製柔媚なり。然れども其の奇巧なる者数家は、亦以て倭歌に亜ぐべし。若し夫れ本邦の詩文は、古昔名家の製と雖も、中華の作者と比讎を為すに足らず。故に本朝の詩文を以て之を和歌和文に較ぶれば、其の巧拙雅俗、日を同じくして談ずべからず。此れ豈に国俗と土宜とに合はざるに縁るに非ずや。
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『文武訓』文訓下一和歌は、わが国の言葉にて、あさはかなるやうにきこゆめれども、言葉風雅にして古にちかく、心和平にして情ふかし。しかれば、もろこしの名家の詩にも、其品格をさをさおとるべからず。只、日本の人の作れる詩文は、わが国のことばにあらず、其上、習あしくて、いにしへの名家の作といへど、もろこしの下等の作にも及びがたし。よくつとめ学ばずんば、中夏の下品にも及びがたかるべし。身を終るまで、詩を作るにもはらにせば、詩は大かたよかるべけれど、さあらば経史にうとく、其余の事にも通ずるに暇なかるべし。
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『文武訓』文訓上之末一わが日の本の人、義理の学をせんには、四書、六経などの書を読まずしては、道を知りがたし。国字にて書きては、其理くはしからず。風雅の楽は、からの詩を用ひざれども、ふるきやまと歌をよみて、心をたのしましめ、才あらば、みづから歌をつくりて其情を通ずべし。詩を作るよりやすくして、心かよひ易し。しかれば、義理の学をするには、からの書を読まざれば通ぜず。風雅の楽志をいはんには、からの詩を用ひず、やまと歌を用ふべし。わが国の風俗をすてて、からのことばの通じがたきを用ふるは何ぞ。
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『慎思録』巻之五和歌は、我が国俗の宜しき所にして、詞意通暁し易し。故に古人の歌詠は極めて精絶なり。古昔婦女と雖も、亦之を能くする者多し。唐詩は、本邦の風土の宜しき所に非ず。其の詞韻国俗の言語に異なり、中華に模倣し難し。故に古昔の名家と雖も、其の作る所拙劣にして、和歌に及ばざること遠し。我が邦は只和歌を以て其の志を言ひ其の情を述ぶべし。拙詩を作りて以て詅癡符の誚りを招くことを要せず。
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『文武訓』文訓下之末一日の本は、もと温和慈愛の国なる故に、和歌も温雅にして情ふかし。其上精しく巧なること、もろこしの詩にもおとるべからず。和文も亦しかり。然らば学者も、なるべきほどは和歌を学び、和文を作るべし。是わが国の風俗土宜にかなひて、国風にそむかざるなり。わが国に生れて、和歌和文をすてて、もろこしの風を専につくること、わが国にそむけり。其つみふかし。わがともがらは才つたなくて、やまともろこしの才なければ、からやまとの詩文歌詞をつくることかなはず。其道理をいはば、おそらくはかくの如くなるべし。
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