武道初心集 / 備武二
然れば深く恥恐れて武備の心掛油斷有可らず。是に付心得有之候。小身の武士。着料の具足新たに威し立可申とならば。譬ば黄金三枚を以て。一領の具足を調る覺悟ならば。其內三分二を甲冑の代に心當。殘る金子にては。肌着。股引。上着。下袴。上帶。下帶。陣羽織。鞭。扇。或は腰桶。腰苞。面桶。打懸。水筒。水飮などまでも。一騎前の諸色不足なく。具足と一同に。支度仕る義肝要に候。扨又其身年若く。力量勝れたり共。鐵厚なる重具足。大差物。大立物などをば遠慮尤に候。子細を申すに。若盛りの力量に合せて。調置たる具足は。年寄候ての用に不立。其上如何に年若く候ても。陣中に於て病氣か。又手疵など負ひては。假令薄鐵の具足たり共。肩を引し。苦勞になるは定り事に候。爰を以て重具足を無用とは申すにて候。次に大指物大立物の義も。若き時分より。陣毎に是を用ひ。世間の人に見知られたる上にては。其身年寄苦勞になればとて。指止がたきものに候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:然れば深く恥恐れて武備の心掛油断有可らず。是に付心得有之候。小身の武士。着料の具足新たに威し立可申とならば。譬ば黄金三枚を以て。一領の具足を調る覚悟ならば。其内三分二を甲冑の代に心当。残る金子にては。肌着。股引。上着。下袴。上帯。下帯。陣羽織。鞭。扇。或は腰桶。腰苞。面桶。打懸。水筒。水飲などまでも。一騎前の諸色不足なく。具足と一同に。支度仕る義肝要に候。扨又其身年若く。力量勝れたり共。鉄厚なる重具足。大差物。大立物などをば遠慮尤に候。子細を申すに。若盛りの力量に合せて。調置たる具足は。年寄候ての用に不立。其上如何に年若く候ても。陣中に於て病気か。又手疵など負ひては。仮令薄鉄の具足たり共。肩を引し。苦労になるは定り事に候。爰を以て重具足を無用とは申すにて候。次に大指物大立物の義も。若き時分より。陣毎に是を用ひ。世間の人に見知られたる上にては。其身年寄苦労になればとて。指止がたきものに候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
然れば深く恥恐れて武備の心掛油斷有可らず。是に付心得有之候。小身の武士。着料の具足新たに威し立可申とならば。譬ば黄金三枚を以て。一領の具足を調る覺悟ならば。其內三分二を甲冑の代に心當。殘る金子にては。肌着。股引。上着。下袴。上帶。下帶。陣羽織。鞭。扇。或は腰桶。腰苞。面桶。打懸。水筒。水飮などまでも。一騎前の諸色不足なく。具足と一同に。支度仕る義肝要に候。扨又其身年若く。力量勝れたり共。鐵厚なる重具足。大差物。大立物などをば遠慮尤に候。子細を申すに。若盛りの力量に合せて。調置たる具足は。年寄候ての用に不立。其上如何に年若く候ても。陣中に於て病氣か。又手疵など負ひては。假令薄鐵の具足たり共。肩を引し。苦勞になるは定り事に候。爰を以て重具足を無用とは申すにて候。次に大指物大立物の義も。若き時分より。陣毎に是を用ひ。世間の人に見知られたる上にては。其身年寄苦勞になればとて。指止がたきものに候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
