武道初心集 / 文雅二
然れ共萬事を拋ち。歌學のみを專らと致す時は。いつとなく心も貌もなま和らかに。公家侍を見る樣になりて。武士の風俗を取失ふものにて候。就中今時世にもてはやし候俳諧など。數寄過候へば。隔意がましき傍輩の出會に於ても。やゝもすれば。輕口出來口秀句などを申し。當分は一座の興にも成り候へ共。武士たる者は愼むべき事に候。儲て茶の湯の義も。京都將軍家の時代より。專ら武家の玩びとなり候へば。たとひ我が手前にてこそ數寄を致さずとも。人の許へ招れ。或は貴人高位の御相伴などにも。參る間敷に非ず。左樣の刻。路次入數寄屋入の次第。所々の飾り置合せの見樣。或は料理の給樣。茶の飮樣にも。種々の心得有之由なれば。茶道方に於て指南を受。少しは學び置可然候。其上數寄屋の義は。世間の富貴榮耀を離れ。幽居閑栖の境界を樂しむを以て。いか程繁榮の地。又は官家の內たり共。庭には山林溪谷の風景を寫し。竹の椽。皮付の柱。苅ふける軒端。下地窓。篠すだれ。猿戶しをり戶等の。侘たる粧ひを宗と仕り。其外茶具會席の具に至るまで。美麗を好まず。專ら塵世を厭ひ避けて。
新字:然れ共万事を抛ち。歌学のみを専らと致す時は。いつとなく心も貌もなま和らかに。公家侍を見る様になりて。武士の風俗を取失ふものにて候。就中今時世にもてはやし候俳諧など。数寄過候へば。隔意がましき傍輩の出会に於ても。やゝもすれば。軽口出来口秀句などを申し。当分は一座の興にも成り候へ共。武士たる者は慎むべき事に候。儲て茶の湯の義も。京都将軍家の時代より。専ら武家の玩びとなり候へば。たとひ我が手前にてこそ数寄を致さずとも。人の許へ招れ。或は貴人高位の御相伴などにも。参る間敷に非ず。左様の刻。路次入数寄屋入の次第。所々の飾り置合せの見様。或は料理の給様。茶の飲様にも。種々の心得有之由なれば。茶道方に於て指南を受。少しは学び置可然候。其上数寄屋の義は。世間の富貴栄耀を離れ。幽居閑栖の境界を楽しむを以て。いか程繁栄の地。又は官家の内たり共。庭には山林渓谷の風景を写し。竹の椽。皮付の柱。苅ふける軒端。下地窓。篠すだれ。猿戸しをり戸等の。侘たる粧ひを宗と仕り。其外茶具会席の具に至るまで。美麗を好まず。専ら塵世を厭ひ避けて。
書き下し
然れ共萬事を拋ち。歌學のみを專らと致す時は。いつとなく心も貌もなま和らかに。公家侍を見る樣になりて。武士の風俗を取失ふものにて候。就中今時世にもてはやし候俳諧など。數寄過候へば。隔意がましき傍輩の出會に於ても。やゝもすれば。輕口出來口秀句などを申し。當分は一座の興にも成り候へ共。武士たる者は愼むべき事に候。儲て茶の湯の義も。京都將軍家の時代より。專ら武家の玩びとなり候へば。たとひ我が手前にてこそ數寄を致さずとも。人の許へ招れ。或は貴人高位の御相伴などにも。參る間敷に非ず。左樣の刻。路次入數寄屋入の次第。所々の飾り置合せの見樣。或は料理の給樣。茶の飮樣にも。種々の心得有之由なれば。茶道方に於て指南を受。少しは學び置可然候。其上數寄屋の義は。世間の富貴榮耀を離れ。幽居閑栖の境界を樂しむを以て。いか程繁榮の地。又は官家の內たり共。庭には山林溪谷の風景を寫し。竹の椽。皮付の柱。苅ふける軒端。下地窓。篠すだれ。猿戶しをり戶等の。侘たる粧ひを宗と仕り。其外茶具會席の具に至るまで。美麗を好まず。專ら塵世を厭ひ避けて。
現代語訳
しかし、万事を放り出して歌学ばかりを専らにすると、いつとはなしに心も顔つきもなまやさしくなり、公家侍を見るようになって、武士の風俗を取り失うものです。なかでも、近ごろ流行している俳諧などは、あまりに好みすぎると、隔意のある同僚との出会いの席でも、とかく軽口や出来口、秀句などを言い、当座は一座の興にもなりますが、武士たる者は慎むべきことです。また、茶の湯のことも、京都の将軍家の時代から、もっぱら武家の楽しみとなりましたから、たとえ自分の家で数寄をしなくても、人の家に招かれ、あるいは貴人高位のお相伴などに参らないとも限りません。そのようなとき、路地入り・数寄屋入りの次第、所々の飾り・置き合わせの見方、あるいは料理のいただき方、茶の飲み方にも、さまざまな心得があるということなので、茶道方に指南を受け、少しは学んでおくのがよいでしょう。そのうえ、数寄屋のことは、世間の富貴栄耀を離れ、幽居閑栖の境地を楽しむことをもって、どれほど繁栄の地や、官家の内であっても、庭には山林渓谷の風景を写し、竹の縁、皮付きの柱、刈り葺きの軒端、下地窓、篠すだれ、猿戸、しおり戸などの侘びた装いを旨とし、そのほか茶具・会席の道具にいたるまで、美麗を好まず、もっぱら塵世を厭い避けて、
