武家小学 / 道での礼と争わぬ心
以上兩義皆門外身を愼むの心得なり。偖歩行時は道を讓りて傍の人に礙らず。非禮をせず譬他より障とも聊の事に憤り罵るべからず。都て道路は貴賤共に交て往來いたす所也。辭じ讓りて歩の禮有ば。喧嘩爭論の事なし。若我下部圖らずも他え慮外をなし。又は我乘馬誤て人を汚す時は。速に我誤錯の事を述て。詞を卑し彼を敬し禮を盡さば。彼も又ゆるすべし。然ば爭論は有べからず。怠らば無禮と成て。忽禍至るべし。故に門を出ては。敵を見がごとく思ふて愼べし。論語に門を出ては大賓を見がごとしと云々。是敬恭の誠を表すの謂なり。偖外へ出ては內を忘るべし。內を忘れざれは。事に臨て義を欠忠を背く事あり。心得べし。
新字:以上両義皆門外身を慎むの心得なり。偖歩行時は道を譲りて傍の人に礙らず。非礼をせず譬他より障とも聊の事に憤り罵るべからず。都て道路は貴賤共に交て往来いたす所也。辞じ譲りて歩の礼有ば。喧嘩争論の事なし。若我下部図らずも他え慮外をなし。又は我乗馬誤て人を汚す時は。速に我誤錯の事を述て。詞を卑し彼を敬し礼を尽さば。彼も又ゆるすべし。然ば争論は有べからず。怠らば無礼と成て。忽禍至るべし。故に門を出ては。敵を見がごとく思ふて慎べし。論語に門を出ては大賓を見がごとしと云々。是敬恭の誠を表すの謂なり。偖外へ出ては内を忘るべし。内を忘れざれは。事に臨て義を欠忠を背く事あり。心得べし。
書き下し
以上兩義皆門外身を愼むの心得なり。偖歩行時は道を讓りて傍の人に礙らず。非禮をせず譬他より障とも聊の事に憤り罵るべからず。都て道路は貴賤共に交て往來いたす所也。辭じ讓りて歩の禮有ば。喧嘩爭論の事なし。若我下部圖らずも他え慮外をなし。又は我乘馬誤て人を汚す時は。速に我誤錯の事を述て。詞を卑し彼を敬し禮を盡さば。彼も又ゆるすべし。然ば爭論は有べからず。怠らば無禮と成て。忽禍至るべし。故に門を出ては。敵を見がごとく思ふて愼べし。論語に門を出ては大賓を見がごとしと云々。是敬恭の誠を表すの謂なり。偖外へ出ては內を忘るべし。內を忘れざれは。事に臨て義を欠忠を背く事あり。心得べし。
現代語訳
以上の二つの意味は、どちらも門の外で身を慎む心得です。さて、歩く時は道を譲って、傍らの人の邪魔をせず、非礼をせず、たとえ他人から妨げられても、わずかなことに憤って罵ってはなりません。総じて道路は身分の高い者も低い者も入り交じって往来する所です。辞退し譲って歩く礼があれば、喧嘩や争論はありません。もし自分の下人が思いがけず他人に無礼をし、または自分の乗馬が誤って人を汚した時は、すぐに自分の誤りを述べて、言葉を低くし、相手を敬い、礼を尽くせば、相手もまた許すでしょう。そうすれば争論は起こりません。これを怠れば無礼となって、たちまち禍が至ります。ですから門を出ては、敵を見るように思って慎みなさい。『論語』に「門を出でては大賓を見るが如くす」とあります。これは敬い恭しむまことを表す言葉です。さて、外へ出たら内のことを忘れなさい。内を忘れないと、事に臨んで義を欠き、忠に背くことがあります。心得ておきなさい。
解説
この章句が説くこと
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『山鹿語類』士道・愼容貌之動人の所に至らんには、門前の傍より下馬して、容貌をかいつくろい、案内を窺ふべし。従者にあらかじめ戒めて、漫に往来し、門前に坐し、高談笑語あらしむべからず。饑渇に因て押して人家に入て湯水を飲、店屋に入て酒食をなすこと、甚戒しめて其制を可定。夜陰に往来せんには、灯を前後にして路人をさけしめ、非常を禁ず。暗きときは声を以て人をさけしむ。家宅に至らんにも、先づ人を発して案内をしらしめて可皈。俄に往来するときは、内外必ず不調の失あり。是各道路往来の容也。唯恭敬を存し其用法を詳にして、具に其制を定むべし。不然ときは、必ず非常の変あらんには、威儀こゝに失して、大丈夫のまことを可失。出門如見大賓と云、出門如見敵と云、各是敬を存してみだりなるを可戒也。
