晏子春秋 / 諫上・景公夜聽新樂而不朝晏子諫
晏子朝,杜扃望羊待於朝。晏子曰:「君奚故不朝?」對曰:「君夜發不可以朝。」晏子曰:「何故?」對曰:「梁丘據入歌人虞,變齊音。」晏子退朝,命宗祝修禮而拘虞。公聞之而怒曰:「何故而拘虞?」晏子曰:「以新樂淫君。」公曰:「諸侯之事,百官之政,寡人願以請子。酒醴之味,金石之聲,願夫子無與焉。夫樂,何必夫故哉?」對曰:「夫樂亡而禮從之,禮亡而政從之,政亡而國從之國衰,臣懼君之逆政之行。有歌,紂作北裡,幽厲之聲,顧夫淫以鄙而偕亡。君奚輕變夫故哉?」公曰:「不幸有社稷之業,不擇言而出之,請受命矣。」
新字:晏子朝,杜扃望羊待於朝。晏子曰:「君奚故不朝?」対曰:「君夜発不可以朝。」晏子曰:「何故?」対曰:「梁丘拠入歌人虞,変斉音。」晏子退朝,命宗祝修礼而拘虞。公聞之而怒曰:「何故而拘虞?」晏子曰:「以新楽淫君。」公曰:「諸侯之事,百官之政,寡人願以請子。酒醴之味,金石之声,願夫子無与焉。夫楽,何必夫故哉?」対曰:「夫楽亡而礼従之,礼亡而政従之,政亡而国従之国衰,臣懼君之逆政之行。有歌,紂作北裡,幽厲之声,顧夫淫以鄙而偕亡。君奚軽変夫故哉?」公曰:「不幸有社稷之業,不択言而出之,請受命矣。」
書き下し
晏子朝し、杜扃・望羊は朝に待つ。晏子曰く、「君奚の故に朝せざるか」と。対えて曰く、「君は夜に発して以て朝す可からず」と。晏子曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「梁丘据歌人虞を入れ、斉音を変えたり」と。晏子朝を退き、宗祝に命じて礼を修めしめて虞を拘う。公之を聞きて怒りて曰く、「何の故にして虞を拘うるか」と。晏子曰く、「新楽を以て君を淫せしむればなり」と。公曰く、「諸侯の事、百官の政は、寡人願わくは以て子に請わん。酒醴の味、金石の声は、願わくは夫子与ること無かれ。夫れ楽は、何ぞ必ずしも夫の故ならんや」と。対えて曰く、「夫れ楽亡べば礼之に従い、礼亡べば政之に従い、政亡べば国之に従い、国衰う。臣は君の政に逆らうの行いを懼る。歌有り、紂は北裡を作り、幽・厲の声あり、顧みるに夫れ淫にして鄙なれば偕に亡ぶ。君は奚ぞ夫の故を軽く変えんや」と。公曰く、「不幸にして社稷の業を有し、言を択ばずして之を出せり、請う命を受けん」と。
現代語訳
晏子が朝廷に出ると、杜扃と望羊が朝廷で待っていました。晏子は言いました。「君はなぜ朝廷に出られないのか。」答えて言いました。「君は夜に出かけて、朝には出られません。」晏子は言いました。「なぜだ。」答えて言いました。「梁丘据が歌い手の虞を連れて来て、斉の音楽を変えてしまったのです。」晏子は朝廷から退き、宗祝に命じて礼の手続きを整えさせ、虞を捕らえさせました。公はこれを聞いて怒って言いました。「なぜ虞を捕らえるのか。」晏子は言いました。「新しい音楽で君を淫らにさせるからです。」公は言いました。「諸侯の事や百官の政は、私は先生に任せたい。酒の味や鐘や磬の音には、先生は関わらないでほしい。そもそも音楽は、どうして古いものでなければならないのか。」晏子は答えました。「音楽が失われれば礼がそれに続き、礼が失われれば政がそれに続き、政が失われれば国がそれに続いて衰えます。私は君が政に逆らう行いをすることを恐れます。歌といえば、紂は北裡の曲を作り、幽王・厲王の音がありましたが、思うに淫らで卑俗なものは、国とともに滅びます。君はなぜ古いものを軽々しく変えるのですか。」公は言いました。「不幸にして国の務めを担い、言葉を選ばずに出してしまった。教えを受けよう。」
解説
この章句が説くこと
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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