晏子春秋 / 雑下・景公病瘍晏子撫而對之乃知群臣之野
景公病疽,在背。高子國子請公曰:「職當撫瘍。」高子進而撫瘍。公曰:「熱乎?」曰:「熱。」「熱何如?」曰;「如火。」「其色何如?」曰:「如未熟李。」「大小何如?」曰:「如豆。」「墮者何如?」曰:「如屨辨。」二子者出,晏子請見,公曰:「寡人有病,不能勝衣冠,以出見夫子,夫子其辱視寡人乎。」晏子入,呼宰人具盥,御者具巾,刷手溫之,發席傅薦,跪請撫瘍。公曰:「其熱何如?」曰:「如日。」「其色何如?」曰:「如蒼玉。」「大小何如?」曰:「如璧。」「其墮何如?」曰:「如珪。」晏子出,公曰:「吾不見君子,不知野人之拙也。」
新字:景公病疽,在背。高子国子請公曰:「職当撫瘍。」高子進而撫瘍。公曰:「熱乎?」曰:「熱。」「熱何如?」曰;「如火。」「其色何如?」曰:「如未熟李。」「大小何如?」曰:「如豆。」「堕者何如?」曰:「如屨弁。」二子者出,晏子請見,公曰:「寡人有病,不能勝衣冠,以出見夫子,夫子其辱視寡人乎。」晏子入,呼宰人具盥,御者具巾,刷手温之,発席傅薦,跪請撫瘍。公曰:「其熱何如?」曰:「如日。」「其色何如?」曰:「如蒼玉。」「大小何如?」曰:「如璧。」「其堕何如?」曰:「如珪。」晏子出,公曰:「吾不見君子,不知野人之拙也。」
書き下し
景公疽を病み、背に在り。高子国子公に請いて曰く、「職として当に瘍を撫すべし」と。高子進みて瘍を撫す。公曰く、「熱きか」と。曰く、「熱し」と。「熱きこと何如」と。曰く、「火の如し」と。「其の色何如」と。曰く、「未熟の李の如し」と。「大小何如」と。曰く、「豆の如し」と。「堕つる者何如」と。曰く、「屨辨の如し」と。二子者出づ。晏子見えんことを請う。公曰く、「寡人病有り、衣冠に勝えず。以て出でて夫子に見ゆること能わず。夫子其れ辱くも寡人を視んか」と。晏子入り、宰人を呼びて盥を具え、御者をして巾を具えしめ、手を刷いて之を温め、席を発き薦を傅き、跪きて瘍を撫さんことを請う。公曰く、「其の熱きこと何如」と。曰く、「日の如し」と。「其の色何如」と。曰く、「蒼玉の如し」と。「大小何如」と。曰く、「璧の如し」と。「其の堕つること何如」と。曰く、「珪の如し」と。晏子出づ。公曰く、「吾君子を見ざれば、野人の拙なるを知らざるなり」と。
現代語訳
景公は背にできものを病みました。高子と国子が公に願い出て、「職務として、患部を撫でさせてください」と言いました。高子が進み出て患部を撫でます。公が「熱いか」と尋ねると「熱いです」と答え、「どれほど熱い」には「火のようです」、「色はどうだ」には「まだ熟していない李のようです」、「大きさは」には「豆のようです」、「垂れ下がったところは」には「靴のへりの飾りのようです」と答えました。二人が退出すると、晏子が拝謁を願い出ました。公は「私は病んでいて、衣冠を整えることができず、出てお目にかかれない。どうか恐れ入るがここまで来て私を診てほしい」と言います。晏子は入ると、料理番を呼んで手洗いの水を用意させ、近侍に手ぬぐいを用意させ、手をこすって温め、席を広げて敷物を敷き、ひざまずいて患部を撫でたいと願い出ました。公が「熱さはどうだ」と問うと「太陽のようです」、「色は」には「青い玉のようです」、「大きさは」には「璧のようです」、「垂れ下がったところは」には「珪のようです」と答えました。晏子が退出すると、公は「君子を見なければ、田舎者の拙さはわからないものだ」と言いました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』雑下・景公病水瞢與日鬥晏子教占瞢者以對景公水を病み、臥すること十数日、夜瞢に二日と鬥いて勝たず。晏子朝す。公曰く、「夕者、吾瞢に二日と鬥いて、寡人勝たず。我其れ死せんか」と。晏子対えて曰く、「請う、瞢を占う者を召さん」と。