武家拾要記抄録 / 序・安きに居て危うきを忘れぬ戒め序
君子安而不忘危。存而不忘亡。治而不忘亂。是以身安而國家可保也。至哉此言。當知居安不忘危士之彝也。在危用危策兵之權也。若夫飽食逸居。沈湎酒色。忘士之道。則寧得於竊位素餐之罰。如此者。碌々乎其治世。懶惰其志者乎。盡知居安所以安也。人世知樂安。則須叙倫。知恐亂。則當敬身。抑此書祕珍山本氏函底。有年於斯。都六篇。始于明倫。終于稽古。蓋嘉言立敎等巵言。在此道方策者。省略之。專論進退之可否。且擧軍旅之□機耳。是提撕有志男子之一助乎。頃欲梓行。求予一閲。卷舒涉獵。芟煩去繁。刪正寫誤以授。因請序。聊著乎梗概而已。
新字:君子安而不忘危。存而不忘亡。治而不忘乱。是以身安而国家可保也。至哉此言。当知居安不忘危士之彝也。在危用危策兵之権也。若夫飽食逸居。沈湎酒色。忘士之道。則寧得於窃位素餐之罰。如此者。碌々乎其治世。懶惰其志者乎。尽知居安所以安也。人世知楽安。則須叙倫。知恐乱。則当敬身。抑此書秘珍山本氏函底。有年於斯。都六篇。始于明倫。終于稽古。蓋嘉言立教等巵言。在此道方策者。省略之。専論進退之可否。且挙軍旅之□機耳。是提撕有志男子之一助乎。頃欲梓行。求予一閲。巻舒渉猟。芟煩去繁。刪正写誤以授。因請序。聊著乎梗概而已。
書き下し
君子は安くして危ふきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて亂るるを忘れず。是を以て身安くして國家保つべきなり。至れるかな此の言。當に知るべし、安きに居て危ふきを忘れざるは士の彝なり。危ふきに在りて危策を用ゐるは兵の權なり。夫の飽食逸居し、酒色に沈湎し、士の道を忘るるが若きは、則ち寧ろ位を竊み素餐するの罰を得ん。此くの如き者は、碌々として其れ治世に其の志を懶惰する者か。盡く安きに居る所以を知りて安きなり。人世安きを樂しむことを知れば、則ち須く倫を叙ぶべし。亂を恐るることを知れば、則ち當に身を敬むべし。抑も此の書は山本氏の函底に祕珍せられ、年有ること斯に。都て六篇。明倫に始まり、稽古に終はる。蓋し嘉言立敎等の巵言は、此の道の方策に在る者なれば、之を省略す。專ら進退の可否を論じ、且つ軍旅の□機を擧ぐるのみ。是れ有志の男子を提撕するの一助ならんか。頃ろ梓行せんと欲し、予に一閲を求む。卷舒して涉獵し、煩を芟り繁を去り、寫誤を刪正して以て授く。因りて序を請ふ。聊か梗概を著すのみ。
現代語訳
君子は安らかなときにも危うさを忘れず、存続しているときにも滅びを忘れず、治まっているときにも乱れを忘れません。だからこそ身は安らかで、国家も保てるのです。まことに至言です。安らかな中にあって危うさを忘れないのは士の常の道であり、危うい中にあって策を用いるのは兵の臨機の働きであると知るべきです。ところが、飽きるほど食べ、安逸に暮らし、酒色に溺れ、士の道を忘れるような者は、むしろ地位を盗み、働かずに禄を食む罰を受けるでしょう。そのような者は、凡庸なまま、治まった世でその志を怠けている者でしょうか。安らかに暮らせる理由をすべて知ってこそ安らかなのです。世の人が安らぎを楽しむことを知るなら、人の道(倫)を整えるべきであり、乱れを恐れることを知るなら、わが身を慎むべきです。さてこの書は山本氏の箱の底に秘蔵され、長い年月を経ました。全部で六篇、明倫に始まり稽古に終わります。思うに、嘉言や立教などの雑多な言葉は、この道の方策にあたるものなので省略しました。もっぱら進退の可否を論じ、また軍事の(底本で判読できない字)機を挙げるだけです。これは志ある男子を導き励ます助けとなるでしょうか。このたび出版しようとして、私に一読を求められました。広げては巻き、広く目を通し、煩雑な部分を刈り込み、書き写しの誤りを削り正してお渡ししました。そこで序を請われ、いささかあらましを記すのみです。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
