文武訓 / 文訓下
一古詩三百篇をよく吟玩して、我心を養ひ、詩の敎の道を知るべし。詩のをしへは、溫厚和平にして、心を内にふくみてあらはさず、是、風雅の道、詩の本意なるべし。後の詩も、此風あるはまことによし。ことばをたくみにしかざり、ことやうなる文句をつくりて、人にほめられんとするは、詩の本意にあらず。故に、詩を作る人、學のひまをつひやし、心をくるしむるは、物をもてあそんで志をうしなふなり。かくの如くにして詩を作るは、益なく害ありて、無用のいたづらごとなり、風雅の道をうしなへり。歌を作るも亦同じ。才なく學なき人は、詩歌を作るべからず。わが國の人は、もろこしの韻語に通ぜず。詩を作るは、わが國の土宜にかなはず。
新字:一古詩三百篇をよく吟玩して、我心を養ひ、詩の教の道を知るべし。詩のをしへは、温厚和平にして、心を内にふくみてあらはさず、是、風雅の道、詩の本意なるべし。後の詩も、此風あるはまことによし。ことばをたくみにしかざり、ことやうなる文句をつくりて、人にほめられんとするは、詩の本意にあらず。故に、詩を作る人、学のひまをつひやし、心をくるしむるは、物をもてあそんで志をうしなふなり。かくの如くにして詩を作るは、益なく害ありて、無用のいたづらごとなり、風雅の道をうしなへり。歌を作るも亦同じ。才なく学なき人は、詩歌を作るべからず。わが国の人は、もろこしの韻語に通ぜず。詩を作るは、わが国の土宜にかなはず。
書き下し
一古詩三百篇をよく吟玩して、我心を養ひ、詩の教の道を知るべし。詩のをしへは、温厚和平にして、心を内にふくみてあらはさず、是、風雅の道、詩の本意なるべし。後の詩も、此風あるはまことによし。ことばをたくみにしかざり、ことやうなる文句をつくりて、人にほめられんとするは、詩の本意にあらず。故に、詩を作る人、学のひまをつひやし、心をくるしむるは、物をもてあそんで志をうしなふなり。かくの如くにして詩を作るは、益なく害ありて、無用のいたづらごとなり、風雅の道をうしなへり。歌を作るも亦同じ。才なく学なき人は、詩歌を作るべからず。わが国の人は、もろこしの韻語に通ぜず。詩を作るは、わが国の土宜にかなはず。
現代語訳
古詩三百篇をよく吟じ味わって、自分の心を養い、詩の教えの道を知りなさい。詩の教えは温厚和平であって、心を内に含んであらわに出さない、これが風雅の道であり、詩の本意でしょう。後世の詩でも、この風があるものはまことによいものです。言葉を巧みに飾り、風変わりな文句を作って、人に褒められようとするのは、詩の本意ではありません。ですから、詩を作る人が学問の時間を費やし、心を苦しめるのは、物をもてあそんで志を失うことです。このようにして詩を作るのは、益がなく害があって、無用のいたずらごとであり、風雅の道を失っています。歌を作るのも同じです。才がなく学問のない人は、詩歌を作ってはいけません。わが国の人は、中国の韻文に通じません。詩を作るのは、わが国の土地柄にかないません。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之一子の燕居するや、申申如たり、夭夭如たり。蓋し聖人を学ばんと欲する者は、須らく従容和楽を要すべし。是れ儒者平日の気象、宜しく此くの如くなるべし。心体は本隠微にして、未だ形迹に著れざれば、則ち執持すべからず。志は是れ心の之く所、気は体の充なり。人心の動静、気に資らざること無し。若し其の気を暴へば、則ち志も亦持し難くして、心体も亦之が為に動く。故に曰く、其の志を持して、其の気を暴ふこと勿かれと。此れ気を養ふの工夫にして、乃ち志を持し心を存するの道なり。蓋し心を養ふを以て主意と為し、気を和らぐるを以て工夫と為す。故に心を養ふの道は、気を養ふに在り。気を養ふの方は、和平にして暴ふこと無きを以て勤めと為す。此れ日用常行の緊要にして、学者の急務為り。然り而して後の学者、之を以て緊要と為すことを知らず。故に此の工夫を為す者極めて鮮し。今の学者、平日の気象言貌、都て是れ其の気を暴ふの事なり。且つ其の人に接するや、一言旨に忤ひ、一事合はざれば、則ち睚眦して怒りを発し、厲気払戻す。凡そ言行、気を使ふを以て尚しと為す者は、儒者の気象と為すべからず。明道の人に接するや、一団の和気、春風の中に坐せるが如し。是れ其の気を暴ふこと無きの至りなり。大賢の気象は、学者の当に則と為すべき所なり。
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