武治提要 / 賞罰・第5段
武將の批判間然することあらざれば、國家の批判これに從て一決す。一決するときは、群士各其剛者をうらやみて、人々皆國家の美譽を得んことを欲す。これ武俗を化するの政令なり。凡戰場は死出の地なり。其ゆゑあらずして含靈ある者、何ぞ連弩頻に下り、火砲亂れ飛の塲に、甘心してすゝみ行ことをなさんや。只是前に美譽盛賞のあつかるべく、後に臭名嘲噱の辱べきものあるがゆへなり。然るに武將の批判間然すべきもの多く、剛臆の實相反するときは、人々危地にすゝみ行の益なきことを知、益なきことを知ときは、唯追蹤辨佞し、世智辨聰を以て美譽盛賞を得んことを欲す、是武威の衰る所以にして、國家傾廢の本なり。而して武將剛臆の評、其節に中る所以のものは、自ら能武事戰畧を知を以て也。武將みづから能武事戰法の情に通ずるときは、剛臆の評、賞罰の實、其則捺べからず。
新字:武将の批判間然することあらざれば、国家の批判これに従て一決す。一決するときは、群士各其剛者をうらやみて、人々皆国家の美誉を得んことを欲す。これ武俗を化するの政令なり。凡戦場は死出の地なり。其ゆゑあらずして含霊ある者、何ぞ連弩頻に下り、火砲乱れ飛の塲に、甘心してすゝみ行ことをなさんや。只是前に美誉盛賞のあつかるべく、後に臭名嘲噱の辱べきものあるがゆへなり。然るに武将の批判間然すべきもの多く、剛臆の実相反するときは、人々危地にすゝみ行の益なきことを知、益なきことを知ときは、唯追蹤弁佞し、世智弁聰を以て美誉盛賞を得んことを欲す、是武威の衰る所以にして、国家傾廃の本なり。而して武将剛臆の評、其節に中る所以のものは、自ら能武事戦略を知を以て也。武将みづから能武事戦法の情に通ずるときは、剛臆の評、賞罰の実、其則捺べからず。
書き下し
武將の批判間然することあらざれば、國家の批判これに從て一決す。一決するときは、群士各其剛者をうらやみて、人々皆國家の美譽を得んことを欲す。これ武俗を化するの政令なり。凡戰場は死出の地なり。其ゆゑあらずして含靈ある者、何ぞ連弩頻に下り、火砲亂れ飛の塲に、甘心してすゝみ行ことをなさんや。只是前に美譽盛賞のあつかるべく、後に臭名嘲噱の辱べきものあるがゆへなり。然るに武將の批判間然すべきもの多く、剛臆の實相反するときは、人々危地にすゝみ行の益なきことを知、益なきことを知ときは、唯追蹤辨佞し、世智辨聰を以て美譽盛賞を得んことを欲す、是武威の衰る所以にして、國家傾廢の本なり。而して武將剛臆の評、其節に中る所以のものは、自ら能武事戰畧を知を以て也。武將みづから能武事戰法の情に通ずるときは、剛臆の評、賞罰の實、其則捺べからず。
現代語訳
武将の批判に欠けたところがなければ、国家の批判もそれに従って一つに決まります。一つに決まれば、士たちはそれぞれ剛の者をうらやみ、人々はみな国家の美しい誉れを得ようと望みます。これが武士の風俗を教化する政令です。そもそも戦場は死に出ていく地です。それなりの理由がなくて、心ある者が、弩が続けざまに放たれ、火砲が乱れ飛ぶ場に、喜んで進んでいくことがあるでしょうか。ただ、前には美しい誉れと盛んな賞が待ち、後ろには悪名と嘲笑という辱めがあるからです。ところが、武将の批判に非難すべき点が多く、剛と臆の実相が逆になるとき、人々は危地に進んでも益がないと知ります。益がないと知れば、ただ人の後を追って口先で取り入り、世渡りの小才をもって美誉や盛賞を得ようとします。これが武威の衰える理由であり、国家が傾き廃れるもとです。そして武将の剛臆の評が的を射るのは、自ら武事・戦略をよく知っているからです。武将自身が武事・戦法の実情に通じていれば、剛臆の評も賞罰の実も、動かしようがありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・談道・邪を闢くに其の情を得ざれば、則ち邪愈〻肆なり儒者の末流と異端の末流と何ぞ異ならん。相誚る可からざるに似たり。故に醫に明らかなれば、病人の標本を攻む可し。儒に精しければ、邪說の膏盲に中つ可し。邪を闢くに其の情を得ざれば、則ち邪愈〻肆なり。病を攻むるに其の症に對せざれば、則ち病癒〻劇し。何者ぞ。之に授くるに話柄を以てして之に借すに反攻を以てす、自ら救ふの策なり。
-
『晏子春秋』外篇上・仲尼稱晏子行補三君而不有果君子也仲尼曰く、「霊公は汚なり、晏子之に事うるに整斉を以てす。荘公は壮なり、晏子之に事うるに宣武を以てす。景公は奢なり、晏子之に事うるに恭倹を以てす。晏子は、君子なり。三君に相として善は下に通ぜず。晏子は、細人なり」と。晏子之を聞き、仲尼に見えて曰く、「嬰聞く、君子に嬰を譏る有りと。是を以て来り見ゆ。嬰の如き者は、豈に能く道を以て人を食ましめん者ならんや。嬰の宗族、嬰を待ちて其の先人を祀る者数百家、斉国の簡士、嬰を待ちて火を挙ぐる者数百家。嬰は此が為に仕うる者なり。嬰の如き者は、豈に能く道を以て人を食ましめん者ならんや」と。晏子出づ。仲尼之を送るに賓客の礼を以てし、再拝して其の辱を謝し、反りて、門弟子に命じて曰く、「民の姓を救いて誇らず、三君を行補して有せず。晏子は、果たして君子なり」と。
-
『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
-
『呻吟語』内篇・應務・事手に到らざれば人を責むること盡く易し今人前輩先達の事を作すに自ら振拔せざるを見て、輒ち歎恨を生ず。知らず、渠我に當たる時にも也た人を歎恨するを會すや否や。我渠に當たる時に能く後人の歎恨を免るや否や。事手に到らざれば、人を責むること盡く易し。君が手に到る時を待ちて、事事努力して輕く放過せざれば便ち好し。只だ嘵嘵として人を責むるに任せば、他日縱ひ歎恨す可き無きも、今日亦た浮薄子なり。
-
『甲陽軍鑑』品第十一左様に親類の出頭に自慢して能人を議り、己れが身にかけてはあしくしなす人をば、馬糞つかみと云ふ鳥にたとへたり、此馬糞つかみは鷹の自然によりきるを笑ひ、又鷹の鳥取るをみても笑ひ、よりをきるは勿体なし、あの様に取るはあしき取り様と批判仕り、己れがいでとらんといふてはるかの野へまいおり、鳥の立ちたる跡にばふんのあれば、それをやう〳〵つかむと申し伝へたれば、手抦の侍を誹る人の二十四十に成る迄も、何の手抦もなき人を、ばふんつかみ侍とは申し習はすなり、其根元は是れ只偏へにばかなる大将のさせ給ふ義なり、
-
孟子・盡心章句下貉稽(ハク・ケイ)曰く、「稽大いに口に理あらず。」孟子曰く、「傷むこと無かれ。士は茲の多口に憎まる。詩に云う、『憂心悄悄たり、羣小に慍らる』とは、孔子なり。『肆(ついに)に厥に慍りを殄(たつ)たず、亦た厥の問を隕とさず』とは、文王なり。」
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る