武治提要 / 傳璽・第5段
敎養の名號を別に設るときは、幼將必ず倦む。倦ときは其志背てならず。故に日用の事物に敎の實を寓すること、これ先其要なり。人幼弱の日は戲遊を安とす、故に或は書畫を以て其情を慰め、自然と物の稱號象形を知しむるは、智をなすの道なり。或は竹馬を以て馳逐の遊事をなし、或は蒲刀を以て勝負のまなびをなすがごときは、勇に涵浸するの道なり。其情のすゝみ向を察して、或は威儀のものまなびをなし、或は古將嚴肅の事實を談ずるは、德に導の術なり。總じて一事一物を以てするときは、幼年の人其情必ず倦、故に常に事物を新にして、其英氣をとりそだつるにあり。傅職能其大綱を心に得て、幼將の情を察し、敎養を以て深く身に委るときは、ならずと云ことあるべからず。
新字:教養の名号を別に設るときは、幼将必ず倦む。倦ときは其志背てならず。故に日用の事物に教の実を寓すること、これ先其要なり。人幼弱の日は戯遊を安とす、故に或は書画を以て其情を慰め、自然と物の称号象形を知しむるは、智をなすの道なり。或は竹馬を以て馳逐の遊事をなし、或は蒲刀を以て勝負のまなびをなすがごときは、勇に涵浸するの道なり。其情のすゝみ向を察して、或は威儀のものまなびをなし、或は古将厳粛の事実を談ずるは、徳に導の術なり。総じて一事一物を以てするときは、幼年の人其情必ず倦、故に常に事物を新にして、其英気をとりそだつるにあり。傅職能其大綱を心に得て、幼将の情を察し、教養を以て深く身に委るときは、ならずと云ことあるべからず。
書き下し
敎養の名號を別に設るときは、幼將必ず倦む。倦ときは其志背てならず。故に日用の事物に敎の實を寓すること、これ先其要なり。人幼弱の日は戲遊を安とす、故に或は書畫を以て其情を慰め、自然と物の稱號象形を知しむるは、智をなすの道なり。或は竹馬を以て馳逐の遊事をなし、或は蒲刀を以て勝負のまなびをなすがごときは、勇に涵浸するの道なり。其情のすゝみ向を察して、或は威儀のものまなびをなし、或は古將嚴肅の事實を談ずるは、德に導の術なり。總じて一事一物を以てするときは、幼年の人其情必ず倦、故に常に事物を新にして、其英氣をとりそだつるにあり。傅職能其大綱を心に得て、幼將の情を察し、敎養を以て深く身に委るときは、ならずと云ことあるべからず。
現代語訳
教養の名目を別に設けると、幼い将は必ず飽きてしまいます。飽きればその志は背いて、うまくいきません。ですから、日常の事物の中に教えの実を寄せることが、まず肝要です。人は幼い日には遊びを安んじるので、書や絵でその心を慰め、自然と物の名と形を知らせるのは、智をつくる道です。竹馬で駆け回る遊びをしたり、蒲の刀で勝負の稽古をしたりするのは、勇に浸らせる道です。その心の進む向きを察して、威儀の真似事をさせたり、古い将の厳粛な事実を語って聞かせたりするのは、徳へ導く術です。総じて、一つの事、一つの物ばかりを使うと、幼年の人は心が必ず飽きます。だから、常に事物を新しくして、その英気を育てることです。傅(養育係)の者が、その大綱をよく心に得て、幼い将の心を察し、教養を自分の身に深く任じるなら、成らないということはないでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武治提要』傳璽・第4段傳璽の本、敎養を主とすること、德の常なり。敎養なすといへども、至愚なるものは天命にして、人力の然る處にあらず。故に勤て人力の修爲をなすべし。敎養の大本は、其母姉の德をえらみ、胎敎の禮を審にする、これ往古の法にして、人心の感ずる處をつゝしむがゆゑなり。然れども敎育の要は、視聽言辭の通ずるより、二十歲を超るの間、これ敎戒を審にするの時なり。而して其質の强弱頓鈍に依て同じからずといへども、大旨の常とする處は、三四歲より十歲に至るを一節とし、十歲以後二十歲に及の間を又一節とす。其節に仍て相應の敎習あり。凡幼將の敎戒、其大綱智德勇の三のみ、此三のものを其節に應じて習來せしむべし。
