武事提要 / 武敎之問答・大場に出てこそ分かる己の不足
答云、邊鄙遠境には其志の人有之といへども、其事業悉く邊鄙にして其者より能者すくなし、因之人以て稱之、故に我より上、我より達人無之と心に思極し也、然れども都へ押出し大塲にて是をくらべ是を試るときは、其病其失其功の不足所悉顯也、これにより其人の志も屆するもの也、其形も自からかじけをとろふる也、たとへば手跡文章にいたるまで同道理なり、麁筆蹂文のものにても麁相なる紙又反古の端等にかゝせずんば、文言も聞事手跡も能ほどに見ゆる也、能紙能筆をあたへ書改とき、文言の失筆跡の不正事明にして其失其病顯、工夫書覺自問自答の類までも、密に記みれば餘程可然に似たりといへども、押出顯ときは初善と思極とも皆不可然成行ものなり、是皆大塲入中に押出し其事の成と不成と明なる證據なり、たとへ城取、備立、陣取、行列等も麁紙麁圖麁筆にしては其實不知ものなり、此故に武變塲數も、邊土遠境の勇功は莫大の功ありても、其所にては稱之といへども、都人曾て是を不論なり、合戰も天下分目の合戰、又は名將良將の弓矢を證とする也、是田舍藝田舍武邊と塲中の事一用ならざること如此也、十八問云、名將勇士たりとも、邊鄙の人を不用證ありや、
新字:答云、辺鄙遠境には其志の人有之といへども、其事業悉く辺鄙にして其者より能者すくなし、因之人以て称之、故に我より上、我より達人無之と心に思極し也、然れども都へ押出し大塲にて是をくらべ是を試るときは、其病其失其功の不足所悉顕也、これにより其人の志も届するもの也、其形も自からかじけをとろふる也、たとへば手跡文章にいたるまで同道理なり、麁筆蹂文のものにても麁相なる紙又反古の端等にかゝせずんば、文言も聞事手跡も能ほどに見ゆる也、能紙能筆をあたへ書改とき、文言の失筆跡の不正事明にして其失其病顕、工夫書覚自問自答の類までも、密に記みれば余程可然に似たりといへども、押出顕ときは初善と思極とも皆不可然成行ものなり、是皆大塲入中に押出し其事の成と不成と明なる証拠なり、たとへ城取、備立、陣取、行列等も麁紙麁図麁筆にしては其実不知ものなり、此故に武変塲数も、辺土遠境の勇功は莫大の功ありても、其所にては称之といへども、都人曽て是を不論なり、合戦も天下分目の合戦、又は名将良将の弓矢を証とする也、是田舎芸田舎武辺と塲中の事一用ならざること如此也、十八問云、名将勇士たりとも、辺鄙の人を不用証ありや、
書き下し
答云、邊鄙遠境には其志の人有之といへども、其事業悉く邊鄙にして其者より能者すくなし、因之人以て稱之、故に我より上、我より達人無之と心に思極し也、然れども都へ押出し大塲にて是をくらべ是を試るときは、其病其失其功の不足所悉顯也、これにより其人の志も屆するもの也、其形も自からかじけをとろふる也、たとへば手跡文章にいたるまで同道理なり、麁筆蹂文のものにても麁相なる紙又反古の端等にかゝせずんば、文言も聞事手跡も能ほどに見ゆる也、能紙能筆をあたへ書改とき、文言の失筆跡の不正事明にして其失其病顯、工夫書覺自問自答の類までも、密に記みれば餘程可然に似たりといへども、押出顯ときは初善と思極とも皆不可然成行ものなり、是皆大塲入中に押出し其事の成と不成と明なる證據なり、たとへ城取、備立、陣取、行列等も麁紙麁圖麁筆にしては其實不知ものなり、此故に武變塲數も、邊土遠境の勇功は莫大の功ありても、其所にては稱之といへども、都人曾て是を不論なり、合戰も天下分目の合戰、又は名將良將の弓矢を證とする也、是田舍藝田舍武邊と塲中の事一用ならざること如此也、十八問云、名將勇士たりとも、邊鄙の人を不用證ありや、
現代語訳
答えて言います。辺鄙な遠境にも志のある人はいますが、その事業はことごとく辺鄙のもので、その者より優れた者が少ないのです。そのため人がこれを称え、それゆえ自分より上、自分より達人はいないと心に思い極めます。しかし都へ押し出し、大場でこれを比べ、これを試すときは、その病、その失、その功の不足がことごとく顕れます。これによって、その人の志もそこで行き当たるのです。その形も自ずと縮み衰えます。たとえば、手跡や文章に至るまで同じ道理です。粗い筆づかいの者でも、粗末な紙や反古の端などに書かせなければ、文言も手跡もほどよく見えます。良い紙・良い筆を与えて書き改めるときは、文言の失、筆跡の不正が明らかになり、その失、その病が顕れます。工夫して書き覚えたり自問自答したりしたものまで、密かに記してみればよほどよいように思えても、押し出し顕れるときは、初め善と思い極めたものも、みな不可になっていくものです。これはみな大場に入り押し出して、その事が成るか成らないかが明らかになる証拠です。たとえ城取り、備立て、陣取り、行列などでも、粗い紙、粗い図、粗い筆では、その実を知ることができません。このため武辺の場数も、辺土遠境の勇功は莫大な功があっても、その所では称えられますが、都の人はまったく論じません。合戦も天下分け目の合戦、または名将・良将の弓矢を証とするのです。これは田舎芸・田舎武辺と、場中の事が一用ならないこと、このとおりです。十八の問い。名将・勇士であっても、辺鄙の人を用いない証拠はありますか。
解説

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