武治提要 / 傳璽・第3段
天下の武將は億兆の死生を司る。其天命の重こと、比倫すべきものなし。而して天の人を生ずること、多くは中材の人なり。上智と下愚と尤も稀なり。中材の士は敎化して上品となるべし。下愚といへども敎育習來に仍て、中材とは化すべし。人品の上下、多くは習來になれり。而るに天何の心あつて、暴惡の種を胎に下し、四海の蒼生を艱苦なさしめんや。然らば乃傳璽の器暴惡ならんこと、多くは其素質の然るにあらずして、敎養の切ならざるより事遲れり。敎養道あつて怠ることなしといへども、傳璽の器暴行にして、社稷を失ふべきの質たらんは、これ又天命の然る所以なり。此故に嫡庶を代ること、天下の情に從い、天命の然る所以を察して、やむことなきの道を用ゆるにあり。
新字:天下の武将は億兆の死生を司る。其天命の重こと、比倫すべきものなし。而して天の人を生ずること、多くは中材の人なり。上智と下愚と尤も稀なり。中材の士は教化して上品となるべし。下愚といへども教育習来に仍て、中材とは化すべし。人品の上下、多くは習来になれり。而るに天何の心あつて、暴悪の種を胎に下し、四海の蒼生を艱苦なさしめんや。然らば乃伝璽の器暴悪ならんこと、多くは其素質の然るにあらずして、教養の切ならざるより事遅れり。教養道あつて怠ることなしといへども、伝璽の器暴行にして、社稷を失ふべきの質たらんは、これ又天命の然る所以なり。此故に嫡庶を代ること、天下の情に従い、天命の然る所以を察して、やむことなきの道を用ゆるにあり。
書き下し
天下の武將は億兆の死生を司る。其天命の重こと、比倫すべきものなし。而して天の人を生ずること、多くは中材の人なり。上智と下愚と尤も稀なり。中材の士は敎化して上品となるべし。下愚といへども敎育習來に仍て、中材とは化すべし。人品の上下、多くは習來になれり。而るに天何の心あつて、暴惡の種を胎に下し、四海の蒼生を艱苦なさしめんや。然らば乃傳璽の器暴惡ならんこと、多くは其素質の然るにあらずして、敎養の切ならざるより事遲れり。敎養道あつて怠ることなしといへども、傳璽の器暴行にして、社稷を失ふべきの質たらんは、これ又天命の然る所以なり。此故に嫡庶を代ること、天下の情に從い、天命の然る所以を察して、やむことなきの道を用ゆるにあり。
現代語訳
天下の武将は、億兆(多くの民)の生死を預かっています。その天命の重いことは、比べるものがありません。そして、天が人を生むのは、多くは中程度の資質の人です。上智と下愚はまことに稀です。中材の士は、教え導けば上品となることができ、下愚であっても、教育と習いによって中材には変えられます。人品の上下は、多くは習いによってできます。それなのに、天がどんな心があって、暴悪の種を胎に下し、四海の民を苦しめることがありましょうか。そうだとすれば、伝璽を受けるべき器が暴悪であるのは、多くはその素質がそうだからではなく、教養が行き届かず、手当てが遅れたことによります。教養の道があって怠らないのに、それでも伝璽の器が乱暴で、社稷を失うほどの質であれば、それはまた天命によるものです。だから、嫡子と庶子を入れ替えることは、世間の人情に従い、天命のわけを察して、やむを得ない道として行うことが肝要です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武治提要』傳璽・第4段傳璽の本、敎養を主とすること、德の常なり。敎養なすといへども、至愚なるものは天命にして、人力の然る處にあらず。故に勤て人力の修爲をなすべし。敎養の大本は、其母姉の德をえらみ、胎敎の禮を審にする、これ往古の法にして、人心の感ずる處をつゝしむがゆゑなり。然れども敎育の要は、視聽言辭の通ずるより、二十歲を超るの間、これ敎戒を審にするの時なり。而して其質の强弱頓鈍に依て同じからずといへども、大旨の常とする處は、三四歲より十歲に至るを一節とし、十歲以後二十歲に及の間を又一節とす。其節に仍て相應の敎習あり。凡幼將の敎戒、其大綱智德勇の三のみ、此三のものを其節に應じて習來せしむべし。
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『武治提要』傳璽・第2段堯の舜を擧、舜の禹を擧るごときは、聖德の至れるものにして、全く天命なり。其事跡を取て、後世の模範となすべからず。唯其血脈の統系に從て、大寳を其人に傳へ玉はんこと、德の常なり。本朝の俗たとへ優德の人たりとも、異姓の賤士を君となさんことを欲せず、衆情信ぜざるときは、天命亦歸すべからず。たとへ微しき不德たりとも、其同姓の系譜に於ては、衆心服せずんばあるべからず。服するときは、天命亦歸す。傳璽の實、皆天命になる。作爲を以て如何ともすべからず。況や愛を以て嫡庶子に大寳を授るごときは、惑の甚しきものなり。論ずるにたらず。
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『武治提要』知人・第12段武將人を知の道、其實人を棄べからざるが爲なり。四海の人、中の中等以下は多く、中の上等以上尤稀なり。人を知こと明なるときは、其器に應じて以てこれを用ゆべし。其撰こと審なるときは、人々必ず其德を琢磨するに志べし。これ風俗を化するの道にして、武將の寬仁なり。其間其質下の下等にして、竟に化すべからず 國家に害あるものは、四夷に放て中國を同せざること、武治の要なり。
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『武治提要』傳璽・第10段後將旣に成立の後、婦人の女德及閨門の法を正すこと、尤も切にすべし。人倫の親きもの、夫婦に過ることなし。婦人正しきときは、夫の行をはげますに尤も益あり。若其志操いまだかたからざる人は、女德の當否に仍て、其行に可否をなすこと、古今の情なり。愼まずんばあるべからず。後將の器旣に成てよりは、必ず國家の武政を共に謀らしめて、武德を修せしむること、蓋し要務なり。後將年たくるまで政事をしらず。頓に讓をうけて國務に通ぜざるが如きこと、世に或はあり。是父將の過なり。
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『武治提要』傳璽・第1段傳璽は武將大治の終なり。一世に武德を敷といへども、後將に至てこれを失んこと、德の猶至らざるもの也。これより牽て昭穆祭祀の百世に傳はらんことは、人力の得てなすべからざるの地にして、至德の天に配せる也。其深重擧て云べからず。
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『武治提要』傳璽・第6段其家の佳例同じからずといへども、男子生れて十一歲にいたるとき、甲冑著初の大禮を行い、其强弱に從て、十四歲より十八歲に至るの間、初陣に立こと、兵家者流の通例なり。男子十一歲に及ときは、其智旣に發動せんとす。爰に至て敎養又昔日に同じからず。これを涵養するの道、人、物の二を大綱とす。所謂人とは近臣を撰にあり。第一篤實にして信ある人、これ幼將の德を養にたれり。第二武家の古典舊事を能知人、これ幼將の智を養べし。第三兵法武術に通ぜる人、これ幼將の勇を養べし。この三を以て其人を撰ときは、武德を涵浸するにたれり。傅職はもとより此三を兼備せるを當任とす。或は側に男女の色を談じ、儒弱怠惰の言行をなすこと、勇を損するの病なり。所謂物とは屋室、衣服、食物、及日用の事物なり。
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