だから、深く恥じ恐れて、武備の心がけに油断があってはなりません。これについて心得があります。小身の武士が、着用の具足を新しく仕立てようとするなら、たとえば黄金三枚で一領の具足を調える覚悟であれば、そのうち三分の二を甲冑の代に当て、残りの金子では、肌着、股引、上着、下袴、上帯、下帯、陣羽織、鞭、扇、あるいは腰桶、腰苞、面桶、打懸、水筒、水飲などまでも、一騎前の諸色が不足なく、具足と一緒に支度することが肝要です。さてまた、その身が年若く力量が優れていても、鉄の厚い重具足、大指物、大立物などは遠慮するのがもっともです。その訳は、若盛りの力量に合わせて調えておいた具足は、年を取ってからは役に立たないからです。そのうえ、いかに年若くても、陣中で病気をしたり、また手傷を負ったりすれば、たとえ薄鉄の具足であっても肩が引け、苦労になるのは決まったことです。このことから、重具足は無用と申すのです。次に、大指物・大立物のことも、若いころから陣ごとにこれを用い、世間の人に見知られたうえでは、その身が年寄って苦労になるからといって、やめにくいものです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』從僕著具小身なる武士は。不慮の變有之刻も。人多く召連候義無之ゆゑ。鎗壹本より外には。持する義成らず候。もし其鎗折損じ候に於ては。持鎗に事を欠は定り事に候。去るに依て。兼て袋鎗の身を支度仕り。柄には竹を仕すげ候てなり共。當用の間に合せ候心掛尤に候。且又少々疵有之候ても。作り丈夫にして。寸の延たる刀を用意して。下人共にさゝせ。若黨には胴丸鉢鐵。小者中間には胸懸。鉢卷。又は鐵笠など。輕き身の圍ひを致して取らせ候は。小身武士の心掛共可申候。扨又太刀打の勝負を遂るには。具足冑の上といふ見合も無之候へば。大方は刀を打折。指替に事を欠事も無くては不叶候。去るに依て。我が指替の刀を若黨にさゝせ。若黨の刀を草履取。又は馬の口取などにさゝせて召連尤に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』備武(一)奉公を勤る武士は。分限相應に。武具兵具を貯へずしては不叶候。就中其家々の軍法有之。兼々主君より定め置るゝ家中一同の番指物。同じく面々の出子。或は冑の前立。鎗印。袖印。小荷駄印など申す。合印に於ては。油斷なく支度尤に候。其期に臨み俄に支度候ては。日比の油斷も顯はれ。人の下墨も如何に候。合印を疎略に致して。味方討に逢たる者は。討れ損たるべき旨。武家の古法に相見ゑ候。然れば油斷可仕樣としては無之候。たとへば我召仕のものに。人を斬る用が無きとて。刀脇指の身を木竹に致し。尻をからぐる用が無きとて。肌帶をかゝずして罷在樣なる。不心掛者有之ば。其通りに致しては指置がたき道理に候。況や一騎前を勤る武士。似合の祿を受て居ながら軍役の勤めの。成るぞ成らぬぞといふ了簡もなく。如何に靜謐の時代なればとて持ずして叶はざる。武具兵具の用意に不足するは。右に申す刀脇差の身に木竹を用ひ。下帶をかゝぬ若黨仲間には。百双倍も優りたる不心掛者と可申候。
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『武道初心集』奉公(二)來る幾日には必ず出馬と申合せ定り候ては。もはや延も縮もならざるに付。不足たらだらながらも出勢なくては不叶候。靜謐の時代には。我も人も能見物と心得市屋町屋を借りふさげ。野にも山にも立わだり。貴賤目晒しの武者押は。形のごとくの晴事なるに。家中の人馬出立共に。諸手に劣りて見苦しき樣子ならば。主君大將の御身に取て。御一生の御恥辱是に過ず。此一大事を以て考へ候時は。家中大小の諸士。新參古參に限らず拜領し罷在知行切符の內。分に相應に差上ずしては叶はず候。然れば物成減少の年限の內は。隨分簡略仕り。人馬をも減し。冬は紙子木綿の衣類。夏は布かたびらを着し。朝夕は黑米飯。糠味噌汁と分別を極め。自身は水を汲薪をさき。妻子に飯饗せ力に稱ふ程は難義苦勞を致し。何卒主君の御用途を整へさせまゐらせ度と一筋に存じ入候は。奉公の本意たるべく候。且又右の通り艱難を仕り罷在年限の內たり共。何ぞ臨時の御用を承り。