晏子春秋 / 問上・景公問伐魯晏子對以不若修政以待其亂
景公舉兵欲伐魯,以問晏子,晏子對曰,「不可。魯公好義而民戴之。好義者安,見戴者和,伯禽之治存焉,故不可攻。攻義者不祥,危安者必困。且嬰聞之,伐人者德足以安其國,政足以和其民,國安民和,然後可以舉兵而征暴。今君好酒而辟,德無以安國。厚藉斂而急使令,政無以和民。德無以安之則危,政無以和之則亂,未免乎危亂之理,而欲伐安和之國,不可。不若修政而待其君之亂也,民離其君,上怨其下,然後伐之,則義厚而利多。義厚則敵寡,利多則民歡。」公曰:「善。」遂不果伐魯。
新字:景公舉兵欲伐魯,以問晏子,晏子対曰,「不可。魯公好義而民戴之。好義者安,見戴者和,伯禽之治存焉,故不可攻。攻義者不祥,危安者必困。且嬰聞之,伐人者徳足以安其国,政足以和其民,国安民和,然後可以舉兵而征暴。今君好酒而辟,徳無以安国。厚藉斂而急使令,政無以和民。徳無以安之則危,政無以和之則乱,未免乎危乱之理,而欲伐安和之国,不可。不若修政而待其君之乱也,民離其君,上怨其下,然後伐之,則義厚而利多。義厚則敵寡,利多則民歓。」公曰:「善。」遂不果伐魯。
書き下し
景公兵を挙げて魯を伐たんと欲し、以て晏子に問う。晏子対えて曰く、「不可なり。魯公は義を好みて民之を戴く。義を好む者は安く、戴かるる者は和す、伯禽の治存す、故に攻むべからず。義を攻むる者は祥ならず、安きを危うくする者は必ず困しむ。且つ嬰之を聞く、人を伐つ者は、徳以て其の国を安んずるに足り、政以て其の民を和するに足り、国安く民和して、然る後に以て兵を挙げて暴を征すべし、と。今君は酒を好みて辟、徳以て国を安んずる無し。藉斂を厚くして使令を急にし、政以て民を和する無し。徳以て之を安んずる無ければ則ち危うく、政以て之を和する無ければ則ち乱る。危乱の理を免れざるに、而も安和の国を伐たんと欲するは、不可なり。政を修めて其の君の乱るるを待つに若かず、民其の君に離れ、上其の下を怨みて、然る後に之を伐たば、則ち義厚くして利多し。義厚ければ則ち敵寡く、利多ければ則ち民歓ぶ」と。公曰く、「善し」と。遂に魯を伐つことを果たさず。
現代語訳
景公は兵を挙げて魯を討とうとして、晏子に尋ねました。晏子は答えました。「いけません。魯の君は義を好み、民はその君を戴いています。義を好む者は安らかで、戴かれる者は和やかです。伯禽以来の治がなお保たれているので、攻めてはなりません。義を攻める者は不吉で、安らかなものを危うくする者は必ず苦しみます。それに、私はこう聞いています。人を討つ者は、徳によって自国を安らかにでき、政によって民を和らげられ、国が安らぎ民が和らいだうえで、はじめて兵を挙げて乱暴な者を征伐できる、と。いま君は酒を好んで偏り、徳で国を安らかにできません。租税を重くして使役を急がせ、政で民を和らげられません。徳で安らげなければ危うくなり、政で和らげなければ乱れます。危乱の道理を免れていないのに、安らかで和やかな国を討とうとするのは、いけません。それよりも政を整えて、相手の君が乱れるのを待つのがよいでしょう。民がその君から離れ、上が下を怨むようになってから討てば、義は厚く利は多くなります。義が厚ければ敵は少なく、利が多ければ民は喜びます」。景公は「よし」と言い、ついに魯を討ちませんでした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一君子の道は、すべき事を行ひ、すまじき事をせず。これ義なり。好むべき事を好み、好むまじき事を好まず。是善なり。君子の道はかくの如きのみ。是孟子の語意なり。一人の知は目のごとし。人の目はよく百里の外を見れども、わが睫を見がたし。人の智よく他人の悪を知れども、わが身の悪を知らず。人をみることは常に明なり。私なければなり。自ら見ることは常にくらし。私あればなり。ここを以て、人の過をせむる事はきびしく、わが悪をゆるす事はゆるやかなり。