閨に立ち、人をして車を以て占瞢者を迎えしむ。至りて曰く、「曷為れぞ召さるる」と。晏子曰く、「夜者、公瞢に二日と鬥いて勝たず。恐らくは必ず死せんと。故に君に瞢を占わんことを請う。是れ為す所なり」と。占瞢者曰く、「請う、反りて書を具えん」と。晏子曰く、「反りて書すること毋かれ。公の病む所の者は陰なり。日なる者は陽なり。一陰は二陽に勝たず。公の病将に已えんとす。是を以て対えよ」と。占瞢者入る。公曰く、「寡人瞢に二日と鬥いて勝たず。寡人死せんか」と。占瞢者対えて曰く、「公の病む所は陰なり。日なる者は陽なり。一陰は二陽に勝たず。公の病将に已えんとす」と。居ること三日、公の病大いに愈ゆ。公且に占瞢者に賜わんとす。占瞢者曰く、「此れ臣の力に非ず。晏子臣に教うるなり」と。公晏子を召し、且に之に賜わんとす。晏子曰く、「占瞢者臣の言を以て対う、故に益有るなり。臣をして之を言わしむれば、則ち信ならず。此れ占瞢者の力なり。臣功無し」と。公両つながら之に賜いて曰く、「晏子の人の功を奪わざるを以て、占瞢者の人の能を蔽わざるを以てなり」と。
-
『晏子春秋』外篇上・景公有疾梁丘據裔款請誅祝史晏子諫景公疥し遂に痁を病み、期にして瘳えず。諸侯の賓、疾を問う者多く在り。梁丘据・裔款公に言いて曰く、「吾が鬼神に事うること、先君より豊かにして加うる有り。今君の疾病、諸侯の為に憂えらるるは、是れ祝史の罪なり。諸侯知らざれば、其れ我を不敬と謂わん。君盍ぞ祝固・史嚚を誅して以て賓に辞せざる」と。公説び、晏子に告ぐ。晏子対えて曰く、「日に宋の盟に、屈建范会の徳を趙武に問う。趙武曰く、『夫子は家事治まり、晋国に言いて、情を竭くして私無し。其の祝史の祭祀は、信を陳べて愧じず。其の家事に猜無ければ、其の祝史は祈らず』と。建以て康王に語る。康王曰く、『神人怨み無し。宜なるかな夫子の五君を光輔し、以て諸侯の主と為れるは』と」と。公曰く、「据と款とは寡人能く鬼神に事うと謂い、故に祝史を誅せんと欲す。子の是の語を称するは何の故ぞ」と。対えて曰く、「有徳の君の若きは、外内廃せず、上下怨み無く、動きて事に違う無く、其の祝史は信を薦めて、愧心無し。是を以て鬼神用て饗け、国は其の福を受け、祝史も与る。
-
『晏子春秋』諫上・景公病久不愈欲誅祝史以謝晏子諫景公疥して且つ瘧し、期年にして已まず。会譴・梁丘据・晏子を召して之に問いて曰く、「寡人の病は病めり。史固と祝佗をして山川宗廟を巡らしめ、犠牲・珪璧は備え具えざる莫し。其の数は常に先君桓公より多く、桓公一なれば則ち寡人は再す。病已まず、滋ます甚だし。予は二子を殺して以て上帝に説びんと欲す。其れ可なるか」と。会譴・梁丘据曰く、「可なり」と。晏子対えず。公曰く、「晏子は何如」と。晏子曰く、「君は祝を以て益有りと為すか」と。公曰く、「然り」と。晏子冠を免ぎて曰く、「若し以て益有りと為さば、則ち詛も亦た損有り。君は輔を疏んじ拂を遠ざけ、忠臣は擁塞し、諫言出でず。臣之を聞く、近臣は黙し、遠臣は喑し、衆口は金を鑠かす、と。今聊・攝より以東、姑・尤より以西は、此れ其の人民衆し。百姓の咎怨誹謗、君を上帝に詛う者多し。一国詛い、両人祝するは、善く祝する者と雖も勝つ能わざるなり。且つ夫れ祝は直ちに情を言えば、則ち吾が君を謗るなり。過ちを隠匿すれば、則ち上帝を欺くなり。上帝神なれば、則ち欺く可からず。上帝神ならざれば、祝も亦た益無し。願わくは君之を察せよ。然らずんば、無罪を刑するは、夏・商の滅びし所以なり」と。
-
