武家家訓集 / 朝倉敏景十七箇条第九条
一家中諸奉公人の內、假令不器量無朝榜に候とも、一心健固の輩には、別して可被加愛憐候、但儒弱の族たりといふとも、容儀押立出群の者は尤可然、供使之用候之條、是亦被空捨間敷候、双方不足之輩は、介抱甚可爲無益事、
新字:一家中諸奉公人の内、仮令不器量無朝榜に候とも、一心健固の輩には、別して可被加愛憐候、但儒弱の族たりといふとも、容儀押立出群の者は尤可然、供使之用候之条、是亦被空捨間敷候、双方不足之輩は、介抱甚可為無益事、
書き下し
一、家中諸奉公人の内、假令不器量朝榜無く候とも、一心健固の輩には、別して愛憐を加へらるべく候。但し儒弱の族たりと云ふとも、容儀押し立ち出群の者は尤も然るべし。供使の用に候の條、是れ亦空しく捨てらるまじく候。双方不足の輩は、介抱甚だ無益たるべき事、
現代語訳
家中の奉公人のうち、たとえ器量が悪く、これといった取り柄(原文「朝榜」、字義は定まらない)がなくても、一心が堅く強い者には、とりわけ愛憐を加えるべきである。ただし、気の弱い者であっても、容姿や振る舞いが立派で抜きんでている者は、もっともなことである。供や使いの用に立つので、これも見捨ててはならない。両方とも不足している者は、世話をしても甚だ無益である。
解説
第九条は、家中の奉公人を見る二つの物差しを示します。見栄えや評判に恵まれなくても、一心が堅く強い者には特に目をかける。気が弱くても、容姿や振る舞いが立派で抜きんでた者は、供や使いの用に立つので捨ててはならない。どちらも欠く者には、世話をしても無益だと割り切ります。人をひとつの尺度で測らず、役立つ面を探す点が要点で、割り切りの厳しさもあります。「朝榜」の字義は本文から確定できません。現代では、頑健な実直さと、対外的な見栄えや対応力を、それぞれ職務に生かす配置の考えにつながります。
この章句が説くこと
多面的な評価適材配置実直さ愛憐奉公武家家訓集
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