武訓 / 上・第18段
是をきく人無學にして不智なれば、其の非をしらずして、是を信し、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひて、いつはりを行ひ、利を得るを以て、心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがことは、辯ずるにもたらず。又、辯じて人とあらそはんも、いたづがはしく口をし。されど、天下の民は、皆、わが同胞なれば、わが兄弟の、おろかにまよへる人のあしき方にいざなはるゝは、いとかなしむべきことなり。もだしていはざらんも、むげに仁をうしなひて、なさけなければ、ほいにあらず。われ愚なれども、幼より、ひじりの書をよみ、其の道をたふとべる故、管見をこゝにのべ侍る。天地の間ひろしといへど、道はたゞ一のみ。やまとの道、もろこしの道とて、さらに二あるべからず。つはものゝ道、儒者の道とて、二道なし。もろこしの武道、日本の武道、また、なんぞ二あらんや。古の道、今の道、是亦、かはるべからず。易に曰、天の道を立てゝ、陰と陽といひ、人の道を立てゝ、仁と義といふ。陰陽にあらざれば、天の道行はれず。仁義にあらざれば、人の道たゝず。人に仁義の道あるは。天に陰陽あるが如し。仁は陽德なり。
新字:是をきく人無学にして不智なれば、其の非をしらずして、是を信し、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひて、いつはりを行ひ、利を得るを以て、心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがことは、弁ずるにもたらず。又、弁じて人とあらそはんも、いたづがはしく口をし。されど、天下の民は、皆、わが同胞なれば、わが兄弟の、おろかにまよへる人のあしき方にいざなはるゝは、いとかなしむべきことなり。もだしていはざらんも、むげに仁をうしなひて、なさけなければ、ほいにあらず。われ愚なれども、幼より、ひじりの書をよみ、其の道をたふとべる故、管見をこゝにのべ侍る。天地の間ひろしといへど、道はたゞ一のみ。やまとの道、もろこしの道とて、さらに二あるべからず。つはものゝ道、儒者の道とて、二道なし。もろこしの武道、日本の武道、また、なんぞ二あらんや。古の道、今の道、是亦、かはるべからず。易に曰、天の道を立てゝ、陰と陽といひ、人の道を立てゝ、仁と義といふ。陰陽にあらざれば、天の道行はれず。仁義にあらざれば、人の道たゝず。人に仁義の道あるは。天に陰陽あるが如し。仁は陽徳なり。
書き下し
是をきく人無學にして不智なれば、其の非をしらずして、是を信し、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひて、いつはりを行ひ、利を得るを以て、心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがことは、辯ずるにもたらず。又、辯じて人とあらそはんも、いたづがはしく口をし。されど、天下の民は、皆、わが同胞なれば、わが兄弟の、おろかにまよへる人のあしき方にいざなはるゝは、いとかなしむべきことなり。もだしていはざらんも、むげに仁をうしなひて、なさけなければ、ほいにあらず。われ愚なれども、幼より、ひじりの書をよみ、其の道をたふとべる故、管見をこゝにのべ侍る。天地の間ひろしといへど、道はたゞ一のみ。やまとの道、もろこしの道とて、さらに二あるべからず。つはものゝ道、儒者の道とて、二道なし。もろこしの武道、日本の武道、また、なんぞ二あらんや。古の道、今の道、是亦、かはるべからず。易に曰、天の道を立てゝ、陰と陽といひ、人の道を立てゝ、仁と義といふ。陰陽にあらざれば、天の道行はれず。仁義にあらざれば、人の道たゝず。人に仁義の道あるは。天に陰陽あるが如し。仁は陽德なり。
現代語訳
これを聞く人が、無学で不智であれば、その非を知らないでこれを信じ、なるほどと思い、ふだんの時にも、兵術の謀を用いて偽りを行い、利を得ることを心とする者が多くなります。兵を学ぶ人は、多くはこれに迷っています。あさましい誤りは、弁じるに値しません。また、弁じて人と争うのも、わずらわしく口惜しいことです。けれども、天下の民はみな、わが同胞です。わが兄弟が愚かに迷って悪い方へ誘われるのは、じつに悲しむべきことです。黙って言わないでいるのも、むやみに仁を失い、情けないことで、本意ではありません。私は愚かではありますが、幼い時から聖人の書を読み、その道を尊んでいますので、ここに管見を述べます。天地の間は広いといっても、道はただ一つだけです。日本の道、中国の道といって、二つあるはずはありません。武士の道、儒者の道といって、二つの道はありません。中国の武道、日本の武道も、また、どうして二つあるでしょうか。古の道、今の道も、これまた、変わるはずがありません。易に言います。天の道を立てて陰と陽といい、人の道を立てて仁と義という、と。陰陽でなければ、天の道は行われません。仁義でなければ、人の道は立ちません。人に仁義の道があるのは、天に陰陽があるようなものです。仁は陽の徳です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓上もだして云はざらんも、むげに仁をうしなひてなさけなければ、本意にあらず。われ愚なれども、幼よりひじりの書をよみ、其道をたふとべる故、管見をここにのべ侍る。天地の間広しといへど、道はただ一のみ。やまとの道、もろこしの道とて、さらに二あるべからず。つはもののいにしへ道儒者の道とて二道なし。もろこしの武道、日本の武道、またなんぞ二あらんや。古の道、今の道、是亦かはるべからず。易に曰、天の道を立てて陰と陽といひ、人の道を立てて仁と義といふ。陰陽にあらざれば天の道行はれず、仁義にあらざれば人の道たたず。人に仁義の道あるは、天に陰陽あるが如し。仁は陽徳なり、義は陰徳なり。仁義の外別に人の道とすべきものなし。
