文武訓 / 文訓下
一常人は、わが身を知るにくらし。是、私の一字まぬかれがたければなり。わが身に才智なけれどありとし、少しあるは大にありとす。學問藝能つたなけれど、すぐれたりと思ひて、人に對してほこるは、我身を知らざるなり。是、愚なるなり。又わが詩歌文章のつたなきをよしとおもひて、人にしめすこと世に多し。殊に詩文は、わが國のこと葉にあらず、作りがたし。其上文學ひろく文字を多く知らざれば作りがたく、作ればひがごと多し。文學つたなくてこのんで詩文を作れば、意も詞もふつゝかに、法に合はざることのみ多きを知らず、わが身に私して、かへつてよしとおもひてみづからほこり、わが美をあらはさんとて人にしめす。是亦わが身をしらざればなり。不智なること甚し。詩も歌も、古人の作わが心にかなへるもの多し。其境地の風景と、其時節の情懷に合へる詩歌、亦多し。是を吟ぜば、勞せずしてわが惡しき詩歌を作るにまさりなん。是を吟詠して興をやるべし。
新字:一常人は、わが身を知るにくらし。是、私の一字まぬかれがたければなり。わが身に才智なけれどありとし、少しあるは大にありとす。学問芸能つたなけれど、すぐれたりと思ひて、人に対してほこるは、我身を知らざるなり。是、愚なるなり。又わが詩歌文章のつたなきをよしとおもひて、人にしめすこと世に多し。殊に詩文は、わが国のこと葉にあらず、作りがたし。其上文学ひろく文字を多く知らざれば作りがたく、作ればひがごと多し。文学つたなくてこのんで詩文を作れば、意も詞もふつゝかに、法に合はざることのみ多きを知らず、わが身に私して、かへつてよしとおもひてみづからほこり、わが美をあらはさんとて人にしめす。是亦わが身をしらざればなり。不智なること甚し。詩も歌も、古人の作わが心にかなへるもの多し。其境地の風景と、其時節の情懐に合へる詩歌、亦多し。是を吟ぜば、労せずしてわが悪しき詩歌を作るにまさりなん。是を吟詠して興をやるべし。
書き下し
一常人は、わが身を知るにくらし。是、私の一字まぬかれがたければなり。わが身に才智なけれどありとし、少しあるは大にありとす。学問芸能つたなけれど、すぐれたりと思ひて、人に対してほこるは、我身を知らざるなり。是、愚なるなり。又わが詩歌文章のつたなきをよしとおもひて、人にしめすこと世に多し。殊に詩文は、わが国のこと葉にあらず、作りがたし。其上文学ひろく文字を多く知らざれば作りがたく、作ればひがごと多し。文学つたなくてこのんで詩文を作れば、意も詞もふつつかに、法に合はざることのみ多きを知らず、わが身に私して、かへつてよしとおもひてみづからほこり、わが美をあらはさんとて人にしめす。是亦わが身をしらざればなり。不智なること甚し。詩も歌も、古人の作わが心にかなへるもの多し。其境地の風景と、其時節の情懐に合へる詩歌、亦多し。是を吟ぜば、労せずしてわが悪しき詩歌を作るにまさりなん。是を吟詠して興をやるべし。
現代語訳
普通の人は、わが身を知ることにくらいものです。それは「私」の一字を免れにくいからです。わが身に才知がなくても有ると思い、少しあれば大いにあると思います。学問や芸能が拙いのに、すぐれていると思って人に誇るのは、わが身を知らないのです。これは愚かなことです。また自分の詩歌や文章の拙いのをよいと思って、人に見せることが世に多いのです。とくに詩文はわが国の言葉ではなく、作りにくいものです。そのうえ学問が広く文字を多く知っていなければ作りにくく、作っても誤りが多いのです。学問が拙いのに好んで詩文を作れば、意味も言葉もふつつかで、法に合わないことばかり多いのを知らず、わが身に私して、かえってよいと思って自ら誇り、自分の美をあらわそうとして人に見せます。これもまたわが身を知らないからです。はなはだ知恵のないことです。詩も歌も、古人の作で自分の心にかなうものは多いのです。その土地の風景やその時節の心情に合った詩歌もまた多いのです。これを口ずさめば、苦労せずに、自分の悪い詩歌を作るよりまさるでしょう。これを吟詠して興を楽しみなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・雜言昔者、南瑕子、程太子に過る、太子鯢魚を烹る。南瑕子曰く、「吾聞く、君子は鯢魚を食らわずと」と。程太子曰く、「乃ち君子か否か、子何ぞ焉を事とせん」と。南瑕子曰く、「吾聞く、君子上に比するは徳を広むる所以なり、下に比するは行いを狭むる所以なり、悪に於いて自ら退くの原なりと。詩に云う、『高山之を仰ぎ止み、景行之を行き止む』と。吾豈に敢えて自ら以て君子と為さんや、志して之に向かうのみ。孔子曰く、『賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる』と」と。
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『文武訓』文訓上之末一人は只、わが身をかへりみて、わが身のさかしおろかなると、才あるとつたなきとのほどを知りて、つねに人にへりくだり、わが身にほこるべからず。才智ありてもなくしても、わが身にほこりたかぶり、人をこのんで見くだし、又そしるは罪ふかし。いとおろかなりといふべし。
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『酔古堂剣掃』集醒・病を諱む者は病に死す貧を諱む者は、貧に死す、勝心之を使むればなり。病を諱む者は、病に死す、畏心之を蔽へばなり。愚を諱む者は、愚に死す、癡心之を覆へばなり。
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『幽夢影』巻下・鏡は自ら照らす能はず鏡は自ら照らす能はず、衡は自ら權る能はず、劍は自ら擊つ能はず。
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『酔古堂剣掃』集醒・時時に檢點し得到る事無ければ便ち閒雜の念頭有りや否やを思ひ、事有れば便ち粗浮の意氣有りや否やを思ふ。意を得れば便ち驕矜の辭色有りや否やを思ひ、意を失へば便ち怨望の情懷有りや否やを思ふ。時時に檢點し得到りて、多より少に入り、有より無に入る、才かに是れ學問の真消息なり。
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論語・八佾篇或るひと禘を問う。子曰く、『知らざるなり。その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すが如きか。』と掌を指す。
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