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『慎思録』巻之五中華の俗、振古君を諫めて命を致す者、相踵ぎて絶えず。刀鋸前に在り、鼎鑊後に在りと雖も、敢へて其の死を畏れざる者は、何ぞや。其の俗義を尚び、且つ文学有りて、諫諍の方を知ればなり。本邦の俗、古来戦死を軽んずる者多し。鋒鏑羅列し、元を喪ふこと須臾に在りと雖も、敢へて其の身を惜しまざる者は、何ぞや。其の俗勇を好みて、名節を尚べばなり。倭漢気概を尚びて、其の死を惜しまざることは同じくして、死する所の地の異なる者は、他無し。俗尚の義を好みて学有ると、勇を好みて気を尚ぶとの同じからざるに因るなり。
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説苑・尊賢魯人鄪を攻む。曾子鄪君に辞して曰く、「請う出でん、寇罷みて後復た来らん、請う姑く狗豕をして吾が舎に入らしむる毋かれ」と。鄪君曰く、「寡人の先生に於けるや、人聞かざる無し。今魯人我を攻めて先生我を去らば、我胡ぞ先生の舎を守らんや」と。魯人果たして鄪を攻めて之を数うるに罪十あり、而して曾子の争う所の者九つなり。魯師罷みて、鄪君復た曾子の舎を修めて而る後に之を迎う。
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史記 周本紀敢へて業を怠らず、時に其の徳を序し、其の緒を遵ひ修め、其の訓典を修め、朝夕恪勤し、守るに敦篤を以てし、奉ずるに忠信を以てす。奕世徳を載ひ、前人を忝めず。文王・武王に至り、前の光明を昭らかにして之に加ふるに慈和を以てし、神に事へ民を保ち、欣喜せざる無し。商王帝辛大いに民に悪まれ、庶民忍びず、武王を訢載して、以て戎を商の牧に致す。是の故に先王は武を務むるに非ず、民の隠を勤恤して其の害を除くなり。夫れ先王の制、邦内は甸服、邦外は侯服、侯衛は賓服、夷蛮は要服、戎翟は荒服。甸服の者は祭り、侯服の者は祀り、賓服の者は享し、要服の者は貢し、荒服の者は王とす。日に祭り、月に祀り、時に享し、歳に貢し、終に王とす。先王の順祀や、祭らざる有れば則ち意を修め、祀らざる有れば則ち言を修め、享せざる有れば則ち文を修め、貢せざる有れば則ち名を修め、王とせざる有れば則ち徳を修め、序成りて至らざる有れば則ち刑を修む。是に於て祭らざるを刑し、祀らざるを伐ち、享せざるを征し、貢せざるを譲め、王とせざるに告ぐる有り。是に於て刑罰の辟有り、攻伐の兵有り、征討の備有り、威譲の命有り、文告の辞有り。令を布き辞を陳べて至らざる有れば、則ち増して徳を修め、民を遠きに勤むること無し。是を以て近きは聴かざる無く、遠きは服せざる無し。今大畢・伯士の終はりしより、犬戎氏其の職を以て来王す。天子曰く、『予必ず享せざるを以て之を征し、且つ之に兵を観さん』と。乃ち先王の訓を廃して、王幾ど頓れんか。吾聞く、犬戎は敦を樹て、旧徳に率ひて終はりを守ること純固なりと。其れ以て我を御ぐ有らん」と。王遂に之を征し、四白狼・四白鹿を得て以て帰る。是れより荒服の者至らず。諸侯睦まざる者有り。甫侯王に言ひ、修刑辟を作る。王曰く、「吁、来たれ。国有り土有るもの、汝に祥刑を告げん。
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『長短経』量才忠正にして強く諫めて姦詐有ること無く、私を去り公を立てて言に法度有り。是くの如き者は、挙げて以て列士と為す。故に列士の事は常に義に在るなり。故に道徳仁義定まりて天下正し。
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尚書・太甲下言の汝の心に逆らふ有らば、必ず諸(これ)を道に求めよ。言の汝の志に遜(したが)ふ有らば、必ず諸を非道に求めよ。嗚呼(ああ)、
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