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『武訓』上・第19段義は陰德なり。仁義の外、別に人の道とすべきものなし。易は、聖人の至れる敎なり。萬世の鏡なり。信ずべし。うたがふべからず。兵術も、亦、仁義の道の內の一事なり。文を以て、人をあはれみ、民をなつくるは仁なり。武を以て、敵をうち、亂をしづむるは義なり。文武の二は、たとへば、車の兩輪のごとく、鳥の兩翼のごとし。一かけては、身ををさめ、國天下を治めがたし。仁義は、道の本にて、體なり。文武は、仁義を行ふ用なり。用とは、たとへば、火を以て物をあたゝめ、水を以て物をうるほすが如し。故に、仁義の道の外に文武なく、文武の外に治法なく、兵術なし。敵に對して計謀を用ふるは、たとへば、西を攻めんとしては、其の東を襲ふの類なり。かくのごとく、事にのぞみ時に當りて、敵をはかり、權謀を行ふことは、さも有りなん。前にいへる兵術者の敵の如きは、仁義の道をすて、文武の法に背き、君臣、朋友およそ、人倫に對し、僞を行ひ、人の功名をうばひて、わが物とし、利を得るを以て、日本の武道とす。しかれども、まことの文武の道よりいはゞ、是を名づけて、盜賊といふ。
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『文武訓』武訓上易は聖人の至れる教なり、万世の鏡なり。信ずべし、うたがふべからず。兵術も亦仁義の道の内の一事なり。文を以て人をあはれみ、民をなつくるは仁なり、武を以て敵をうち、乱をしづむるは義なり。文武の二は、たとへば車の両輪のごとく、鳥の両翼のごとし。一闕けては、身ををさめ国天下を治めがたし。仁義は道の本にて体なり。文武は仁義を行ふ用なり。用とは、たとへば火を以て物をあたため、水を以て物をうるほすが如し。故に仁義の道の外に文武なく、文武の外に治法なく兵術なし。敵に対して計謀を用ふるは、たとへば西を攻めんとしては、其東を襲ふの類なり。かくのごとく、事にのぞみ時に当りて、敵をはかり、権謀を行ふことはさも有りなん。
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『文武訓』文訓下之末一仁義は道の体なり。文武は仁義の発用なり。文武其事同じからず、其道理は一なり。文は仁の発なり、武は義の発なり。文は人を愛し、衆を和ぐるの道なり。文にあらざれば、民をなつけ衆を安んずる事なし。武は人を戒め衆を厳にするの道なり。
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『文武訓』武訓上日本は武国なれば、もろこしの正直にして手ぬるき風俗にては、功を成しがたくして、日本の風俗にあはず。ひすかしくすずどくて、人のなしたる功名をもうばひてわが功名とし、人の取りたる首をもうばひてわが勇とするが、日本の武道なりなどいひて、秘密して人にをしふ。是を聞く人無学にして不智なれば、其非を知らずして是を信じ、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひていつはりを行ひ、利を得るを以て心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがごとは弁ずるにもたらず。又、弁じて人とあらそはんもいたづかはしく口をし。されど、天下の民は皆わが同胞なれば、わが兄弟のおろかにまよへる人の、あしき方にいざなはるるは、いとかなしむべきことなり。
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『文武訓』武訓上前にいへる兵術者の教の如きは、仁義の道を捨て、文武の法に背き、君臣、朋友、およそ人倫に対し偽を行ひ、人の功名をうばひてわが物とし、利を得るを以て日本の武道とす。しかれども、まことの文武の道よりいはば、是を名づけて盗賊といふ。利欲を専にして義理を捨つるは、是国を乱すのわざにして、乱をしづむる武の道にはあらず。上を犯し乱をおこす、乱臣賊子のしわざなり。日本の武道を以て、盗賊のしわざと同じく心得ること、むげにあさまし。少し心あらん人は其非を知るべし、詳に弁ずるにたらず。夫仁義の道、正直にしていつはりなき、是信なり。信なければ、からもやまとも古も今も、人道たたず。人道立たざれば武道も行はれず。主将たる人信なければ、士卒万民の心を得がたし。
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