非常の物入ある事も有べく候。左樣の砌りは。自身の指替。女房の手箱を質物に入ても。其償ひを致し。金銀拜借などを此方よりは願ふべからず候。子細を申すに。たとひ主君の御耳にこそ入らず共。家老年寄中の下墨にも。物成減少にあひたるを下心に含み。武士に似合ざるねだり言を申と思はれては。重ねて口もきかれずとのたしなみに候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』儉畜(一)奉公仕る武士は。大身小身に限らず。常に儉約を用ゐて。隨分勝手をすり切不申分別尤に候。但し知行高を取武士の義は。たとひ一度勝手をすり切候ても。早く思案を致しかへて。爰をつめ彼所をちゞめ。諸事に氣を付て簡畧をさへ致候へば。程なく勝手を取直し申義も罷成候は。身上に餘計あるを以ての義に候。小身にて大身の眞似を致し。無用の義に物を入れ。勝手を仕損じ候ては。身上の餘計無之に付。萬事跡ひけになり。何程簡略致し候ても補ひ兼。後々は跡へも先へも行兼る。大すり切と罷成るは必定に候。人々勝手に成るぞ成らぬぞとは申すは內證の義にて。奉公を致す身には。傍輩一列の格合有之。止事を得ざる物入もなくては叶はず。左樣の刻み爲方なければ。種々の才覺手段に及び。云まじき事をもいひ。仕間敷事をも仕りて。生れも付ざる不律義もの。大はつ者の名取を仕るも。畢竟不勝手より起る過失に候。爰を以て前かたより其覺悟を定め。
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『武道初心集』謹慎主君の御定紋の付たる御小袖。又は上下など拜領致し候ものは。御紋付の小袖を着用の時は。自分の紋付の上下を着し。御紋付の上下を着し候はゞ。小袖は定めて自分の紋付を着し候心得尤に候。然るに小袖も上下も一様に。御紋付を着し候ては。主君の御親類方に均しき樣子なれば。主君へ對し奉り慮外に候。右拜領の小袖上下。克く成て着用ならぬ時は。御紋所は切拔て燒捨可申候。御紋を汚すまじとの愼しみに候。扨又近所に罷在傍輩の中に。重き病人。又は憂事など有之においては。たとひ其者と心易からぬ挨拶たり共。高笑音曲等堅く相愼しみ。妻子召使などへも其段急度可申付事に候。其者のおもはくばかりにも無之。不遠慮もの不作法者と諸傍輩の下墨を懸ての愼しみに候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』陣代(二)先づ二三年の間は。其方相勤め候樣になど。被仰付有まじきに非ず。たとひ如何樣の重き仰せあり共。達て御理り申上。儲願の通りと有之時は。其初調べ置たる帳面を以て。先代の諸道具不殘引渡し。其身陣代を勤め罷在內に。調義致したる諸色の內にも。讓り與へて可然品あらば。是をも帳面に記して相渡し尤に候。且又右の通り家督被仰付刻。たとへば五百石本高の內三百石を甥に賜り。殘る二百石をば。數年陣代仕りたれば。其方へ被下置など被仰出義も可有之。左樣の節は。難有仕合身に餘り奉存候得共。本家の知行高減じ候段。迷惑に存候間。何分にも兄が舊知相違なく甥に仰付られ。私義は御暇被下置候樣にと。願立可申候。右の如く候てこそ陣代勤めたる武士の本意たるべきに。もはや初陣を勤る程の年來に成たる甥に。家督を渡さず。或は家督を渡し候ても。我が陣代を勤る內に。讓りの諸道具悉く紛失致し。家居さへ住荒したるまゝ。修復も致さず。剩へ兄が讓らざる借金買掛りを仕て是を引渡し。猶其上に扶持米。合力金などのねだり言を申て。若輩なる甥の臑をかぢる分別を仕るは。不埒の至りと可申候。初心の武士心得のため仍如件。
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