長短経 / 量才
忠正强諫而無有姦詐、去私立公而言有法度、如是者、舉以為列士。故列士之事常在於義也。故道徳仁義定而天下正。
新字:忠正強諫而無有姦詐、去私立公而言有法度、如是者、舉以為列士。故列士之事常在於義也。故道徳仁義定而天下正。
書き下し
忠正にして強く諫めて姦詐有ること無く、私を去り公を立てて言に法度有り。是くの如き者は、挙げて以て列士と為す。故に列士の事は常に義に在るなり。故に道徳仁義定まりて天下正し。
現代語訳
忠実で正しく、強く諌めて偽りがなく、私心を去って公を立て、発言に筋道がある。このような者は、取り立てて列士とする。だから列士の仕事は常に義の上にある。こうして道・徳・仁・義が定まれば天下は正される。
解説
四つの階層が、道・徳・仁・義という四つの言葉で締めくくられます。最下位の列士に与えられた義とは、強く諌めることと私を去ることでした。組織の底のほうにいる人にこそ、おかしいと言う役割が割り当てられている。上に行くほど諌めにくくなるのですから、これは理にかなっています。諌める人を煙たがる組織は、義の層を自分で削っているのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
列士義諫言去私立公職階道徳仁義
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『慎思録』巻之五中華の俗、振古君を諫めて命を致す者、相踵ぎて絶えず。刀鋸前に在り、鼎鑊後に在りと雖も、敢へて其の死を畏れざる者は、何ぞや。其の俗義を尚び、且つ文学有りて、諫諍の方を知ればなり。本邦の俗、古来戦死を軽んずる者多し。鋒鏑羅列し、元を喪ふこと須臾に在りと雖も、敢へて其の身を惜しまざる者は、何ぞや。其の俗勇を好みて、名節を尚べばなり。倭漢気概を尚びて、其の死を惜しまざることは同じくして、死する所の地の異なる者は、他無し。俗尚の義を好みて学有ると、勇を好みて気を尚ぶとの同じからざるに因るなり。
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『晏子春秋』外篇下・晏子死,景公哭之,稱:莫復陳告吾過/晏子沒,左右諛,弦章諫,景公賜之魚章帰るに魚の乗塗に塞がり、其の御の手を撫でて曰く、「曩の善を唱えし者は、皆魚の若きを欲する者なり。昔者、晏子は賞を辞して以て君を正す、故に過失掩われず。今諸臣は諂諛して以て利を干む、故に質を出でて善を唱うること、一口より出づるが如し。今君を輔くる所、未だ衆に見われざるに、若き魚を受くるは、是れ晏子の義に反して、諂諛の欲に順うなり」と。固く魚を辞して受けず。君子曰く、「弦章の廉は、乃ち晏子の遺行なり」と。
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