幽夢影 / 巻下・鏡は自ら照らす能はず
鏡不能自照,衡不能自權,劍不能自擊。
新字:鏡不能自照,衡不能自権,剣不能自撃。
書き下し
鏡は自ら照らす能はず、衡は自ら權る能はず、劍は自ら擊つ能はず。
現代語訳
鏡は自分自身を映すことができず、秤は自分自身を量ることができず、剣は自分自身を撃つことができません。
解説
他を映し量り斬るものが、自分には向けられないことを三つ並べた短い一則です。鏡はあらゆるものを映しますが、自分の姿は映せません。衡は秤のことで、どんな物の重さも量れますが、自分の重さは量れません。剣は何でも斬れますが、自分を斬ることはできません。当局者は迷い、傍観者は清し、という言葉があるように、人もまた他人のことはよく見えるのに、自分のことは見えにくいものです。友人の倪永清は「詩は自ら伝わることができず、文は自らほめることができない」と、龐天池は「美は自ら見ることができず、醜は自ら隠すことができない」と続けています。自分を知るには、信頼できる他人の目を借りることが必要だと気づかされます。
この章句が説くこと
自省鏡客観謙虚修身
関連する章句
-
説苑・雜言昔者、南瑕子、程太子に過る、太子鯢魚を烹る。南瑕子曰く、「吾聞く、君子は鯢魚を食らわずと」と。程太子曰く、「乃ち君子か否か、子何ぞ焉を事とせん」と。南瑕子曰く、「吾聞く、君子上に比するは徳を広むる所以なり、下に比するは行いを狭むる所以なり、悪に於いて自ら退くの原なりと。詩に云う、『高山之を仰ぎ止み、景行之を行き止む』と。吾豈に敢えて自ら以て君子と為さんや、志して之に向かうのみ。孔子曰く、『賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる』と」と。
-
『酔古堂剣掃』集醒・病を諱む者は病に死す貧を諱む者は、貧に死す、勝心之を使むればなり。病を諱む者は、病に死す、畏心之を蔽へばなり。愚を諱む者は、愚に死す、癡心之を覆へばなり。
-
『酔古堂剣掃』集醒・時時に檢點し得到る事無ければ便ち閒雜の念頭有りや否やを思ひ、事有れば便ち粗浮の意氣有りや否やを思ふ。意を得れば便ち驕矜の辭色有りや否やを思ひ、意を失へば便ち怨望の情懷有りや否やを思ふ。時時に檢點し得到りて、多より少に入り、有より無に入る、才かに是れ學問の真消息なり。
-
『囲炉夜話』第百十四則・他日那樣の下場を想到すれば發憤すべし自家は是れ何等の身分なるかを知道すれば、則ち敢へて虛驕せず。 他日是れ那樣の下場なるかを想到すれば、則ち以て發憤すべし。
-
『囲炉夜話』第百三十三則・常に某人の德業我に勝ると思へば自ら慚づべし常に某人の境界は我に及ばず、某人の命運は我に及ばずと思へば、則ち以て自ら足るべし。 常に某人の德業は我に勝り、某人の學問は我に勝ると思へば、則ち以て自ら慚づべし。
-
『囲炉夜話』第十一則・自己を太だ高く看る自己を把りて太だ高く看了れば、便ち長進する能はず。自己を把りて太だ低く看了れば、便ち振興する能はず。