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『山鹿語類』士道・愼容貌之動道路は歩行は恒に非常を戒しめ、供奉の行列を糾して、身の備を全くし、往来の路をあけて、路人に暴悪を不施、道を譲りて不広行、小径捷径を不求、前後の供奉のものを戒め、往来の人を不妨、或は推倒し、或は不避路、商賈の物を狼籍せしむべからず。雨雪暁暮尤遠く候て、速に道をさけしむ。道路泥土にして道あしきときは、我是によつて彼をしてよき所をとほし、暫く待て彼を行しめて我可行。若下人無礼にして路人に事あらんには、主人速に来て謹で礼謝を述べし。不知体にて通り過ぐべからず。
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『武教小学』行住座臥行くには径に由らず、(子游曰く、澹台滅明は行くに径に由らず、と。朱子曰く、径とは路の小にして捷き者なり。動くこと必ず正を以てし、小を見て速やかならんと欲する意無し。楊氏曰く、後世径に由らざる者有れば、人必ず以て迂と為さん。孔子の徒に非ざれば、其れ孰か能く知りて之を取らん、と。)傍人を礙げず、非礼を為さず、過言を出ださず。門を出づるより、敵を見るが如くす。(道路は貴賤往来の径なり。辞譲の礼有れば、則ち喧嘩の事無し。若し誤りて下人の他を礙げ、馬に乗りて人を汚さば、速やかに我が誤錯の事を遜び、卑言して之を敬い之を礼すれば、則ち他何ぞ争論せん。怠れば則ち必ず礼を忘る。故に門を出づるより、敵を見るが如くす。孔子曰く、門を出でては大賓を見るが如し、と。是れ敬恭の切なるを表すなり。呉子曰く、備うる者は、門を出づるより、敵を見るが如し、と。是れ備えざる無きの謂いなり。)外に出でては即ち内を忘るべし。(已上は行法を言うなり。)往けば則ち前法の如し。(前章に出ず。)座しては則ち威儀を正し、用具を佩び、常に不虞の戒めを忘れず。(已上は座法を言うなり。)臥しては則ち尸せず、(論語に曰く、寝ぬるに尸せず、と。朱子曰く、尸とは偃臥して死人に似たるを謂う、と。)傍らに利器を離さず、夜戒を厳にす。(前章に出ず)皆人に先んじて其の労を為すべし。(已上は臥法を言うなり。)凡そ士為るの道は、行住及び座臥、暫くも心を放てば、則ち必ず変に臨みて常を失う。一生の恪勤、一事に於いて闕滅すべし。変の至るや、知るべからず。則ち豈に怠るべけんや。礼記に曰く、(冠義篇に出ず)凡そ人の人たる所以の者は、礼義なり。礼義の始めは、容体を正し、顔色を斉え、辞令を順にするに在り。容体正しく、顔色斉い、辞令順にして、後に礼義備わる、と。
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『武家小学』・出仕と朋友の道一君に仕て勤る事は。何事も我分限を越て事をせず。其位の序に從て專忠節忠功を守り。堅く我が役義を勤べし。貴人老人は。皆我が父兄のごとくに思ふて尊敬し。萬事身を謙退して爭はず。朋友の交は文學に益あるべき人々を友として常ゝ道を議論し我不足の助となさば。道益明にして德日々に進べし。尤文道知辨の人。武士道正義の理に達したる人へは。常に交を厚して其道を明らむべし。凡朋友の交は。能信有て僞らず。常に士の正義を思ふて憚るべからず。是友と交を全するの道なり。
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『武家小学』・三つの容体を慎む一凡士たるの道は行住座臥共に。暫も武の業を忘て放心する時は。必變に臨て常の心懸を失ひ。一生涯士の道を行ひ遂んとする格勤も。只一事に闕滅て本意を失ふべし。變の出るは何時も計りがたき事なれば。平日怠る事なかれ。禮記にも凡人の人たるわけは禮義有ゆゑなり。禮義の初は容體を正し。顏色をとゝのへ。辭令を順にするに有。容體正しく。顏色をとゝのひ。辭も順にして而後に禮義備るといへり。士としては行住座臥共に。此三つを愼むべし。
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