牧民忠告 / 拜命
吏人蓋以法律為師也。魏相所以望隆當世者,漢家典故無所不悉也。凡學仕者,經史之餘,若國朝以來典章文物,亦須備考詳觀,一旦入官,庶不為俗吏所迂也。
新字:吏人蓋以法律為師也。魏相所以望隆当世者,漢家典故無所不悉也。凡学仕者,経史之余,若国朝以来典章文物,亦須備考詳観,一旦入官,庶不為俗吏所迂也。
書き下し
吏人は蓋(けだ)し法律を以て師と為すなり。魏相(ぎしょう)の望隆(のぞ)み当世に隆(さか)んなりし所以は、漢家の典故悉(つ)くさざる所無ければなり。凡そ仕に学ぶ者、経史の余、若(も)しくは国朝以来の典章文物のごときも、亦須(すべから)く備(つぶさ)に考え詳らかに観るべし、一旦官に入らば、庶(ちか)からんか俗吏の迂(う)とする所と為らざらんことを。
現代語訳
役人はそもそも法律を師とすべきである。魏相がその時代に高い評価を受けたのは、漢王朝の典故に通じないところがなかったからである。おおよそ仕官を目指して学ぶ者は、経書や史書のほかに、当代の朝廷における制度や文物についても、詳しく調べ子細に観察しておくべきである。ひとたび官職に就いたなら、それによって俗な役人のような世事に疎い者にならずに済むだろう。
解説
この条は、経書や史書の学識だけでは実務官吏として不十分であり、法律や当代の典章制度に通じてこそ職務を果たせると説く。漢代の名臣魏相の評価を、当代の法制度に通暁していたことに帰す例を挙げ、学問と実務知識の両輪が必要であることを裏づけている。理念だけでなく、実際に運用される規則や制度を熟知していなければ、現場での判断は空回りするという実務書らしい視点である。現代の管理職にとっても、理念や理想論だけでなく、自組織のルールや制度、業界の実務慣行を具体的に把握しておくことが、的確な判断の土台になるという示唆がある。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
法律為師典章実務学識
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