武道初心集 / 禮敬二
其外主君の御噂に懸りたる義を耳に聞くか又は我が口より詞に出す時は。寢ころび居ても起上り。平座に居ても居直る類をこそ。武士道と申べけれ。然るを主君の御座の方と存じながらも。臑をさし向け。臥りて居ながら。主君の御噂を申出。或は親の自筆の手紙を得ても。戴きて見る心付もなく。大膝を組て居ながらも。臥りながらも。披見を遂げ。側らへ投ほふり。或は引裂て煙管行燈の掃除を致す類ひ。皆後聞き所存に候。左樣なる心立の者は。他所他門の者に。出會ては主人の家の宜しからざる義を。かぞへあげて演說仕り。或は一向の他人にても。我に念比らしく言てくれる者さへあれば。是を悅び。親兄弟の惡しき噂をも。包まず泄さず語り出で。嘲り誹謗仕るものに候。去るに依て。いつぞの程には。主親の罰を蒙り。何ぞ大なる禍に出會。武士の冥理に盡たる死を致すか。たとひ生ても。生甲斐なき風情となり果るか。如何樣すなほにて生涯を送る儀は。決して無之道理に候。昔し慶長の頃福島左衞門大夫政則の足輕大將。可兒才藏と申す武勇の士有之。
新字:其外主君の御噂に懸りたる義を耳に聞くか又は我が口より詞に出す時は。寝ころび居ても起上り。平座に居ても居直る類をこそ。武士道と申べけれ。然るを主君の御座の方と存じながらも。臑をさし向け。臥りて居ながら。主君の御噂を申出。或は親の自筆の手紙を得ても。戴きて見る心付もなく。大膝を組て居ながらも。臥りながらも。披見を遂げ。側らへ投ほふり。或は引裂て煙管行灯の掃除を致す類ひ。皆後聞き所存に候。左様なる心立の者は。他所他門の者に。出会ては主人の家の宜しからざる義を。かぞへあげて演説仕り。或は一向の他人にても。我に念比らしく言てくれる者さへあれば。是を悦び。親兄弟の悪しき噂をも。包まず泄さず語り出で。嘲り誹謗仕るものに候。去るに依て。いつぞの程には。主親の罰を蒙り。何ぞ大なる禍に出会。武士の冥理に尽たる死を致すか。たとひ生ても。生甲斐なき風情となり果るか。如何様すなほにて生涯を送る儀は。決して無之道理に候。昔し慶長の頃福島左衛門大夫政則の足軽大将。可児才蔵と申す武勇の士有之。
書き下し
其外主君の御噂に懸りたる義を耳に聞くか又は我が口より詞に出す時は。寢ころび居ても起上り。平座に居ても居直る類をこそ。武士道と申べけれ。然るを主君の御座の方と存じながらも。臑をさし向け。臥りて居ながら。主君の御噂を申出。或は親の自筆の手紙を得ても。戴きて見る心付もなく。大膝を組て居ながらも。臥りながらも。披見を遂げ。側らへ投ほふり。或は引裂て煙管行燈の掃除を致す類ひ。皆後聞き所存に候。左樣なる心立の者は。他所他門の者に。出會ては主人の家の宜しからざる義を。かぞへあげて演說仕り。或は一向の他人にても。我に念比らしく言てくれる者さへあれば。是を悅び。親兄弟の惡しき噂をも。包まず泄さず語り出で。嘲り誹謗仕るものに候。去るに依て。いつぞの程には。主親の罰を蒙り。何ぞ大なる禍に出會。武士の冥理に盡たる死を致すか。たとひ生ても。生甲斐なき風情となり果るか。如何樣すなほにて生涯を送る儀は。決して無之道理に候。昔し慶長の頃福島左衞門大夫政則の足輕大將。可兒才藏と申す武勇の士有之。
現代語訳
そのほか、主君の噂にかかわることを耳にするか、自分の口から言葉に出すときは、寝そべっていても起き上がり、くつろいで座っていても居住まいを正すような態度をこそ、武士道と言うべきです。それなのに、主君の御座所の方と知りながら脛を向け、寝転がったまま主君の噂を口にしたり、あるいは親の自筆の手紙を受け取っても、押しいただいて見る心がけもなく、大あぐらをかいたまま、また寝ころんだまま読んで、かたわらに投げ捨て、あるいは引き裂いてキセルや行灯の掃除に使うような類は、みな陰口を言うような心根です。そのような心ばえの者は、他家の者に出会うと、主人の家の良くないことを数え上げて演説し、あるいはまったくの他人でも、自分に親しげに言ってくれる者さえいれば喜んで、親兄弟の悪い噂まで包み隠さず語り出して、あざけり誹謗するものです。それゆえ、いつかは主君や親の罰を受け、何か大きな災いに出会って、武士の冥利を尽くした死を迎えるか、たとえ生き延びても生きがいのない有様になり果てるでしょう。素直に生涯を送ることは、決してないという道理です。昔、慶長の頃、福島左衛門大夫正則の足軽大将に、可児才蔵という武勇の士がいました。