解説
この章句が説くこと
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『武道初心集』文雅(三)偏へに清閑自然の象を樂しむを以て。本意と仕り候へば。武士道の氣味を甘なふ爲の。助け共可罷成樣にも被存候。然ればたとひ茶たつる所をしつらひ候共。新筆の掛物。今燒の茶入茶碗。土罐子等の輕き茶具を用ひて。侘茶の湯を樂むほどの義は。惡しきにあらず候。然れ共萬事輕きが重くはなり易く。程なく奢が付て。人の所持致す芦屋の釜を見ては。手前の土釜がいやになり。それにつれて一切の茶具共に。次第に好ものを欲しくなり。いつしか掘出しの心懸となり。目利を仕習ひ。價少なにて。宜しき道具を取出す分別を仕り。或は人の許に。何ぞしほらしき物もあれば。平所望を仕り。又は道具替などに致すとても。我が方へ德を取る分別を專一と仕り。悉皆とり賣中買など申す。町人の意地に均しき樣子にて。武士道の正義を取失ひ。大きに惡しき人柄と罷成候。左樣の數奇者とならむよりは。一向茶道不案內にて。濃茶とやらんはいか樣に飮といふを。存ぜぬ程の不調法にても。それは武士道の抑へには成らぬ事に候。初心の武士心得のため仍如件。おろかなる筆のすさみも直かれと子をおもふ親のかたみとは見よ
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『武道初心集』文雅(一)武士道は。剛強の意地あるを第一と仕るは。勿論の義に候得共。片向に强さ計りにては。何とやらん農人上りの武士を見る樣にて不可然候。學問は勿論。其餘暇には。歌學。茶の湯など。少しづゝは相心得罷在度事にて候。先學問無之候ては。古今の道理を辨へ可申樣無之に付。其身何ほど世智賢くさし當り利發にても。事に臨み差支多きものに候。異國本朝の義を粗々覺悟いたし。時と所と位との三つをよく考へ合せて。其宜さに隨ひ。事を取計らひ候へば。物に致し毀ひと申義は。左のみ無之ものに候。爰を以て學問は勿論とは申にて候。但し心得惡しく候へば。大方は我慢になり。無學文盲なる者をば。目八分に見こなし。其上異國最負をいたし。何もかも唐流を善と心得。たとひ道理は善にもせよ。本朝の今時には。用ひ難さといふ勘辨もなく。片情を張りて物を申す樣なるは。散々の事に候。爰を分別致して學問尤に候。次に歌學の義は。和朝の風俗にして。古今の名將勇士の中に。歌道の達人も有之候。然れば小身の武士たりとも。歌道に立入。折にふれたる腰折の一首も。綴り候程にはあり度事に候。
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『武道初心集』擇友奉公仕る武士は。多き傍輩の中にても。勇氣有りて義理を正す事を好み。智惠才覺有りて口をきく武士とは。日比入魂致し。內外心安く申合する義尤に候。右樣の武士は。左のみ澤山には無之ものに候へば。壹人にても。自余の友達幾人にも懸合ひ。何事ぞ有之時は。大きに便りと罷成物にて候。總じて武士の友達をゑらぶ事なく。彼とも是とも狎れ睦び。飮食の交りを致し。出入を繁く仕るは宜しからず候。子細を申すに。武士の入魂を仕るは。互の心根をも見屆け。見とゞけられてこそ。念比には可罷成を。當分出會て面白きぞ。合口なるぞと申す迄にて。心易だてを仕り。武士の出會の樣にも無之。不禮不作法のみを盡し。手足をもたせあひて。小歌淨瑠璃にて夜を明し。うぬがわがと挨拶よきかと思へば。假初の事を中しつのりて不通義絶を致し。誰有りて中をなほす者の無さにも。頓て又中のなほり候など。一つとして踏詰たる意地の無之は。貌は武士にても。心は夫人足に等しき樣子にて。耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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