武訓 / 下・第34段
兵を用ひ軍をおこすは、仁義によつて行ふべし。是、文武を用ふるなり。もし、文武によらずして兵を用ふるは、盜賊とすることをまぬかれがたし。凡、兵を用ふるは、天地の物を生ずる仁心にそむく。聖人は、やむことを得ずして、兵を用ひ給ふ。是、天道を行ひ給ふなり。聖人の兵は、其の義を行ひ給ふ。仁其の中にあり。程子蝎の頌に、殺之則害仁、放之則傷義。是、聖人の兵を用ひ給ふ心なり。
新字:兵を用ひ軍をおこすは、仁義によつて行ふべし。是、文武を用ふるなり。もし、文武によらずして兵を用ふるは、盗賊とすることをまぬかれがたし。凡、兵を用ふるは、天地の物を生ずる仁心にそむく。聖人は、やむことを得ずして、兵を用ひ給ふ。是、天道を行ひ給ふなり。聖人の兵は、其の義を行ひ給ふ。仁其の中にあり。程子蝎の頌に、殺之則害仁、放之則傷義。是、聖人の兵を用ひ給ふ心なり。
書き下し
兵を用ひ軍をおこすは、仁義によつて行ふべし。是、文武を用ふるなり。もし、文武によらずして兵を用ふるは、盜賊とすることをまぬかれがたし。凡、兵を用ふるは、天地の物を生ずる仁心にそむく。聖人は、やむことを得ずして、兵を用ひ給ふ。是、天道を行ひ給ふなり。聖人の兵は、其の義を行ひ給ふ。仁其の中にあり。程子蝎の頌に、殺之則害仁、放之則傷義。是、聖人の兵を用ひ給ふ心なり。
現代語訳
兵を用い軍を起こすのは、仁義によって行うべきである。これが文武を用いるということである。もし文武によらずに兵を用いれば、盗賊とされることを免れがたい。およそ兵を用いるのは、天地が物を生ずる仁心にそむく。聖人は、やむを得ずして兵を用いられる。これは天道を行われるのである。聖人の兵は、その義を行われる。仁はその中にある。程子の「蝎の頌」に「これを殺せば仁を害し、これを放てば義を傷つく」とある。これが聖人の兵を用いられる心である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下一兵を用ひ軍をおこすは、仁義によつて行ふべし。是文武を用ふるなり。もし文武によらずして兵を用ふるは、盗賊とする事をまぬかれがたし。凡兵を用ふるは、天地の物を生ずる仁心にそむく。聖人はやむことを得ずして兵を用ひ給ふ。是天道を行ひ給ふなり。聖人の兵は其義を行ひ給ふ。仁其中にあり。程子蝎の頌に、之を殺せば則ち仁を害し、之を放てば則ち義を傷る。是聖人の兵を用ひ給ふ心なり。
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『慎思録』巻之二凡そ兵を用ゐる者は、須らく仁義に由りて之を行ふべし。苟も仁義に由りて之を行ふに非ざれば、則ち盗賊為るを免れず。蓋し兵を用ゐれば、則ち天地生物の心に乖戻す。殺すを好めば、則ち天地生物の気を傷害す。故に天道之を悪む。然れども聖人は已むを得ずして後に之を用ゐる。是れ亦た天討を行ふなり。蓋し聖人の兵を用ゐるや、其の義を行ふなり。而して仁其の中に在り。程子の蝎の頌に曰く、之を殺せば則ち仁を害し、之を放てば則ち義を傷る、と。是れ亦た聖人の刑兵を用ゐるの意なり。凡そ五兵の中、義兵応兵の二者は、君子の用ゐる所なり。忿兵驕兵と貪兵との三者の如きは、君子の用ゐざる所にして、小人の独り行ふ所なり。
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『武訓』上・第19段義は陰德なり。仁義の外、別に人の道とすべきものなし。易は、聖人の至れる敎なり。萬世の鏡なり。信ずべし。うたがふべからず。兵術も、亦、仁義の道の內の一事なり。文を以て、人をあはれみ、民をなつくるは仁なり。武を以て、敵をうち、亂をしづむるは義なり。文武の二は、たとへば、車の兩輪のごとく、鳥の兩翼のごとし。一かけては、身ををさめ、國天下を治めがたし。仁義は、道の本にて、體なり。文武は、仁義を行ふ用なり。用とは、たとへば、火を以て物をあたゝめ、水を以て物をうるほすが如し。故に、仁義の道の外に文武なく、文武の外に治法なく、兵術なし。敵に對して計謀を用ふるは、たとへば、西を攻めんとしては、其の東を襲ふの類なり。かくのごとく、事にのぞみ時に當りて、敵をはかり、權謀を行ふことは、さも有りなん。前にいへる兵術者の敵の如きは、仁義の道をすて、文武の法に背き、君臣、朋友およそ、人倫に對し、僞を行ひ、人の功名をうばひて、わが物とし、利を得るを以て、日本の武道とす。しかれども、まことの文武の道よりいはゞ、是を名づけて、盜賊といふ。
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『文武訓』武訓下一兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ諸人の心従はず、武を用ひがたし。一良将のいくさは、はかりごとよく、おもんぱかり精しくして、勝ちやすきに勝つ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚将暗主は此理を知らずして、敵身方士卒の多く死するを悦ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は戦はずして勝つをよしとす。若やむことを得ずして戦ふとても、いくさの道よくはかりごとあるゆゑに、良将は敵をも身方をも多くころさず。古人の曰、将となること三世なれば子孫なし。いふ意は、天道は不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡天が下の人は、皆天の子なれば、其子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其子孫絶ゆとなり。
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『文武訓』武訓上易は聖人の至れる教なり、万世の鏡なり。信ずべし、うたがふべからず。兵術も亦仁義の道の内の一事なり。文を以て人をあはれみ、民をなつくるは仁なり、武を以て敵をうち、乱をしづむるは義なり。文武の二は、たとへば車の両輪のごとく、鳥の両翼のごとし。一闕けては、身ををさめ国天下を治めがたし。仁義は道の本にて体なり。文武は仁義を行ふ用なり。用とは、たとへば火を以て物をあたため、水を以て物をうるほすが如し。故に仁義の道の外に文武なく、文武の外に治法なく兵術なし。敵に対して計謀を用ふるは、たとへば西を攻めんとしては、其東を襲ふの類なり。かくのごとく、事にのぞみ時に当りて、敵をはかり、権謀を行ふことはさも有りなん。
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『文武訓』文訓下之末一仁義は道の体なり。文武は仁義の発用なり。文武其事同じからず、其道理は一なり。文は仁の発なり、武は義の発なり。文は人を愛し、衆を和ぐるの道なり。文にあらざれば、民をなつけ衆を安んずる事なし。武は人を戒め衆を厳にするの道なり。
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