正法眼蔵随聞記 / 巻六
示して云く、道者の用心は常の人に異ることあり、故建仁寺の僧正在世の時に、寺中絕食することありき、時に一人の檀那、僧正を請して、絹一疋を施す、僧正歡喜して人にももたしめず、自ら取て懷中して、寺に歸て知事に與へて云く、明旦の淨粥等に作すべしと、然るに有る俗人の所より所望して云く、愧かましき事有て絹二三疋入用あり、少々にてもあらば給はるべき由を申す、僧正卽ちさきつかたの絹を取返して、すなはちこれを與ふ、時に知事の僧も衆僧も思の外に不審するなり、
新字:示して云く、道者の用心は常の人に異ることあり、故建仁寺の僧正在世の時に、寺中絶食することありき、時に一人の檀那、僧正を請して、絹一疋を施す、僧正歓喜して人にももたしめず、自ら取て懐中して、寺に帰て知事に与へて云く、明旦の浄粥等に作すべしと、然るに有る俗人の所より所望して云く、愧かましき事有て絹二三疋入用あり、少々にてもあらば給はるべき由を申す、僧正即ちさきつかたの絹を取返して、すなはちこれを与ふ、時に知事の僧も衆僧も思の外に不審するなり、
書き下し
示して云く、道者の用心は常の人に異ることあり、故建仁寺の僧正在世の時に、寺中絶食することありき、時に一人の檀那、僧正を請して、絹一疋を施す、僧正歓喜して人にももたしめず、自ら取て懐中して、寺に帰て知事に与へて云く、明旦の浄粥等に作すべしと、然るに有る俗人の所より所望して云く、愧かましき事有て絹二三疋入用あり、少々にてもあらば給はるべき由を申す、僧正即ちさきつかたの絹を取返して、すなはちこれを与ふ、時に知事の僧も衆僧も思の外に不審するなり、
現代語訳
示して言われた。道者の心得は、常の人と異なることがある。故建仁寺の僧正が在世の時に、寺じゅうが食を絶つことがあった。その時、一人の檀那が僧正を招いて絹一疋を施した。僧正は歓喜して人にも持たせず、自ら取って懐に入れて、寺に帰って知事の僧に与えて言った、明朝の粥などにせよ、と。ところが、ある俗人の所から所望して言うには、面目ない事があって絹が二、三疋入り用です、少しでもあればいただきたい、と申した。僧正はすぐに、さきほどの絹を取り返して、そのままこれを与えた。その時、知事の僧も衆僧も、思いのほかのことと不審に思ったのである。後に僧正が言われた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦云く、大衆不対の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と云て、便ち猫児を放下してまじ、古人の云く、大用現前して軌則を存せずと、
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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李衛公問対・卷下朕、千章萬句を觀るに、『多方以て之を誤らしむ』の一句を出でざるのみ。
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論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
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孫子・行軍篇丘陵堤防には、必ず其の陽に処りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。上に雨ふり、水沫至らば、渉らんと欲する者は、其の定まるを待て。