解説
この章句が説くこと
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『十七条憲法』第四条四に曰わく、群臣(まえつきみ)百寮(もものつかさ)、礼を以て本(もと)と為(せ)よ。其れ民を治むるの本、要(かなめ)は礼に在り。上(かみ)礼無くんば下(しも)斉(ととの)わず。下(しも)礼無くんば以て必ず罪有り。是(ここ)を以て、群臣礼有れば、位次(くらい)乱れず。百姓(ひゃくせい)礼有れば、国家(こっか)自(おのずか)ら治まる。
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『政談』內曲輪外曲輪御門番の事内曲輪にて供の者に笠を脱かする事内曲輪外曲輪の御門にては笠を脱がすへし、馬乗は片鐙を外つし、乗物は女中病人の外は戸を明くへし、箱根等の関所にてさへ辞儀有り、畢竟御城の廓門なる故礼儀斯の如くなるへし、古礼には公門に式すと云ふこと有るなり、近頃内曲輪にて供のものに日照笠をかふらせさすこと是れは聞えさること也、惣して供のものゝ日照笠をかふると云ふこと昔はなきことなり、御先々前御代に下々の炎天に頭を照らせらるゝを不憫に思召して上意あるより、承り伝へ人々炎天に笠をかふせたり、されとも屹としたる仰渡れもなけれは、二三年の間はかふらするものもあり、かふらせぬものもあり、その主人〳〵の心次第也、後は一同に風俗となりてかふせたり、されとも其主人かふれと云はされは下々もかふらす、是れ元来己か主人への礼儀にてかふらぬと云ふ事を下々も知りて斯の如し、屹としたる仰渡されなとも元来かふらぬこと故、飛越して公儀より仰渡さるゝ筋にもあらす、
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『呻吟語』内篇・應務・相忘るるの怒詈相嫌ふの敬慎は、相忘るるの怒詈に若かず。
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『酔古堂剣掃』集靈・終に泥塑の人と成る子弟の排場は、舉止有りて飛揚を謝すれば、纏頭の錦を博し難く、主賓の禦席は、廉隅を務めて蘊藉少なければ、終に泥塑の人と成る。
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孟子・離婁章句上樂正子、子敖に從いて齊に之く。樂正子、孟子に見ゆ。孟子曰く、「子も亦た來たりて我を見るか。」曰く、「先生何為れぞ此の言を出だすや。」曰く、「子來たること幾日ぞ。」曰く、「昔者なり。」曰く、「昔者ならば、則ち我、此の言を出だすも、亦た宜ならずや。」曰く、「舍館未だ定まらざればなり。」曰く、「子、之を聞けりや。舍館定まりて、然る後に長者に見ゆることを求むるか。」曰く、「克、罪有り。」 <語釈> ○「樂正子」、趙注:魯の人樂正克、孟子の弟子なり、齊の右師子敖に從う、子敖、使いして魯に之く、樂正子、之に随い、來たりて齊に之く。○「昔者」、趙注:「昔者」は往なり、數日の閒を謂う。
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『武士道』第六章 禮儀・絶えず移りゆく流行を追う愚宜なり、衣食足りて礼節を知ると謂ひ、又たヴェブレン氏が多趣味の著『有閑階級論』に於て、礼は『有閑階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人ややもすれば我が礼儀の委曲繊巧に流るるを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、にはかに其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、なお之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ、繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。
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