晏子春秋 / 問下・景公問欲逮桓公之後晏子對以任非其人
景公問晏子曰:「昔吾先君桓公,從車三百乘,九合諸侯,一匡天下。今吾從車千乘,可以逮先君桓公之後乎?」晏子對曰:「桓公從車三百乘,九合諸侯,一匡天下者,左有鮑叔,右有仲父。今君左為倡,右為優,讒人在前,諛人在後,又焉可逮桓公之後乎?」
新字:景公問晏子曰:「昔吾先君桓公,従車三百乗,九合諸侯,一匡天下。今吾従車千乗,可以逮先君桓公之後乎?」晏子対曰:「桓公従車三百乗,九合諸侯,一匡天下者,左有鮑叔,右有仲父。今君左為倡,右為優,讒人在前,諛人在後,又焉可逮桓公之後乎?」
書き下し
景公、晏子に問いて曰く、「昔、吾が先君桓公は、従車三百乗にして、諸侯を九合し、天下を一匡せり。今吾が従車は千乗なり。以て先君桓公の後に逮ぶ可きか」と。晏子対えて曰く、「桓公の従車三百乗にして、諸侯を九合し、天下を一匡せし者は、左に鮑叔有り、右に仲父有ればなり。今君は左は倡と為り、右は優と為り、讒人は前に在り、諛人は後に在り。又焉んぞ桓公の後に逮ぶ可けんや」と。
現代語訳
景公が晏子に尋ねました。「昔、わが先君の桓公は、従える車が三百乗でありながら、諸侯をたびたび集め、天下をひとたび正した。今、私の従える車は千乗ある。先君桓公の後に追いつくことができるだろうか」。晏子は答えます。「桓公が従車三百乗で、諸侯をたびたび集め、天下を正すことができたのは、左に鮑叔がおり、右に仲父がいたからです。今の君は、左には歌い手、右には俳優がいて、讒言する者が前にいて、媚びへつらう者が後ろにいます。どうして桓公の後に追いつけましょうか」。
解説
前の段に続けて桓公を引き合いに出し、景公が兵力の多さを誇る場面です。晏子は、車の数ではなく左右にいた人物の質が違うと切り返します。桓公の左右には鮑叔と仲父(管仲)がいたのに対し、景公の左右には芸人と、讒言する者や媚びる者がいる、という対比です。数や規模を拠り所にする問いを、側近の質へ置き換えて答える点が、晏子の諫言の巧みさです。現代の組織でも、売上や人数など目に見える規模を誇る前に、判断を助ける人が誰かを見る必要があります。耳に心地よい言葉ばかり集まっていないかを確かめるのが、規模を拡大する前の基本の点検だと言えます。
この章句が説くこと
側近鮑叔管仲規模と質讒諛晏子春秋
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