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文武訓 / 文訓下

一四時につきて、いつともわかず、ふるきふみ見ることを樂しみ、つねにして止むべからず。なんぞ只、三餘の時にかぎるべきや。春夏は日の長きを愛し、秋冬は夜のながきをよろこぶ。折を得てたのしむべし。日ながけれど事しげく、客おほければいとまなし。夜はしづかにして、書を見るに功多し。およそ、日ひとひ夜ひとよ、ふみ見る益はいかなる富貴の樂にもかへがたし。經傳をよめば、見るたびに、聖賢のをしへをまのあたり聞くが如し。たふとぶべきことかぎりなく、むなしく過ぎぬる隙をしむべし。狄仁傑の、名敎の內至れる樂あり。なんぞ俗人とかたることをこのまんや、といへるもむべなり。古語に曰、讀書一日有一日益。讀書一卷有一卷益。又曰、人の神智をますは書に如くはなしといへり。

新字:一四時につきて、いつともわかず、ふるきふみ見ることを楽しみ、つねにして止むべからず。なんぞ只、三余の時にかぎるべきや。春夏は日の長きを愛し、秋冬は夜のながきをよろこぶ。折を得てたのしむべし。日ながけれど事しげく、客おほければいとまなし。夜はしづかにして、書を見るに功多し。およそ、日ひとひ夜ひとよ、ふみ見る益はいかなる富貴の楽にもかへがたし。経伝をよめば、見るたびに、聖賢のをしへをまのあたり聞くが如し。たふとぶべきことかぎりなく、むなしく過ぎぬる隙をしむべし。狄仁傑の、名教の内至れる楽あり。なんぞ俗人とかたることをこのまんや、といへるもむべなり。古語に曰、読書一日有一日益。読書一巻有一巻益。又曰、人の神智をますは書に如くはなしといへり。

書き下し

一四時につきて、いつともわかず、ふるきふみ見ることを楽しみ、つねにして止むべからず。なんぞ只、三余の時にかぎるべきや。春夏は日の長きを愛し、秋冬は夜のながきをよろこぶ。折を得てたのしむべし。日ながけれど事しげく、客おほければいとまなし。夜はしづかにして、書を見るに功多し。およそ、日ひとひ夜ひとよ、ふみ見る益はいかなる富貴の楽にもかへがたし。経伝をよめば、見るたびに、聖賢のをしへをまのあたり聞くが如し。たふとぶべきことかぎりなく、むなしく過ぎぬる隙をしむべし。狄仁傑の、名教の内至れる楽あり。なんぞ俗人とかたることをこのまんや、といへるもむべなり。古語に曰、書を読むこと一日なれば一日の益有り。書を読むこと一巻なれば一巻の益有り。又曰、人の神智をますは書に如くはなしといへり。

現代語訳

四季いつということなく、古い書を読むことを楽しみ、いつもそうしてやめてはいけません。どうしてただ「三余」の時だけに限るべきでしょうか。春と夏は日の長いのを愛し、秋と冬は夜の長いのを喜びます。折を得て楽しみなさい。昼は長くても用事が多く、客も多ければ暇がありません。夜は静かで、書を読むのに効果が多いのです。およそ一日中、一晩中書を読む益は、どんな富貴の楽しみにも代えがたいものです。経伝を読めば、読むたびに聖賢の教えを目の当たりに聞くようです。尊ぶべきことは限りなく、むなしく過ぎてゆく暇を惜しみなさい。狄仁傑が「名教の内に至れる楽しみがある。どうして俗人と語ることを好もうか」と言ったのももっともです。古語に「書を読むこと一日なら一日の益があり、書を読むこと一巻なら一巻の益がある」と言い、また「人の知恵を増すには書に及ぶものはない」と言っています。

解説

読書は冬・夜・雨の「三余」に限らず四季いつでも楽しむべきで、その益は富貴の楽しみにも代えがたいと説きます。三余は三国時代の董遇が学問の暇として挙げた言葉です。名教の内に楽しみありという言葉は西晋の楽広のものとされ、ここでは狄仁傑の言として引かれています。「一日読めば一日の益」という古語も添え、日々の積み重ねを勧めます。益軒は楽訓でも読書を最上の楽しみとしました。今でも、忙しくて本を読めないと嘆くより、夜の静かなひとときを読書に充てる工夫が大切です。

この章句が説くこと

読書楽しみ学問時間知

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