-
『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
-
言志四録・言志後録 第百八十一条 凶歉に予め備ふ五穀の豊歉も、亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒有り、六十年前後に必ず大凶歉有り。較遅速有りと雖も、竟に免るる能はず。之が為に予め備へざるべけんや。(癸巳春季筆す)
-
『春秋左氏伝』成公九年 備へ無きかな冬十一月、楚の子重陳より莒を伐ち、渠丘を圍む。渠丘城惡し。眾潰えて、莒に奔る。戊申、楚渠丘に入る。莒人楚の公子平を囚ふ。楚人曰く、「殺す勿かれ。吾而の俘を歸さん」と。莒人之を殺す。楚の師莒を圍む。莒の城も亦た惡し。庚申、莒潰ゆ。楚遂に鄆に入る。莒備へ無きが故なり。君子曰く、「陋を恃みて備へざるは、罪の大なる者なり。不虞に備豫するは、善の大なる者なり。莒其の陋を恃みて、城郭を脩めず。浹辰の間にして、楚其の三都に克つ。備へ無きかな。詩に曰く、『絲麻有りと雖も、菅蒯を棄つる無かれ。姬姜有りと雖も、蕉萃を棄つる無かれ。凡百の君子、匱しきに代はらざる莫し』と。備への以て已むべからざるを言ふなり」と。秦人・白狄晉を伐つ。諸侯貳するが故なり。鄭人許を圍む。晉に君を急がざるを示すなり。是れ則ち公孫申之を謀りて曰く、「我師を出だして以て許を圍み、將に君を改め立てんとする者の為にして、而して晉の使を紓べば、晉必ず君を歸さん」と。中城に城く。時を書するなり。十二月、楚子公子辰をして晉に如かしむ。鍾儀の使に報い、好を修め成を結ばんことを請ふ。
-
『春秋左氏伝』昭公十八年 小国、守りを忘るれば危うし七月、鄭の子產火の故の為に、大いに社を為(つく)り、四方に祓禳して、火災を振除す。禮なり。乃ち兵を簡(えら)びて大いに蒐す。將に蒐の為に除(はら)はんとす。子大叔の廟は道の南に在り、其の寢は道の北に在り。其の庭小なり。期を過ぐること三日なり。除徒をして道の南、廟の北に陳せしめて曰く、「子產女(なんぢ)を過ぎて、速やかに除けと命ぜば、乃ち而(なんぢ)が鄉(む)かふ所に毀て」と。子產朝す。過ぎて之を怒る。除く者南に毀つ。子產衝に及び、從者をして之を止めしめて曰く、「北方を毀て」と。火の作るや、子產兵を授けて陴に登らしむ。子大叔曰く、「晉乃ち討ずること無からんや」と。子產曰く、「吾之を聞く、小國守を忘るれば則ち危うし、と。況んや災有るをや。國の小とす可からざるは、備へ有るが故なり」と。既にして晉の邊吏鄭を讓(せ)めて曰く、「鄭國災有り。晉君・大夫敢へて寧居せず、卜筮走望して、牲玉を愛しまず。鄭の災有るは、寡君の憂ひなり。今執事撊然として兵を授けて陴に登らしむ。將に誰を以て罪せんとする」と。
-
『文武訓』武訓下一天下太平なれども、武をわするればあやふし。故に治世にも乱を忘れず、武事をまなぶべし。無事なる時武をならはば、後悔なかるべし。遠き慮なければ、必ず近きうれへあり。乱にのぞみて兵をならふは、渇にのぞんで井を掘るがごとし。