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『武治提要』傳璽・第6段其家の佳例同じからずといへども、男子生れて十一歲にいたるとき、甲冑著初の大禮を行い、其强弱に從て、十四歲より十八歲に至るの間、初陣に立こと、兵家者流の通例なり。男子十一歲に及ときは、其智旣に發動せんとす。爰に至て敎養又昔日に同じからず。これを涵養するの道、人、物の二を大綱とす。所謂人とは近臣を撰にあり。第一篤實にして信ある人、これ幼將の德を養にたれり。第二武家の古典舊事を能知人、これ幼將の智を養べし。第三兵法武術に通ぜる人、これ幼將の勇を養べし。この三を以て其人を撰ときは、武德を涵浸するにたれり。傅職はもとより此三を兼備せるを當任とす。或は側に男女の色を談じ、儒弱怠惰の言行をなすこと、勇を損するの病なり。所謂物とは屋室、衣服、食物、及日用の事物なり。
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『武治提要』傳璽・第7段屋室の制能貴賤の禮を明にし、以て後宮に近からしめず、幽暗の佚室を作らず、常居の側に講武の地を設くべし。衣服の縫染紋樣に波佐羅をなさず、寒暑の節を正し、禮節の服を正して、怠慢をなさしめず。飮食に時あらしめて、飢飽を甚しくせず、其脾胃を健にして病を生ぜしめず、これ勇をすゝめ、德を養の道なり。其餘の事物、全備省略の品を正し、淸素易簡の則を明將にして、以て智を涵育すべし。幼將の德を損するは、欲を恣にするを本とす。恣欲に至るの本は、父姑息の愛に流ること、傅職近臣一時の喜を必となすの二つより生ず。士道のあやまち、其根基總て勇の不足より起る。故に傅職近臣各勇武を標的として、事々物々の際これを以て英雄の志操を取りそだつるにあるのみ。
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『武治提要』傳璽・第9段幼將成童の後、只勤て武義武事に暇なからしむるにあり。况や色情旣に動に於ては、いよ〳〵安佚をなさしむべからず。其情欲を節して、これを正するにあり。これ甚幽暗の地にして、傅職亦手を下し難きの塲也。近臣の撰尤この戒にあり。古に云く、父は矩なり。父將必ず幼將の規矩たり、父將に安佚怠慢の行あらずんば、後將亦自ら省、自ら恥るの志あつて、儒弱の行に至るべからず。
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『武治提要』傳璽・第8段敎養に文學讀書を必とすること、世の通例なり。尤善敎にしてこれをなすこと、武敎の實を以てせざるときは、必ず害あり。幼將の智漸く通ずるに及では、先武義武勇に導ことを主要とす。而して后これをたすくるに文學を以てするときは、大益たり。文章詩句のごとき、亦文の一事にして、泥著して嗜べからず。蓋し文學に二の大益あり。聖人の心を知、古今の情を知、これ第一益なり。多く天下の事物を知、これ第二益なり。此事物を知と云に品あり。文學をなすもの、多くは外國の事物を知て、本朝の事物を不知、これ世の通病なり。武將は只 本朝の事物を知を先務とす。民間卑劣の事物といへども、能これを知を武將の博覽と稱すべし。武治に志あらざるときは、必ずこれにうとし。故に幼將の內よりも卑劣たることを知しめて、折にふれ凡下の事物をも茗談し、下情に通ぜしむること、尤も大益たり。かの麥飯に通ぜざるごときこと、治世國郡の將に尤も多し、武將の不明に近し。
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