酔古堂剣掃 / 集醒・病を諱む者は病に死す
諱貧者,死於貧,勝心使之也;諱病者,死於病,畏心蔽之也;諱愚者,死於愚,癡心覆之也。
新字:諱貧者,死於貧,勝心使之也;諱病者,死於病,畏心蔽之也;諱愚者,死於愚,痴心覆之也。
書き下し
貧を諱む者は、貧に死す、勝心之を使むればなり。病を諱む者は、病に死す、畏心之を蔽へばなり。愚を諱む者は、愚に死す、癡心之を覆へばなり。
現代語訳
貧しさを隠す人は、貧しさのために死にます。人に勝ちたい心がそうさせるのです。病気を隠す人は、病気のために死にます。恐れる心が目をふさぐのです。愚かさを隠す人は、愚かさのために死にます。迷いの心がそれを覆い隠すのです。
解説
自分の弱みを隠すことが、かえって身を滅ぼすと説く一則です。諱むは、忌み嫌って隠すことです。貧しさを隠す人は、見栄を張るために無理を重ね、ますます困窮します。そうさせるのは、人に負けたくないという勝心です。病気を隠す人は、医者にかかるのを避けて手遅れになります。そうさせるのは、真実を知るのが怖いという畏心です。愚かさを隠す人は、人に聞いて学ぶことができず、愚かなまま終わります。そうさせるのは、自分の姿が見えない痴心です。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という言葉がありますが、弱みを認めることは、それを乗り越えるための第一歩です。隠したい弱みこそ、向き合うべき課題なのでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自省見栄謙虚処世修身
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