武家家訓集 / 朝倉敏景十七箇条第八条
一朝倉名字中を初、年の始の出仕、表着可爲布子候、幷各同名定紋を付させらるべく候、分限有とて、衣裳を結構せられ候者、國の端々の侍、色を好み、ふきつゝきたる所へ、此躰にては出にくきなどとて、構虛病、一年不出、二年出仕不致ば、後には朝倉前に伺公の者可被少候事、
新字:一朝倉名字中を初、年の始の出仕、表着可為布子候、幷各同名定紋を付させらるべく候、分限有とて、衣裳を結構せられ候者、国の端々の侍、色を好み、ふきつゝきたる所へ、此体にては出にくきなどとて、構虚病、一年不出、二年出仕不致ば、後には朝倉前に伺公の者可被少候事、
書き下し
一、朝倉名字中を初め、年の始の出仕、表着は布子たるべく候。幷びに各同名、定紋を付けさせらるべく候。分限有りとて、衣裳を結構せられ候はば、國の端々の侍、色を好み、ふきつゝきたる所へ、此の體にては出でにくきなどとて、虛病を構へ、一年出でず、二年出仕致さずば、後には朝倉の前に伺公の者少なかるべく候事、
現代語訳
朝倉の名字の者をはじめ、年始の出仕には、表着は木綿の布子とすること。また、それぞれ同名の者は、定紋を付けさせること。資力があるからといって衣装を立派に整えると、国の端々の侍は、華やかさを好む派手な装いが続く場へ、この身なりでは出にくいなどといって仮病を使い、一年出仕せず、二年出仕しなければ、のちには朝倉の前に伺候する者が少なくなるだろう。
解説
第八条は、年始の出仕には朝倉の一族をはじめ布子の表着を着て、同名の者には定紋を付けさせるよう定めます。理由は後半にあり、資力があるからと豪華な衣装を着ると、遠国の侍が「その身なりでは出にくい」と仮病を使い、一年二年と出仕せず、ついには朝倉の前に伺候する者が減る、と見通しています。服装の統一は倹約であると同時に、資力の差で出仕に気後れする者を出さない配慮でもあります。現代の職場でも、服装や会食の格式、持ち物の競い合いが、経済的に余裕のない人や遠方の人を遠ざける場合があります。集まりの敷居を上げていないかを点検する条です。
この章句が説くこと
服装の統一参加しやすさ見栄倹約出仕武家家訓集
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