五輪書 / 地の巻
武道具の利をわきまふるに何れの道具にてもおりにふれ時にしたがひ出合もの也脇差は座のせまき所敵の身ぎはへよりて其利多し太刀は何れの所にても大形出合ふ利有り長刀は戦場にては槍におとる心有槍は先手なり長刀は後手也同じ位のまなびにしては槍は少し強く槍長刀も事によりつまりたる所にては其利少し取籠り者などにも然るべからず只戦場の道具なるべし 弓は合戦の場にてかけひきにも出合槍わき其外物きは物きはにてはやく取合するものなれば野相の合戦などにとりわきよき物也城攻など又敵相二十間をこえては不足なるもの也当世に於ては弓は申に及ばず諸芸花多して実少なし左様の芸能は肝要の時役に立がたし鉄砲其利多し城廓の内にしては鉄砲にしく事なし野相などにても合戦のはじまらぬうちは其利多し戦はじまりては不足なるべし弓の一の徳は放つ矢人の目に見えてよし鉄砲の玉は目に見えざる所不足也此儀能々吟味有べき也 馬の事つよくこたへてくせなき事肝要也 総て武道具につけ馬も大形にありき刀脇差も大形にきれ槍長刀も大形にとほり弓鉄砲もつよくそこねざる様に有べし道具以下にもかたわけてすく事有べからずあまりたる事はたらぬと同じ事也人まねをせずとも我身に随ひ武道具は手にあふ様に有べし将卒共に物にすき物を嫌ふ事悪し工夫肝要也
書き下し
武道具の利をわきまふるに、何れの道具にても、おりにふれ、時にしたがひ、出合ふものなり。脇差は座のせまき所、敵の身ぎはへよりて、其の利多し。太刀は何れの所にても、大形(おほかた)出合ふ利有り。長刀は戦場にては槍におとる心有り。槍は先手なり、長刀は後手なり。同じ位のまなびにしては、槍は少し強し。槍・長刀も、事によりつまりたる所にては、其の利少し。取籠り者などにも然るべからず。只戦場の道具なるべし。弓は合戦の場にて、かけひきにも出合ひ、槍わき其の外、物きは物きはにて、はやく取り合ひするものなれば、野相(のあひ)の合戦などにとりわきよき物なり。城攻めなど、又敵相二十間をこえては、不足なるものなり。当世に於ては、弓は申すに及ばず、諸芸花多くして実少なし。左様の芸能は、肝要の時役に立ちがたし。鉄砲、其の利多し。城廓の内にしては、鉄砲にしく事なし。野相などにても、合戦のはじまらぬうちは、其の利多し。戦はじまりては不足なるべし。弓の一の徳は、放つ矢、人の目に見えてよし。鉄砲の玉は、目に見えざる所、不足なり。此の儀、能々(よくよく)吟味有るべきなり。馬の事、つよくこたへて、くせなき事肝要なり。総て武道具につけ、馬も大形にありき、刀・脇差も大形にきれ、槍・長刀も大形にとほり、弓・鉄砲もつよくそこねざる様に有るべし。道具以下にも、かたわけてすく事有るべからず。あまりたる事は、たらぬと同じ事なり。人まねをせずとも、我身に随ひ、武道具は手にあふ様に有るべし。将卒共に、物にすき物を嫌ふ事悪し。工夫肝要なり。
現代語訳
武具それぞれの利点を弁えるには、どの道具も折に触れ、時と場合に応じて出番があるものだと知ることだ。脇差は座敷の狭い所や、敵の身際に寄ったときに利が多い。太刀はどんな場所でもだいたい役に立つ。長刀は戦場では槍に劣るところがある。槍は先手を取る道具、長刀は後手の道具だ。同程度の修練なら槍のほうが少し強い。槍も長刀も、詰まった狭い所では利が少なく、立て籠もり者を相手にするのにも向かない。ただ戦場の道具というべきだ。弓は合戦の場で、駆け引きにも役立ち、槍のわきやその他の要所要所で素早く応戦できるので、野戦にはとりわけよい。だが城攻めや、敵との距離が二十間(約三十六メートル)を越えると力不足だ。今の時代、弓に限らず、諸芸は花ばかり多くて実が少ない。そういう芸事は肝心なときに役に立たない。鉄砲は利が多い。城郭の内では鉄砲に及ぶものはない。野戦でも、合戦が始まる前は利が多いが、戦が始まってしまうと力不足だろう。弓のひとつの長所は、放った矢が人の目に見えてよいこと。鉄砲の弾は目に見えないのが難点だ。この点をよくよく吟味すべきである。馬は、強く堪えて癖がないことが肝要だ。総じて武具については、馬もふつうに歩き、刀・脇差もふつうに切れ、槍・長刀もふつうに通り、弓・鉄砲も丈夫で壊れないものがよい。道具などについて、偏って一つを好んではならない。有り余ることは、足りないことと同じである。人真似をせず、自分の身に合わせて、武具は手に合うようにするべきだ。大将も兵卒も、物に凝ったり物を嫌ったりするのは悪い。工夫が肝要である。
