武道便蒙録 / 卷之二・賢と民を頼み、腹心と四肢のように用いる
故借名とあり、これみな英雄は千人萬人にすぐれたる人を、いふなるべし、又曰、夫爲國之道、恃賢與民、信賢如腹心、使民如四肢、則策無遺、いふ心は、國を治るの道は、賢德の人と、諸民との二ッを、たのむにあり、去るによつて、古へより明君賢將に、輔弼の賢臣なきはあらず、賢と民とは車の兩輪の如し、民にあらざれば、邦縣を守り、五穀を生じ、器財を出し、萬事を滿ることあたはず、賢にあらざれば、法度を立て、政令を正しくして、國を平治することあたはず、この故に賢と民とを恃といへり、信賢とは、賢智俊材の人の言をば聽信じて、これをよくうけがひ、もちゆることは、自己の腹心の如くすべし、腹心は人の躰の中にての肝要の處なるによつて、賢を用ゆることを肝要とする義なり、使民とは、衆民を使ひ用るとは我が手足の四つを使ふがごとくにするなり、四肢は、我が思ふまゝに使ひ用るもの也、而も我四肢なる故に、いたみ破らざるやうに用るなり、民を使ふも如此、恤みいたむ志を深くして、使ひ用ゆるときは、我下知する如くに、つかはるゝなり、かやうに賢を信じ、民を使ふなれば、策に遺すことなし、
新字:故借名とあり、これみな英雄は千人万人にすぐれたる人を、いふなるべし、又曰、夫為国之道、恃賢与民、信賢如腹心、使民如四肢、則策無遺、いふ心は、国を治るの道は、賢徳の人と、諸民との二ッを、たのむにあり、去るによつて、古へより明君賢将に、輔弼の賢臣なきはあらず、賢と民とは車の両輪の如し、民にあらざれば、邦県を守り、五穀を生じ、器財を出し、万事を満ることあたはず、賢にあらざれば、法度を立て、政令を正しくして、国を平治することあたはず、この故に賢と民とを恃といへり、信賢とは、賢智俊材の人の言をば聴信じて、これをよくうけがひ、もちゆることは、自己の腹心の如くすべし、腹心は人の体の中にての肝要の処なるによつて、賢を用ゆることを肝要とする義なり、使民とは、衆民を使ひ用るとは我が手足の四つを使ふがごとくにするなり、四肢は、我が思ふまゝに使ひ用るもの也、而も我四肢なる故に、いたみ破らざるやうに用るなり、民を使ふも如此、恤みいたむ志を深くして、使ひ用ゆるときは、我下知する如くに、つかはるゝなり、かやうに賢を信じ、民を使ふなれば、策に遺すことなし、
書き下し
故借名とあり、これみな英雄は千人萬人にすぐれたる人を、いふなるべし、又曰、夫爲國之道、恃賢與民、信賢如腹心、使民如四肢、則策無遺、いふ心は、國を治るの道は、賢德の人と、諸民との二ッを、たのむにあり、去るによつて、古へより明君賢將に、輔弼の賢臣なきはあらず、賢と民とは車の兩輪の如し、民にあらざれば、邦縣を守り、五穀を生じ、器財を出し、萬事を滿ることあたはず、賢にあらざれば、法度を立て、政令を正しくして、國を平治することあたはず、この故に賢と民とを恃といへり、信賢とは、賢智俊材の人の言をば聽信じて、これをよくうけがひ、もちゆることは、自己の腹心の如くすべし、腹心は人の躰の中にての肝要の處なるによつて、賢を用ゆることを肝要とする義なり、使民とは、衆民を使ひ用るとは我が手足の四つを使ふがごとくにするなり、四肢は、我が思ふまゝに使ひ用るもの也、而も我四肢なる故に、いたみ破らざるやうに用るなり、民を使ふも如此、恤みいたむ志を深くして、使ひ用ゆるときは、我下知する如くに、つかはるゝなり、かやうに賢を信じ、民を使ふなれば、策に遺すことなし、
現代語訳
だから借りて名づけたのです」とあります。これは皆、英雄は千人・万人にすぐれた人をいうのでしょう。また『三略』にいいます。「そもそも国を為める道は、賢と民を恃むことである。賢を信じること腹心の如く、民を使うこと四肢の如くすれば、策に遺しなし」。言う心は、国を治める道は、賢徳の人と諸民との二つを頼りにすることです。そうであるので、古くから明君・賢将に、輔弼の賢臣がいなかったことはありません。賢と民とは車の両輪のようなものです。民がなければ、邦や県を守り、五穀を生じ、器財を出し、万事を満たすことができません。賢がなければ、法度を立て、政令を正しくして、国を平らかに治めることができません。それゆえ、賢と民とを恃むというのです。信賢とは、賢智・俊材の人の言葉を聴き信じて、これをよく請け合い、用いることは、自分の腹心のようにすべきだということです。腹心は人の体の中で肝要な所なので、賢を用いることを肝要とする意味です。使民とは、衆民を使い用いることを、自分の手足の四つを使うように行うことです。四肢は、自分の思うままに使い用いるものです。しかも自分の四肢なので、痛め破らないように用います。民を使うのもこのように、あわれみ痛む志を深くして使い用いるときは、自分の指図するとおりに使われるのです。このように賢を信じ、民を使うのであれば、策に遺すことはありません。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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三略・上略夫れ国を為むるの道は、賢と民とを恃む。賢を信ずること腹心の如く、民を使うこと四肢の如くならば、則ち策に遺ちる無し。適く所は肢体の相い随い、骨節の相い救うが如し。天道自然にして、其の巧みなること間無し。
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『武道便蒙録』・卷之二・人を見る眼・下の意見を聞く・任せきる備立、陣取、行列、惣て弓矢の內ならしを、基石人形を以て、常にならはし、家の風義ならひとなるが如く、能人を敎へ、其理を知らしめ、其武者分を乘て定る事、此の三ヶ條を以て、軍家の大要とせり、能く人を見知ること專要なるべし、人を見るに察やうあり、肉眼を以て視る時は、視れども見へず、愼眼を以て視る時は、見ずして、しかも能く見へる也、上に立つ人は、人を使ふに工夫を以て權威をうすくすべからず、群下外議者論、群下は、もろ〱のしもと讀む、下たるもの大勢のこと也、外に議するとは、我まへては、だまりて、外にて上を評判すること也、上たる人我いふことをよしとをもい、臣の我が前にて、存じよりを云を嫌ふときは、大勢の下たるもの、外にて上のことを、ひはんするものなり、さやうあるときは、權威うすくなりて、地にしづみ、をちいるごとくなるゆへ、しづむと云也、これ刑罰を以て制しとゞむべきにあらず、わが前にて存じよりを云はせねば、かならず、かやうになるものなり、既用不任者疏、行賞悋色者沮、多許少與者怨、既迎而拒者乖、薄施厚望者不報、既にとは、はやと云心なり、任せずとは、うちまかせぬことなり、疏はをろそかとよみて、もの〱まばらにて、めのつまらぬことなり、既用不任とは、はやその人を擧用ひたらば、うちまかせて、そのむきのことを、
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