『晏子春秋』雑上・景公睹乞兒于途晏子諷公使養/景公慚刖跪之辱不朝晏子稱直請賞之景公、嬰児の途に乞う者を睹る。公曰く、「是れ帰する無し」と。晏子対えて曰く、「君存す、何為れぞ帰する無き。吏をして之を養わしめば、立ちどころに以て聞く可し」と。景公、正昼に、髪を被り、六馬に乗り、婦人を御して以て正閨を出ず。刖跪其の馬を撃ちて之を反し、曰く、「爾は吾が君に非ず」と。公慚じて朝せず。晏子裔款を睹て問いて曰く、「君何の故に朝せざる」と。対えて曰く、「昔者、君、正昼に髪を被り、六馬に乗り、婦人を御して以て正閨を出ず。刖跪其の馬を撃ちて之を反して曰く、『爾は吾が君に非ず』と。公慚じて反り、果たして出でず。是を以て朝せず」と。晏子入りて見ゆ。景公曰く、「昔者寡人罪有り、髪を被り六馬に乗り以て正閨を出ず。刖跪馬を撃ちて之を反し、曰く、『爾は吾が君に非ず』と。寡人、子大夫の賜を以て、百姓を率いて以て宗廟を守るを得たり。今刖跪に戮せられ、以て社稷を辱む。吾猶お以て諸侯に斉しかる可けんや」と。晏子対えて曰く、「君焉を悪む勿かれ。臣聞く、下に直辞無ければ、上に隠悪有り。民に諱言多ければ、君に驕行有り。古者明君上に在れば、下に直辞多し。君上善を好めば、民に諱言無し。今君に失行有り、刖跪直辞して之を禁ず。是れ君の福なり。臣に放いて来たり慶ぶ。請う、之を賞し、以て君の善を好むを明らかにせん。之を礼し、以て君の諫を受くるを明らかにせん」と。公笑いて曰く、「可なるか」と。晏子曰く、「可なり」と。是に於て刖跪に令して資を倍し征無からしむ。時に朝に事無きなり。
-
『晏子春秋』諫下・景公嬖妾死守之三日不斂晏子諫景公の嬖妾嬰子死し、公之を守り、三日食わず、膚席に著きて去らず、左右以て復するも、君聴く無し。晏子入りて、復して曰く、「術客と医と俱に言いて曰く、『嬰子の病みて死せりと聞く、願わくは清めて之を治めん』と」と。公喜び、遽かに起ちて曰く、「病は猶お為す可きか」と。晏子曰く、「客の道は、以て良医と為すなり、請う嘗試せん。君請う屏潔し、沐浴し飲食し、病者の宮を間てよ、彼も亦た将に鬼神の事有らんとす」と。公曰く、「諾」と。屏して沐浴す。晏子棺人をして入りて斂めしめ、已に斂めて、復して曰く、「医は病を治する能わず、已に斂めたり、敢えて以て聞せざらず」と。公色を作し説ばずして曰く、「夫子医を以て寡人に命じ、而して視しめず、将に斂めんとして、而して以て聞せず。吾の君為るは、名のみ」と。晏子曰く、「君独り死者の以て生く可からざるを知らざるか。嬰之を聞く、君正しくして臣従うを順と謂い、君僻にして臣従うを逆と謂う。今君は道に順わずして僻を行い、逆に従う者は邇く、害を導く者は遠し。讒諛萌え通じ、而して賢良廃滅す、是を以て諂諛間に繁く、邪行国に交わる。昔吾が先君桓公は、管仲を用いて霸たり、豎刀に嬖して滅ぶ。
-
『晏子春秋』諫上・景公從畋十八日不返國晏子諫景公、署梁に畋し、十有八日にして返らず。晏子、国より往きて公に見ゆ。至るに比び、衣冠正しからず。衣冠を革めず、遊を望みて馳す。公、晏子を望み見、車を下りて逆え労いて曰く、「夫子、何ぞ遽かなる。国家に故有ること無きか」と。晏子対えて曰く、「亦急ならずや。然りと雖も、嬰、復すること有らんことを願う。国人皆君を以て野に安んじて国に安んぜず、獣を好みて民を悪むと為す。乃ち不可ならざらんや」と。公曰く、「何ぞや。吾、夫婦の獄訟の正しからざるが為ならば、則ち泰士子牛存せり。社稷宗廟の享けざるが為ならば、則ち泰祝子遊存せり。諸侯賓客の之に応ずる莫きが為ならば、則ち行人子羽存せり。田野の辟かれず、倉庫の実たざるが為ならば、則ち申田存せり。国家の余り有り不足あるを聘うが為ならば、則ち吾が子存せり。寡人の五子有るは、猶お心の四支有るがごとし。心に四支有り、故に心は佚を得たり。今、寡人に五子有り、故に寡人は佚を得たり。豈に不可ならんや」と。晏子対えて曰く、「嬰之を聞く、君の言とは異なり。若し乃ち心に四支有りて、心は佚を得ば、則ち可なり。四支をして心無からしめて、十有八日、亦久しからずや」と。公、是に於いて畋を罷めて帰る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る