解説
この章句が説くこと
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説苑・政理楊朱、梁王に見え、天下を治むるは諸を掌に運らすが如しと言う。梁王曰く、「先生一妻一妾有りて治むる能わず、三畝の園芸すること能わず、天下を治むるは諸を手掌に運らすが如しと言うは何を以てか。」楊朱曰く、「臣之有り。君夫の羊を見ずや、百羊にして群れ、五尺の童子をして杖を荷いて之に随わしむれば、東せんと欲すれば東し、西せんと欲すれば西す。君且つ堯をして一羊を牽かしめ、舜をして杖を荷いて之に随わしめば、則ち乱の始めなり。臣之を聞く、夫れ舟を吞むの魚は淵に遊ばず、鴻鵠高く飛びて汙池に就かず。何となれば則ち其の志極めて遠ければなり。黄鐘大呂は繁奏の舞に従う可からず。何となれば則ち其の音疏なればなり。将に大なる者を治めんとする者は小なる者を治めず、大功を成す者は小しく苛せず、此を之謂うなり。」
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『春秋左氏伝』襄公二十六年 叔向、子朱と争う二十六年春、秦伯の弟鍼晉に如きて成を脩む。叔向、行人子員を召さしむ。行人子朱曰く、「朱や御に當たる」と。三たび云ふも、叔向應へず。子朱怒りて曰く、「班爵同じきに、何を以て朱を朝に黜くる」と。劍を撫して之に從ふ。叔向曰く、「秦・晉和せざること久し。今日の事、幸ひにして集らば、晉國之に賴らん。集らずんば、三軍骨を暴さん。子員は二國の言を道ひて私無し。子は常に之を易ふ。姦以て君に事ふる者は、吾が能く御ぐ所なり」と。衣を拂ひて之に從ふ。人之を救ふ。平公曰く、「晉其れ庶からんか。吾が臣の爭ふ所の者大なり」と。師曠曰く、「公室卑からんことを懼る。臣心もて競はずして力もて爭ひ、德を務めずして善を爭ふ。私欲已に侈いなり。能く卑きこと無からんや」と。
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『武治提要』知人・第12段武將人を知の道、其實人を棄べからざるが爲なり。四海の人、中の中等以下は多く、中の上等以上尤稀なり。人を知こと明なるときは、其器に應じて以てこれを用ゆべし。其撰こと審なるときは、人々必ず其德を琢磨するに志べし。これ風俗を化するの道にして、武將の寬仁なり。其間其質下の下等にして、竟に化すべからず 國家に害あるものは、四夷に放て中國を同せざること、武治の要なり。
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『長短経』量才〔清節の徳は師氏の任なり。法家の材は司寇の任なり。術家の材は三孤の任なり。臧否の材は師氏の任なり。伎倆の材は司空の任なり。儒学の材は保氏の任なり。文章の材は国史の任なり。驍雄の材は将帥の任なり。〕
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人物志・流業是の故に、主道立てば、則ち十二材各其の任を得るなり。清節の徳は、師氏の任なり。法家の材は、司寇の任なり。術家の材は、三孤の任なり。三材純備なるは、三公の任なり。三材にして微なるは、冢宰の任なり。臧否の材は、師氏の佐なり。智意の材は、冢宰の佐なり。伎倆の材は、司空の任なり。儒学の材は、安民の任なり。文章の材は、国史の任なり。弁給の材は、行人の任なり。驍雄の材は、将帥の任なり。
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。

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